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その7 紳士的作戦


「隙だらけなんだよ!」


 セレナは盗賊の斬撃をかわしつつ、脇腹に拳をぶち込んだ。

 盗賊は身体を折り、剣を取り落として、その場にうずくまった。

 無力化したのを確認して、セレナはあたりを見回す。

 背の低い雑草がまばらに生える荒野に、打ち倒された盗賊達十数人が無様な格好で寝転がっていた。セレナとレーデル、アルケナルが大暴れした結果である。

 ここはホルスベックの隣、アッカニアに属する荒野。最近にわかに人口密度を増した盗賊団の一つを、レーデルたちは再び叩いたのだった。


「おい、レーデル! これがレーデルの言う、『紳士的な態度』なのかよ! 結局暴力で全てを解決してるようにしか見えねーけど?」

「まあまあ。作戦はここからだ」


 レーデルはうずくまっている盗賊の元に膝を下ろし、語りかけた。


「おまえらの命まで取る気は無い。逃がしてやる」

「なんだと……」


 苦しげな表情を浮かべる盗賊は、わずかに身を起こしてレーデルの顔を見つめ返した。


「知ってるぜ、あんた……ホルスベックの盗賊団を片っ端から潰しまくった、噂の変態勇者だろ……?」


 レーデルは男を一発殴った。


「次に俺を変態呼ばわりしたらぶん殴るぞ?」

「もう殴ってんじゃねえか!」

「俺たちは赤蛇団って盗賊団を探していて、そこの頭に用事がある。持ち物を譲って欲しいんだ。ただ、なかなか捕まらなくてね。ホルスベックの盗賊団を片っ端から潰せばいつかたどりつくと思ってたんだけど、なかなかうまくいかない。おかげでアッカニア側に盗賊団がたくさん流れ込んだようだ。あんた方、苦労してるんじゃないか?」

「確かに、ライバルが増えて、商売が苦しくなってる。あんたのせいだぜ」

「いや、悪いのは逃げ回っている赤蛇団の団長だ」


 アルケナルが歩み寄ってきて、話を続けた。


「赤蛇団が捕まれば、私達は盗賊団狩りをやめる……。でも捕まらないなら、盗賊団狩りを続けなきゃ……。ホルスベックと同じことをアッカニアでもくり返すことになる……」

「でも、正直言ってこれ以上手間はかけたくない。なんで、あんた方に頼みたいんだ。近所の盗賊仲間に話を流してくれないか? 赤蛇団団長を差し出せば、俺たちは盗賊団狩りをやめてホルスベックに帰るってね」

「赤蛇団か……わかった……」


 盗賊は自力で立ち上がると、レーデルたちを警戒しつつ、その場を離れた。あたりに倒れたきりの仲間を助け起こし、レーデルからの「依頼」を伝えながら。

 その背中を見送りつつ、レーデルは満足げに頷いた。


「これでよし。あとは話が広がるのを待てばいい」

「うまくいくのかねえ? 盗賊団連中の口コミネットワークは適当すぎるんじゃなかったのかよ?」

「それは俺も心配だ。だからもう二つ三つくらい盗賊団をあたって、噂を流してもらう」

「結局盗賊団潰しは続けるのか……」

「手当たり次第にはやらない。俺たちが紳士的な態度で訴え続ければ、盗賊諸君も喜んで協力してくれるだろうさ。あとはアッカニアで待つとしよう」


 懐疑的なセレナに対し、レーデルは希望的観測を述べた。



 アッカニアはホルスベック以上に商業が盛んな街で、夕刻になっても道を行き交う人々の数は多い。

 中でも特徴的なのは、魔族の往来が多いことである。

 魔族とは魔界領域出身の種族で、魔法の素養に優れている。その容姿は人間族とそっくりだが、見分けることはさほど難しくない。

 瞳孔が丸くないのである。

 その形状は個人個人で異なり、猫のような縦スリット、山羊のような横長方形、あるいはハートマーク、星形など様々だ。実際に向き合ってみると結構な違和感があるので、色つきの眼鏡をかけて目元を隠していることが多い。

 目を見れば魔族か否かはすぐにわかるし、夕刻なのに色つき眼鏡をかけている者は魔族の可能性が高い。中には角が生えている、肌が青いといったわかりやすい特徴を持つ者もいるので、判別は容易だ。

