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その8 買い取り交渉


「あなたが噂の変態勇者ですか」


 数日後、アッカニアの冒険者ギルドそばのコーヒーハウスにいたレーデルたちのもとを、若いやせた男が訪れた。汚れたジャケットとズボンを身につけ、右頬には刀傷。堅気の商売についている人間でないことは一目瞭然だった。

 コーヒーを飲み干してから、レーデルは答えた。


「俺は変態でも勇者でもない。でもおそらく、君が探しているのは俺だと思う」

「そうですか。赤蛇団団長を捕まえましたので、本日午後三時、ここの北にある廃集落の女神像の前に来て下さい」

「今日の三時? 意外に早かったな。了解した」

「それでは、お願いします」


 やせた男は丁寧に頭を下げ、ゆったりとした歩調で去って行った。

 というわけでその日の午後三時、レーデルたち一行はアッカニア北の廃集落にいた。

 街道から分岐した細い道に沿って廃屋が十ほど建ち並ぶ廃村だった。道沿いの一方は深い森、反対側の一方には耕作放棄地が広がっている。

 村の中心には身長一メートルほどの女神像が建っていた。かつては村人が祈りを捧げていたのだろうが、何らかの理由で村人達が去った今も女神はぽつんと取り残されていた。

 女神像を撫でようとして、レーデルはびくりと手を止めた。


「何やってんの」

「俺が触った瞬間、こいつも俺に呪いをかけてきたら困ると思って」

「んなわけねーだろ」


 セレナはベタベタと女神像をなで回した。もちろん、女神像が突然しゃべり出すようなことは起きなかった。

 アッカニアの方から、午後三時を告げる鐘の音が響いてきた。

 それと同時に、地を駆ける馬車の音が聞こえてきた。見やれば、道の一方から幌馬車が接近してくる。

 幌馬車は徐々に減速すると、レーデルたちの眼前で停車。幌から四人の男が下車する。

 そのうち一人は両腕を後ろ手に縛られていた。


「連れてきました」


 残る三人のうち一人は、レーデルに連絡をよこした細身の男だった。

 ありがとう、と細身の男に告げてから、レーデルは縛られた男に呼びかけた。


「あんたが赤蛇団団長だな?」

「おうよ。美少女フィギュアマニアの変態勇者が俺に何の用だよ?」


 赤蛇団団長は挑発的態度で言い返してきた。

 返答代わりに、レーデルは顔面を一発殴った。


「ブゲェ! 何しやがる!」

「次に俺を変態呼ばわりしたらぶん殴るからな?」

「もう殴ってるじゃねえか!」

「抵抗できない相手を殴るのは信条に反するが、そうしなきゃならない時もある。それより本題だ。あんたが持っている双月のガントレットを譲ってもらいたい。ただとでは言わないよ。あんたにもメンツがあるだろう」

