14、聖女様とお話しました。
「つまり、うちが『エクサヴィエンス』の主人公の立場になってるっちゅーことなんか!?」
私の話を聞いた関西弁の聖女様は、ベッドに座ったまま驚愕していた。
「いやいやいや、ほんまナイわー、やってうちもあの小説読んどったけど、主人公、めっちゃ気取った東京弁で話しとったやん?」
「東京弁…、ですわね。」
まくし立てるような関西弁が楽しくて、イーリスは笑いが抑えられなかった。
「それにうち、あんなべっぴんちゃうし!」
「聖女様はもっっのすごくお可愛らしくて、お美しいですわ。」
「いやいやいや、あんたの目ん玉は節穴か?このソバカスあばただらけ、八百屋のじゃがいもの方がまだ可愛らしいで。」
「あらあら……、」
いったい何を言ってるんだと、イーリスは近くにあった手鏡を聖女に渡した。
「え!?何!?こん人、誰ーーー!?」
どうやら聖女も、異世界転生の時に容姿補正が入っていたようだった。
鏡の中の見慣れぬ顔に驚いた聖女は、自分の頬を伸ばしたり、あかんべーをしたり百面相をしていた。
「ちゃうちゃう、コレうちちゃうし!うちホンマはソバカスやし、眼鏡だし、腹なんか三段で鏡餅より一段多い豪華仕様なんやで!?」
「まぁ、そうなんですのね…、でも、別にそれはそれで良いと思いますわ。」
聖女からは、私好みの容姿に自信のない、少し謙虚な性格が垣間見れた。
「ところで、聖女様のお名前は何ておっしゃいますの?」
「うち?うちの名前は、柳葉未央や。柳の葉っぱに、未来の未に中央の央で、『みお』や。」
「やなぎば、みお様。未央、で柳でしたら、未央柳のように素敵なお名前ですのね。」
「びようやなぎ?」
「別名美女柳とも言われて、6月~7月くらいに咲く黄色い綺麗な花ですわ。」
「美女って、いやホンマ、さっきからちゃう言うてますやん。美女言うんは、あんた様みたいなキラキラしたお姫様のことでっしゃろ。…ところで、お姫様のお名前は、お聞きしてもよろしいですやろか?」
「これは、自己紹介が遅れて申し訳ありません、私の名前は、イーリス・ピュリファイングと申します。」
「は?」
私の名前を聞いて、聖女、こと未央は、その綺麗な瞳をいっぱいに開いた。
「小説と性格変わってますやん?」
「そうですね、多分私は、貴女に意地悪はいたしません。」
「ホンマに、悪役令嬢のイーリスはんなんですか?」
「はい、そうです。ただ一つ違うことと言えば、私にも、前世で日本人の新名未琴として、この小説『エクサヴィエンス』を読んだ記憶があるということです。」
「前世で…、」
「はい、私は貴女様のように召喚されたわけではなく、前世で一度死に、この世界で生まれ直したのですが。」
「ちゅーことは、この後の自分の末路も、知ってはるんですか?」
未央の顔が、痛ましい者を見るように曇った。
「ええ、もちろん知っておりますわ。」
「ほんなら…、」
「私の目標は、戦争を起こさないこと。そして私の家族、国民、皆を守ることです。そのために今回私は、小説の時系列を無視して貴女を呼びました。」
「どういうことですのん?」
「私はまだ、ゼフィール皇太子と婚約して一ヶ月足らずです。小説で貴女が来た時より、約一年程早い時期になります。」
「なんで、そんな無理したん?」
私は一度息を飲んでから、今回の目的を話し始めた。
ここで未央の協力が得られなければ全てが終わりだと思うと、自然と緊張した。
「実は今、バイエル王国とピュレル王国、そしてディパル王国は、開戦の危機にあります。」
「そうなんか、それで?」
「この戦争を食い止めるためには、もはや聖女の持つ『世界を浄化する力』に頼らざるを得ないのです。未央、どうかこの世界のために、この世界の国民を戦争の惨さから守るために、お力をお貸しいただくことはできませんでしょうか?」
私は深々と頭を下げて、心から未央にお願いをした。
「ちょ、ちょ、頭を上げてぇな、そりゃ、うちだって、できることなら助けたりたいよ、でもその『浄化する力』とか、いきなり言われても、使い方が分からへん。」
「小説通りであれば、聖女の力の顕現は、『祈り』によっていたと記憶しています。貴女様が真に世界に平和を望み、祈りを捧げる時、世界から悪意は消え、この世は浄化され、平和が訪れていたはずです。」
「『祈り』…、確かに小説内で、聖女が高い塔の上で一心に祈るシーンがあった気ぃがするわ…、」
「いかがでしょうか?」
「せやなー…、」
未央は試しに、胸の前で両手を握り、意識を集中してみた。
「むん!!」
そして気合いを入れた瞬間、未央の身体から、確かに白い光がほんの少しだけ漏れた。
「どうや?何か変わったか?」
「そうですね…、」
周りを見回してみたけれど、別段特に変わったところは見当たらない。
けれど試しに、ベッドサイドに置かれていた水を一口飲んでみると、ものすごく美味しくなっていた。
「美味しい!すごい!まるで山で飲む湧水みたいに美味しくなっていますわ!」
「マジか!?」
未央も同じ水差しの水を口に含んだ。
「ホンマや!めちゃくちゃ良い味や!」
「まさかの!」
「水を浄化する力!」
「神秘の人間浄水器やな!」
「これでもう一生浄水器買わなくて済みますね!」
「って、ちゃうやろ、浄化やのうて浄水やーん!って突っ込んでなソコ。」
「最近は否定しないツッコミが流行りなんです。」
「いやいや、なんであんたが最近の流行り知ってんねん。異世界でもお笑いだけリアルタイムとかおかしいやん。」
「そういえば、どうして…?これが神のお告げ…?」
「笑神様かい、て、そんなわけあるかい、やっとれんわ、もうええわ。」
「すごい、関西の人って、会話が全部漫才で、オチのない話しないって本当だったんですねっ…!」
「全部が全部そうでもないけどな。てかあんた、関東モンぽいのにオモロイやん、気に入ったわ。」
「それは光栄ですわ。」
「気取った話し方は気に入らへんけど。」
「悪役令嬢ですから、仕方ありません。」
「ともかく、浄水しかできんのやったら、うちまだ役立たずやろ、どないする?」
「恐らく祈る思いが足りないのだと思います。まだこの世界を、実際には何も見ていらっしゃいませんので。よろしければ明日、城下を一緒にお散歩いたしませんこと?」
「ええなぁ、それ。なら明日は一緒にデートやな。」
「ええ、デート、ですわね。」
思いの他、聖女である未央と楽しくお喋りができて、イーリスとしては大満足だった。
どうか明日は、未央が『浄化の力』を強く使えるほど、この世界を好きになってくれますように、と、心に願いながら、イーリスはひとまず自分の部屋に戻ったのだった。