 そんな魔族たちが多数アッカニアに住み、生活の場としている。街の風景に普通に溶け込んでおり、他者から好奇の目を向けられることもない。

 そんな雑踏の中を歩きながら、アルケナルがレーデルに言う。


「神聖帝国出身の人には、受け入れがたい光景なんじゃないかしら……?」

「俺は別に気にしない。もう慣れた」


 シュバイエル神聖帝国の国教、サイナーヴァ教は魔族を邪悪なバケモノ、殲滅すべき対象と見なしている。敬虔なサイナーヴァ信徒ならば、人間族と魔族が行き交う光景を目の当たりにするだけで卒倒しかねない。

 しかしレーデルもセレナも、敬虔な信徒ではなかった。


「都市同盟じゃ当たり前の光景なのに、いちいちキレてられるかよ。教会の奴らは原理主義が過ぎる。『魔王国は邪悪! 魔族と仲良くする都市同盟は背教者!』としか教えてくれなかったからな」

「それに、そういう連中ばっかりが教会内で出世していくからさあ。現実を全然わかってねーよ」


 セレナもレーデルの言葉を肯定する。


「そんな調子でよく勇者に選ばれたわね……」

「正直な意見を黙っておく知恵くらい、俺にだってある」

「たしか……幾人もの候補から一番優秀な戦士を、教会が勇者に認定するのよね……? なんで勇者になろうと思ったの……?」

「親を早くに亡くしてね。貴族の家にもらわれて、義理の父親から勧められたんだ。自立するのに手っ取り早い手段だと思って、無事勇者認定されたんだけど……」

「教会とトラブルを起こして、勇者を首になった、と……」

「そういうこと。勇者の称号に未練は無いけど、俺を育ててくれた家族には会わせる顔がない」

「大変そうね……」

「旅自体は好きだけど、いつかどこかに落ち着く場所と仕事、見つけないとな」


 シビアなレーデルの意見に、アルケナルは肩をすくめた。


「あなたたちならどこかしらで仕事に就けると思うけどね……」

「一つ問題がある」


 レーデルは深刻な口調で言った。


「美少女フィギュアを常に持ち歩く野郎がまともな職に就くのは難しい」

「そんなにボクのことが嫌いかな、レーデル」


 レーデルの肩に腰掛けたルーティが眉をひそめる。


「別に嫌いじゃない。でも現実を直視しないと。世間の冷たさはおまえが想像している以上だぞ」

「そうかなあ。レーデルこそ、もうちょっと世間を信じた方がいいんじゃないの」

「いずれにせよ、俺は一日でも早く呪いを解いてもらいたい」


 レーデルはアルケナルに目を向けた。


「俺とセレナは適当に宿を探す。アルケナルはどうする?」

「もちろん私もアッカニアで待つわ……」

「じゃ、同じ宿に泊まるかい?」

「いいえ……私は寝床にあてがあるから……」


 アルケナルは狭い道に分け入り、住宅街の狭い広場へと歩を進めた。

 その広場の真ん中に構えられた井戸のへりに、アルケナルは足をかける。


「それじゃまた明日……私はここで……」


 と挨拶して、井戸に飛び込もうとするアルケナル。


「おいちょっと待て!」


 レーデルは慌ててしがみつき、アルケナルを止めた。


「何をするつもりだ」

「見ての通り……井戸に飛び込もうと……」

「投身自殺にしか見えない。井戸の底に何があるんだよ」

「心配無用……どこの井戸からでも、私は私の部屋に行ける……」

「一体どういう仕組みなんだ」

「呪いの一種よ……どの井戸から飛び込んでも、自分の部屋に戻ってしまうという呪い……」

「ずいぶん珍妙な呪いだな」

「カースマイスターたる者、呪いを自分の都合のいいように操ることも出来るのよ……それじゃ、また明日会いましょ……」


 アルケナルはレーデルを振り切り、井戸に身を投じた。

 井戸の底は暗く、アルケナルの姿はすぐに見えなくなった。が、いつまで経っても水没音、あるいはアルケナルが涸れ井戸の底に激突する音は聞こえなかった。

 セレナは何度も首を傾げた。


「明日アルケナルの死体が底から出てくるなんてこと、ねーだろーな?」

「大丈夫じゃない? 前と同じ魔法の膜みたいなのが見えたよ? もう消えたけど」


 と、特殊な視力を持つルーティは言った。


「膜を通してどこかにテレポートしてるんじゃないかなあ」

「そうであってほしいもんだ。というかなんで井戸なんだよ……」


 結局のところレーデルたちの心配は杞憂で、翌日アルケナルはピンピンした姿を現した。


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