13、聖女様が降臨しました。
噴水の前に祭壇をしつらえ、祈りを捧げ始めて三日、いまだに聖女が降臨する兆しはなかった。
教会ではなく噴水に祈りを捧げるイーリスに、最初は皆が不思議に思っていた。
「イーリス姫、何故噴水に祈りを捧げているんですか?」
一心不乱に祈るイーリスに、ゼフィール皇太子が恐る恐る聞いてきた。
「お告げを聞いたのです…、」
イーリスは、小説を読んで知っている未来を、全てお告げとして聞いたのだと説明することにした。
「この噴水から、世界を救う聖女様が降臨されると。お告げによると、降臨は一年後ではあるのですが、聖女様のお力が必要なのは、今この時に他なりません。よって、聖女様のご降臨が一日も早くに行われるよう、こうして祈りを捧げています。」
「なるほど……、」
イーリスの説明を聞いて、一応の納得はして貰えたものの、皇太子の表情は半信半疑のままだった。
いくら剣と魔法のファンタジー世界と言えど、聖女降臨などという前列はないのだから仕方がない。
そもそも祈りなんかで聖女降臨のタイミングが本当に早まるのかどうかなど、私にですら分からないのだ。
祈りを続ける私に、花鳥園から放された黒梟「バルト」も飛んできてくれた。
まるで風から守るかのように、バルトは私の隣に止まると、祈る私にすり寄ってくれた。
バルトの手触りの良い羽毛の感触に癒されながら、私は祈りを続けることができた。
それから更に二日が経ち、そろそろ私の体力も限界に達しそうになった時、噴水の向こうから、何か不思議な光が差し込んで来ていることに気が付いた。
「これは…!」
驚く間もなく、噴水の上の空間に、時空の歪みが発生したのが分かる。
「ああっ…!」
ついに、ついに来たのか、聖女降臨が!
空間の歪みの先から、前世では見慣れていた、焦げ茶色のローファーと白のハイソックスが見え始めた時、私はあまりの感激に涙を流し始めていた。
「聖女様!!」
私は思わず大声で叫んでいた。
その声に呼応するように、タータンチェックのスカートに、グレーのブレザー、赤いリボンタイという、よくあるタイプの制服が見え始める。
そして最後に現れたのは、黒髪をセミロングに整えた、か細く守ってあげたくなるような美少女だった。
「聖女様っ…!!ああ、ついに聖女様がご降臨されました!!」
イメージ通りの可愛い女子高校生の登場に、私のテンションはMAXまであがっていた。
興奮した私の声に、使用人達も、ゼフィール皇太子も城から出てきた。そして、空中に現れた時空の歪みと、そこから現れた少女の存在に、皆一様に驚愕する。
女子高校生の姿をした女子は、気を失った状態で異世界転移をしてきたようだった。
立った状態で宙に浮かんでいた少女は、目を瞑っており、地面に降りてくるにつれ、ゆっくりと仰向けに横になった。
「聖女様が降臨されました…!、皆、聖女様を部屋のベッドにお移しして差し上げて!」
私は、最後の体力を振り絞って、使用人達に指示をした。
「はい!」
慌てて、何人かの使用人が、仰向けに地面に倒れた少女の元に駆け寄る。
こんなこともあろうかと、あらかじめ聖女様用の部屋を用意しておいて本当に良かったと思う。
担架で運ばれる少女の姿を確認して、これでもう大丈夫、と、私も意識を手放したのだった。
担架はすでに使用人達が使っていたため、気絶した私を受け止め、そのまま抱き上げて部屋まで運んでくれたのは、ゼフィール皇太子であったらしい。
小説の中では、気絶したまま現れた異世界からの少女に興味を示し、抱き上げて部屋に運んだのが皇太子だったという筋書きになっていたのだが、こんな風にシナリオの変更が起こっていることなど、この時意識を失っていた私には、気付くことはできていなかった。
極度の疲労により、一時的に意識を失ってしまった私だったけれど、なんとか聖女様よりは先に目を覚ますことに成功した。
何としてでも聖女様の目覚めに立ち会い、この世界の実情を説明しなくてはならない。
私はそんな使命感で、まだ回復していない身体を引きずって、聖女様が寝ている部屋へと足を運んだ。
「ここは!?ここはどこなん!?」
部屋に入る直前、中から聖女様の声が聞こえた。目覚めには一歩間に合わなかったかと思いながら、私は部屋の中へと急いだ。
「ここは『エクサヴィエンス』の世界の中ですわ、聖女様!」
私は部屋に入るなり、そう告げた。きっと混乱しているであろう聖女様には、まず現状を正確に把握していただくことが一番だと思ったのである。
「『エクサヴィエンス』…ネット小説の…?」
私の説明に、聖女様は正確に返してきた。
(通じたっ…!この方も『エクサヴィエンス』の読者だったんだわ!)
私の胸が熱くなる。前世においても、同じ話を読んでいた友人はいなかった。むしろブラック企業に殺されていて、友人付き合い自体が希薄になっていた。
これから、この少女…、聖女様と一緒に『エクサヴィエンス』の話ができるのかと思うと、私の指先は喜びのあまり震えるほどだった。
例えるなら、隠れオタクが、一般社会において同じ作品推しの、同じ隠れオタクと偶然出会った時のような喜びである。隠れオタクの人以外にはピンと来ない例えであると分かってはいるけど、それ以外に例えようがないのだから仕方ない。
(それにしても、何て可愛らしいっ…!!)
聖女として異世界から来た少女は、飛んでもなく可愛かった。
サラサラの黒く煌めく髪、同じく輝く、黒曜石のような瞳。小さな顔は白く肌目の細かい肌に、桜色に染まった頬と唇。睫毛は影ができる程長く、瞬きするたびに、つぶらな瞳をきらきらと彩った。
美少女アイドルのセンターでも務めていたのではないかという程の、絶世の美少女だった。
これは、この少女には、皇太子が心を動かされても仕方がないと思う。
現に私は、一目でこの少女に心を奪われてしまった。つまり私は、相手が男女問わず面食いの気があるのだろう。可愛い女の子は生きてるだけで価値があると思っている。
もっとも、可愛くなくても、性格が可愛ければ最高だし、顔がさほど良くないのをコンプレックスに思ってる、どこか自信のない女の子なんていうのにも、ものすごいキュンキュンする。
なんて、私の女の子に対する好みなんていうものは、今はどうでも良い。
「聖女様…、貴女のような方が降臨していただけましたこと、心よりありがたく思います…。」
私は、ベッドに起き上がったままの少女に向かって、深々とかしずいた。
「聖女様…?うちが?はあ?アカンアカン、そんなんガラやないで?何かの間違いやろ?」
その少女は、驚いたことにコテコテの関西弁だった。
(ギャ、ギャップ萌えっ…!!)
コテコテ関西弁の絶世の美少女、そのギャップは、私のハートをどストライクで撃ち抜いたのだった。