その5 黒い旋風
「入れ違いになってしまうとは参りましたねえ!」
しばらくしてエクスムア城に戻ってきたアレクトは、レーデルたちにそう告げた。
「とはいえ、無事に合流できたのは良かったですねえ」
「本当に安心した。私が貸した知恵の輪が一人の人間の命を奪ったのではないかと思って、昨晩は十時間しか眠れなんだ」
アレクトと一緒に山を下りてきたペルシスもそう語る。
「俺も、ペルシスの安眠を妨害せずに済んだと聞いて安心したよ……」
文句を言いつつも、レーデルは借りていた知恵の輪をペルシスに返そうとした。
「逆に、知恵の輪のおかげで命を拾ったよ」
「ほう? だったらそれは君にプレゼントしよう。幸運のお守りとして取っておきたまえ」
「ならもらっておく」
知恵の輪をポケットにしまってから、レーデルは肝心な質問をした。
「それはそれとして、結局どうなった? ルーティの呪いは解析できたのかどうか」
「はっきり言って、いい知らせはない」
単刀直入に、ペルシスは答えた。
「私の腕で簡単に解けるような代物ではない。相当入り組んでいて、解除にどれだけ時間がかかるのか見当もつかない」
「結局無理か……」
「だが、無理と言われればますます燃えるのが私の性分だ。知恵の輪と同じようなものでね。一見不可能と思えても、どこかに抜け道があるはずだ。父の技術資料を読み解けば、きっと糸口が見つかる」
「本当かよ。だったらさっそくお願いしたい。……そっちの負担にならなければの話だけど」
「負担どころか、己の腕を高めるためにも是非やりたいね、これは。ただ一つ問題があって、その資料は手元にはない」
「ははあ。俺たちにその資料を探してこい、と?」
「いや、資料のありかはわかっているから、私が行ってくる」
「どちらまで?」
「パンデモニウム」
「パ……」
レーデルだけでなく、セレナとアルケナルも息を呑んだ。
パンデモニウム。魔界を統べる魔王の中の魔王、大魔王の居城である。
その城は天に浮く空中要塞で、そこへ進み入るには魔界のいずこかにある魔界門をくぐり抜けなければならない、とされる。
「父は人生の最後を先代大魔王の側近として過ごしている。その時期は私もパンデモニウムに住んでいたものだ。だから父が整理した資料、ものした資料がそこに山ほど残っているはずだ」
「……なるほど、俺たちが気軽に行ける場所じゃないね」
「そういうことだ。だから少々時間をもらいたい。半月で……と言いたいところだが、どれくらいかかるかはわからん」
「だったらどうやって連絡を取ろうか」
「エクスムア様の手を借りるのが一番だろうな。然るべき結論を得たら、戻ってきてエクスムア様に報告する。そして君たちに通告してもらうこととしよう」
「それが一番良さそうだね」
「となれば、善は急げだ」
ペルシスはエクスムア城の居館――王達が生活する館――へ視線を投げた。
「エクスムア様への説明は私がしておく。挨拶をしたら、早々にでかけるとしよう。それじゃ、しばしのお別れだ」
ペルシスはレーデルに握手を求める。レーデルはその手を握り返した。
セレナとアルケナルにも軽く挨拶をしたのち、ペルシスは居館の方へと歩み去っていった。
その背を見送りながら、アレクトが言う。
「さてはて、レーデルさん達はこれからしばらくペルシスさん待ちですか」
「そうなる」
レーデルが答えると、アレクトはにたりと笑った。色眼鏡を押し下げて、上目遣いでレーデルの目をのぞき込む。
「でしたらしばらくエクスムア城に滞在して下さいよ! 私がお付きメイドとして四六時中レーデルさんのおそばにつき、あらゆるご用命を承ります! 昼だけじゃ無く、夜もたっぷりサービスさせていただきますので……!」
凄まじい圧で迫り来るアレクトに、レーデルは思わず後じさったが、なんとか踏みとどまって、アレクトの肩を押さえた。
「あらゆるご用命を承ってくれるのか」
「もちろんです! 特に夜の方は、とても人には言えないすっごいのもいけますよ!」
「おい何言ってんだアレクト!」
顔を真っ赤にしながらセレナが割り込もうとした。
レーデルはセレナを制してから、アレクトに告げた。
「じゃあ頼みたいことがある」
「なんでしょう!」
「シアボールドとリーリアを探してくれないか?」
「ほう! 二対二で楽しみたいと……」
「そうじゃなくて。今すぐあいつらに尋ねなきゃならないことがある」
「……あら。そういう方面ですか。何かあったんですか?」
突然熱が引いたように、アレクトの語気はおとなしくなった。
「ヨランに会ったんだ……」
