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11、黒梟を助けました。


 ゼフィール皇太子の後押しのおかげで、胡椒の栽培は順調だった。

 幸い、種を買い付けした他国の農家から、栽培方法は詳しく教えて貰うことができた。

 まず大切なのは温度と湿度、そして直射日光は決して当てずに、朝晩の寒暖差にも気をつける。

 蔓性植物のため、支柱に巻き付けるように栽培する。

 苗のうちは特にデリケートなので、室内で成長させる、等が、特に気をつけなくてはならないことだった。

 この世界にはビニールがない為、ビニールハウスを作るのは難しい。

 であれば、いっそ最初から室内で作るよう考えた方が現実的だろう。

 ひとまず、戦のせいで空き家になってしまった建物で、孤児院の近くにある所を再利用する案などから始めることにした。

 苗木の生育には、城の隣にあるバイエル動植物園の温室を使わせて貰えることになった。

 この動植物園には、先の襲撃で操られていた鳥達も保護されていて、イーリスは苗の世話に行くついでに、あの時の鳥達の様子も見に行くことができて、一石二鳥だった。

 バイエル動植物園には、花鳥園ゾーンがあり、そこは全体が大きな温室のような作りになっていてた。

 一歩足を踏み入れれば、そこはまるで熱帯のジャングルのような赴きで、南国の変わった植物や鳥などが、沢山ひしめいていた。

 その一角に、先日の保護鳥達が集められ、治療を受けていた。

 鳥達の症状にはそれぞれ重度と軽度があり、イーリスの光を受けた鳥達は比較的軽度で、すでに元気になっている鳥が多かったけれど、騎士達の魔力を受けた鳥の症状は様々だった。

 隣の部屋には、保護された雛達の姿もあり、飼育員が定期的に餌をやったりしながら、大切に育てていた。

 ふと見ると、重症の鳥を手当てしているゾーンに、包帯を巻かれ、荒い呼吸をしている、瀕死の黒い鳥がいた。

 よく見るとそれは大きな梟だった。羽の先まで全てが黒い、珍しい漆黒の梟である。

「素敵っ…、ロットバルトみたいっ…!」

イーリスの頭に最初に浮かんだのは、白鳥の湖に出てくる悪い魔法使いである。姫を白鳥の姿に変え、娘を黒鳥にして王子を騙す悪い魔法使いロットバルトは、確か黒い大きな梟であったような気がした。

「ロットバルト…、とは?」

隣にいたゼフィール皇太子が、不思議そうに聞き返す。

「遠い異国の物語に出てくる黒梟の魔法使いの名前ですわ。」

 そうか、この世界には白鳥の湖なんていう物語は伝わっていないのか、と気付いて、イーリスは慌ててごまかした。

「そうなのですね。」

ゼフィール皇太子の瞳に『やはり博識な方だ』とでも言いたげな尊敬の色が見えて、どうにも居心地が悪くなるけれど、気がつかない振りをして視線を反らせた。

「この梟、だいぶ怪我が重いようですね。」

「騎士の魔力をまともに受けているようですから、命があるだけ幸運、という状態のようですね。」

「はい……、」

こんな時に、自分に治癒の魔法能力がないのが、本当に悔やまれた。

 前世では、全日本野鳥の会に入会したいと思う程の鳥好きであったし、梟はその中でも特に好きで、何度もふくろうカフェに足を運んだことがある程なのだ。

 一時本当に梟を買いたいと思った時期もあったけれど、モリフクロウなら一匹60万円、更に餌は一粒200円で、もちろん1日に十何粒も食べるという、餌代のバカ高さに諦めたのだ。

 しかも、今目の前にいるのは、前世でも見たことがない、漆黒の梟である。

「なんとか、助けられないかしら…、」

こんなにも綺麗で珍しい黒梟が、敵に利用されたせいで今瀕死だなんて、本当にやりきれない、どうにかして、また元気に大空を飛んで欲しかった。

「このフクロウが気になりますか?」

「はい、とても気にかかります…、」

正直に答えると、ゼフィール皇太子は黒梟に向かって手をかざした。

「皇太子殿下…?」

皇太子の手のひらからは、何か柔らかな光が放たれ、その光が黒梟を包んだ。

「あっ……!?」

その光に包まれると、黒梟の苦しそうな表情はみるみる和らぎ、呼吸も落ち着いたものに変わっていった。

「これはっ!?」

驚く私に、ゼフィール皇太子は疲れた顔で微笑んだ。

「治癒の魔法だ。私は一日に一度くらいしか使えないけれど、生命力の強い相手であれば、その回復を手助けくらいならできる。」

無理して笑いながらも、ゼフィール皇太子の額には脂汗が浮かんでいた。

 治癒魔法はかなり高度な魔法で、使える者は限られていたし、何より術者の体力を著しく消耗した。

 それなのに、一国の皇太子殿下が、たかが鳥のためにその魔法を使ってくれたのだ。

 政略結婚相手の婚約者が、その鳥の回復を願っている、と、ただそれだけの理由で。

「皇太子殿下っ…!あ、ありがとうございますっ…!」

私は感激のあまり、言葉が上手く出て来なかった。今だかつて、前世でもこの世界でも、私に対してここまで心を砕いてくれた人が他にいただろうか?親以外で。

 もしもこの先の未来を知らないでいたら、この時点で私は皇太子殿下に全幅の愛と信頼を捧げていたかもしれない。

 この先の未来を知っていて尚、私の胸は激しい鼓動を打ち続けている。

 もしも何も知らないまま、これだけ愛してしまった婚約者を、結婚前に他の女に奪われそうになってしまったら、嫉妬に狂ってしまう気持ちも分からなくもなかった。

 けれど、大丈夫だと思う。

 私は、未来を知っているので、我を忘れるほど、この人を愛してしまったりは決してしない。

 けれど、例えあと一年ほどしか持たない間柄であったとしても、こんな素晴らしい皇太子の婚約者という立場になれたのは、とても幸せなことなのではないだろうか、と。その時私はそう思うようにしようとしていた。






 

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