「アルケナル! これが例のブツでいいのかよ?」


 セレナが赤蛇団団長の後方に回り込み、アルケナルを手招きした。

 アルケナルは赤蛇団団長が装着しているガントレットを見て、すぐに頷いた。


「黒く輝く黒妖鋼製、甲に刻まれた双月マーク……間違いないわ……」


 アルケナルの言葉を受けて、レーデルは銀貨の詰まった小さな袋を取り出し、赤蛇団団長に見せた。

 赤蛇団団長はしばし銀貨を見つめてから、レーデルに視線を移す。


「ちょいと少ねえんじゃねえのか? こいつがただのガントレットじゃないことくらい、俺にだってわかってるんだぜ?」

「これでも精一杯の誠意のつもりだ。そっちが不服って言うなら、俺は別の手段を取る」

「別の手段だあ?」

「赤蛇団が最近どの集落を襲ったか、調べはついている。そこにあんたの身柄を引き渡すよ」

「…………」


 実のところ口から出任せで、ふと思いついて言ってみただけだった。

 だが効き目はあったようで、赤蛇団団長の表情は凍った。


「その後で、俺は遺品としてガントレットを受け取る。人の形を保っているといいね、あんたの死体」

「……そいつは勘弁して下さいよ。俺はただ、どうせ売るなら少しでも高く売りたいって思ってるだけですぜ。もう一声二声くらいあってもいいんじゃありやせんかね?」


 赤蛇団団長は下手に出てきた。アルケナルとセレナにも声をかける。


「お連れの方々も、この旦那を説得してやって下さいよ」

「……どうしようかしらね……」


 女子二人はレーデルのそばに戻り、相談を始めた。


「一応予算的には、もう少し出せるけど……?」

「こんな奴にこれ以上出す必要があんのかよ? そもそも金払うこと自体反対だね。さっさともぎ取っちまえばいいじゃねーか」

「買い取る格好にすればスムーズに行くと思ったんだがな。一応こいつの所持品だし」

「どーだか。もしかして、誰かから盗んできたんじゃねーの? 対価は元の持ち主に払うべきだよなあ?」


 疑いの眼差しを向けるセレナに、


「これはとある洞窟の中で拾った物でございます! 人様から盗んだものでは、決してございません!」

「へえ……それは興味あるわね……どこで見つけたの……?」


 赤蛇団団長の弁明に、アルケナルが聞き耳を立てる。

 次の瞬間――


「それは……ウソだよ!」


 腕を縛っていた縄を抜け、赤蛇団団長はパンチを繰り出した。

 双月のガントレットから衝撃波が放たれ、アルケナルを襲う。


「危ない!」


 レーデルがアルケナルを突き飛ばし、身体で衝撃波を受け止めた。


「んグッ」


 強い力に打ち据えられ、吹き飛ばされるレーデル。

 突然すぎて、赤蛇団団長のそばにいた盗賊達も反応できない。

 その隙に赤蛇団団長は踵を返し、廃村後背の森に逃げ込もうとした。


「売るわけねえだろアホが! 欲しかったら力づくで取ってみろってんだ!」


 と吐き捨てる赤蛇団団長に対し、


「逃がすか!」


 セレナが咄嗟に足下の石を拾い、下手投げで投じた。

 セレナの狙いは完璧で、石は赤蛇団団長の後頭部に突き刺さった。


「がっ!?」


 赤蛇団団長はもんどり打って倒れた。

 すぐに這って立ち上がろうとしたが、その時には三人の盗賊達が追いついていた。


「てめえ、何勝手に逃げてんだ!?」

「おとなしくしとけや! 変態勇者を怒らせたら俺たちが酷い目に遭うんだよ!」

「立場をわきまえろやボケェ!」

「ギャヒィィ――っ!!」


 盗賊三人が赤蛇団団長をボッコボコに蹴り、踏みつける。赤蛇団団長は悲鳴を上げたが、三人は決して手を緩めず、そのまま双月のガントレットをはぎ取ってしまった。


「あいたたた……」


 その間に、レーデルは再び立ち上がった。

 右腕に痛みが走る。袖をめくってみると、肘の辺りに双月のあざがはっきりと刻まれていた。

 心配そうにアルケナルが傷を見つめる。


「大丈夫……?」

「上っ面が痛むだけだ。骨にはひび一つ入ってないだろうよ」


 と言いつつ、レーデルは顔をしかめ、肘を曲げては伸ばし、痛みの響き具合を確かめる。

 そこへ痩せた盗賊が近づいてきて、はぎ取った双月のガントレットを差し出した。


「持っていって下さい。あいつ、『力づくで取ってみろ』とか言ってましたんで」

「なら、お言葉に甘えるよ。せっかくだからこいつは君達で分けてくれ」


 レーデルはガントレットを受け取り、代わりに銀貨の詰まった袋を差し出した。

 盗賊はうやうやしく銀貨を受け取った。


「ありがとうございます……赤蛇団団長の後始末はどうしましょう」

「好きにしてくれ。個人的には、人食いイノシシを捕まえるエサにでもするといいんじゃないかな、って」

「悪くありませんね。イノシシ肉は好物です」

「俺たちはホルスベックに帰る。これで盗賊団狩りはおしまいだ」

「了解……」


 痩せた盗賊はすっと身を引くと、仲間の元に戻り、再び赤蛇団団長をボコり始めた。


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