レーデルは、セレナとアルケナルにもヨランとの一件を説明した後、自分の意見を付け加えた。
「ヨランが自分の意志で俺を殺しに来たとはどうしても思えない。アレは何か、重大な原因がある」
「レーデルには何も言わなかったんだろ?」
セレナはそう指摘したが、レーデルは首を横に振る。
「ヨランはそういう人間だ。ひとたび何かをやると決めたら、誰にも言い訳はしない。なのに俺を助けたのは、迷っているからだ。何かに板挟みになっていて、その解決条件が俺を殺すこと、と見た」
「ヨランは誰かに何かを握られている……ってこと……?」
アルケナルが言うと、レーデルは大きく頷いた。
「その何かを突き止めるために、シアボールドとリーリアの力を借りたい。あの二人はヨランと知り合いだし、ヨランが困っているとなれば必ず力を貸してくれるだろうよ」
「ふーん。それはいいとして、あの二人を魔界側に呼ぶのかな?」
ルーティが疑問を口にする。
レーデルは人差し指をくるくると振り回して応じた。
「俺たちが一旦人間界側に戻ろう。どうせペルシスはしばらく帰ってこないんだし、魔界側じゃ冒険者として稼ぐのはちょっと面倒だ」
「ギルドがないものね。ま、ボクはレーデルが行くところにくっついていくだけだけど……」
ルーティは視線でセレナとアルケナルに意見を求める。
「あたしはいいぜ。別に魔界観光する気なんてねーし」
「私もいいわ……。さすがに、一人でペルシスについていくのは気が引ける……」
「せっかく皆様をここでおもてなしするつもりだったんですけどねえ。本当にいいんですか?」
一人だけアレクトだけは反対意見を述べたが、
「シアボールドとリーリアが今どこにいるか、探すところから手を付けたい。アレクトの手を是非借りたいんだ」
レーデルは真面目な顔でアレクトに頼み込む。
そうまで言われては、アレクトも折れるしかなかった。
「仕方ありませんねえ。引き受けますよ。ま、そのお二方も知らない仲ではありませんし」
「頼む。この話はどうしてもあの二人に伝えなくちゃ。俺とヨランが戦うなんて……」
考えたくもなかった。レーデルの声はおのずと途切れた。
「そこまでヨランさんとやらと戦いたくないんですか」
「絶対に避けたい」
「そんなに仲が良かったんですかね?」
「もちろんそれも戦いたくない理由ではある」
「他にも何か?」
アレクトに問われて、レーデルはしばらくためらってから、答えた。
「単純な話だよ。ヨランは俺より強かった。勇者として旅を続けて、俺も候補生の時よりは強くなったつもりでいるけど、ヨランに追い付いた気がまったくしない。とうてい勝てる気がしないのさ」
「やめなさい! この乱暴者!」
ヨランの鋭い声に反応して、髭の魔族とその取り巻きはヨランを見やった。
「……おや? あんた、こいつのお知り合い?」
「知らないわ」
険しい視線を向けられて、しかしヨランは臆することなく、落ち着いた声を返した。
「赤の他人よ。でも、無力な人が痛めつけられるのを黙って見ているわけにはいかないの」
との宣言に、三人の魔族は一瞬あっけにとられてから、笑い出した。
「おいおい、こんなところで勇者様ゴッコとは参ったね! 女のくせに俺たちと張り合おうってのか」
「張り合う気なんて無いわ。その人を見逃して欲しいって言っている」
「へえ……よく見たら、あんた美人じゃん」
取り巻きの一人が、気安くヨランに近づいてきた。
「だったら、あんたが俺たちの相手してくれよ。いい店知ってるから、一晩中遊ぼうぜえ」
ヨランの肩に腕を回そうとして――
「触るなっ!!」
ヨランが男の腕を左手ではねのける。
次の瞬間、男はねじれ飛んでいた。
風車の下で動く巨大な歯車の間にいきなり巻き込まれたかのような動きを見せながら、吹き飛んだのである。
壁に勢いよく激突し、近くの無人のテーブルを巻き込みながら床に倒れる。
髭の魔族ともう一人の取り巻きは血相を変えた。
「な……なんだこれえ!?」
床に倒れた男が悲鳴を上げる。
ヨランを掴もうとした腕に、黒い竜巻のようなものがまとわりついていた。
その竜巻が、男の腕をさらにねじり上げている。
「腕がねじれっ……もがれるっ! どうなってるんだあっ!?」
怪力男に腕をひねられているかのように、男は身体全体をよじらせ――ついには横転した。
身体を投げ出しても、黒い竜巻は収まらない。男の腕はあり得ざる角度にねじれて、
「……んぎゃあああ――ッ!?」
皮膚が破け、小さからぬ音とともに噴血する。黒い竜巻は、一瞬でその色を深紅に変え、派手に飛び散った。




