表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/265

その6 双月の竜騎士


「妙な場所に連れてこられたな」


 とレーデルは感想を述べた。

 ホルスベックの市庁舎前の広場から細い道を分け入り、数分ほど歩いたところに、目的の建物はあった。

 築百年はくだらないであろう古色蒼然とした建築物が建ち並ぶ区画である。そのほとんどは今も商店や住宅として活用されていたが、目的の建物は周囲の建物の列から切り離され、ぽつんと建っていた。かつては教会か、あるいは周辺住民の集会所か、やや特殊な目的で使われていたのかもしれない。現在はその正面扉に鎖と鍵がかけられ、立ち入り禁止になっていた。

 その扉の前で、二人の男性が待っていた。レーデルたちの姿に気づくと、そのうち一人が笑顔で近づき、握手を求めてきた。


「やあやあ、待っていた! 君が最近噂の勇者だね?」

「レーデル・クラインハイトです」


「最近噂の」という言い回しが気に入らなかったが、面と向かって変態呼ばわりしてこないだけでも十分紳士的と言える。レーデルは紳士的に握手を求めた。


「私はエビン・ヘルベルト。今はアマチュア歴史学者だな」

「今は?」

「ワイン商だったが、もう店は息子に任せた」


 そう自己紹介して、ヘルベルトは手を力強く握り返してきた。

 年齢は五十才くらい。背は低いががっしりしていて、肌つやは良く健康的。いかにも商人的な陽気さを身につけている男性だった。

 続けてもう一人の男性がヘルベルトの横に並び、頭を下げた。


「マティカスです。大学にて歴史研究を行っています。よろしく」


 僧服のような黒い着衣を身にまとった、背の高い三十代くらいの男性だった。ヘルベルトとは対照的に、顔色が白くやや陰気な印象を与える、学究肌の人物である。

 セレナは自己紹介をする前にスンスンと鼻を鳴らした。

 レーデルが軽くセレナの肩を叩く。


「おいセレナ、失礼だろ」

「ああ……悪いね、癖で。あたしはセレナ・ラス・アルゲティ。レーデルと一緒に旅をしている」

「ボクはルーティ。よろしく」


 最後にルーティがレーデルのショールから飛び出し、名乗った。

 ヘルベルトとマティカスはルーティを注視し、感嘆の声を上げた。


「これが噂の……たしかに美少女だ」

「人よりはるかに小さいのに、人よりはるかに美しいですね」

「変態呼ばわりされるリスクを負ってでもそばに置いておきたい、その価値があるなこれは」

「なんともはや。素晴らしいの一言です」


 口々にルーティを褒め称える二人だった。


「フフフ……率直な感想ありがとう。あなたたちは見る目がある」


 ルーティは得意満面の笑みを浮かべた。

 レーデルは呆れるより他になかった。

 挨拶を終えたところで、アルケナルが話を取り持つ。


「今日はレーデルたちにアレを見せるんですよね……?」

「もちろん! そのためにここに来てもらったんだから。さて、君達を紳士淑女と見込んで、一つ約束していただきたい」


 ふっと笑みを消し、真剣な面持ちでヘルベルトはレーデルとセレナを見やった。


「今から君達にあるものを見せようと思うが、一切他言無用に願いたい。話がよそに漏れると非常に厄介なことになるのでね」

「約束します」

「もちろん」


 レーデルとセレナは即答した。

 それから、ヘルベルトはルーティにも視線を投げた。


「君も頼めるよな?」

「当然。美を理解するあなたの頼み、聞かないわけにはいかないね」

「結構。君達を信じるとしよう」


 ヘルベルトはふっと気を抜き、元の陽気な雰囲気を取り戻した。懐中から鍵を取り出し、建物の錠を解除。レーデルたちを建物内部に招き入れる。

 内部は石畳が敷き詰められた、何もない空間が広がっていた。天井は高く礼拝堂のような荘厳さを感じるが、窓の数は少なく、薄暗い。


「なんですか、ここは?」

「数百年前の建築物で、時代によって様々な使われ方をしてきたようだ。肝要なのは、一時ホルスベックを占領していた魔王軍の連中が、ここに改装の手を入れたらしいという点でね。地下を拡張したようだ」


 ヘルベルトは先頭を切って地下への階段を降りていった。マティカスが短く呪文を詠唱して、魔法の光球を浮かべて光源とし、それに続く。レーデルとセレナもアルケナルに照明を任せ、二人を追った。

 下った先は、これまた何もないがらんとした地下室だった。ただ、壁の一面が突き崩され、洞穴らしきものが奥に続いていた。


「私がここを発見したのはつい最近の話だ。二、三ヶ月になるか。露骨に壁の石の風合いが違うのに気づいて、崩してみたら大当たりだよ。魔王軍が細工した痕だ」

「魔王軍は何のためにそんなことを?」

「五十年前、先の勇者アマトの活躍のおかげで、魔王軍はこの一帯から追い出されることになった。その時、たやすくは動かせないほどの大量の財宝をホルスベックに抱えていた、という言い伝えがあってね」

「なんだと! 財宝!?」


 セレナが鋭く反応した。

 フフフ、とヘルベルトは短く笑い声を漏らした。


「もともとは私の父がこの伝説を追いかけていてね。父は志半ばで亡くなったが、いつか私の手で財宝を見つけ出し、父の無念を晴らそうと思っていた。あとちょっとなんだよ」

「あとちょっと……?」


 ヘルベルトの物言いに、レーデルは引っかかった。


「最後の問題を解決するために、私はアルケナル君を雇ったのさ」


 突然道が開け、そこそこ広大な空間にたどり着いた。

 マティカスが手を一振りし、光球を前方へと放出する。

 途端、怪物のごとき巨躯の影が浮かび上がった。


「なんだ……!?」


 一瞬レーデルは警戒しかけた――が、ほどなくその正体に気づく。

 巨大な竜の像だった。

 四肢を地面につけ、首と尻尾とを地面に這わせている竜の石像である。頭から尻尾まで五メートルはあろうかというサイズだ。

 竜の首、肩の付け根あたりに、一人の人物がまたがっている。竜が首を降ろしているおかげで、ヘルベルトが地面に立ったままでも人物像の頭に手をかけることができた。


「竜騎士の像……ああ! これが双月の竜騎士かな?」


 ルーティの言葉に、ヘルベルトは頷いた。


「いかにも。これは、魔王軍が残していった像。そして財宝の封印なのだよ」


 ヘルベルトがジャケットを脱ぐ。その下に、胸甲を着込んでいた。胸を覆うプレートと背中を守るプレートを二枚のベルトでつなぎ、肩にかけて使うシンプルな防具である。

 鈍く黒く光る金属でできた胸甲の隅には、はっきりと双月のマークが刻まれていた。

 ヘルベルトは胸甲を外し、竜騎士の胸に装着した。

 すると胸甲が光を放ち始め、竜と竜騎士の眼前にある真っ平らな壁を照らし出した。

 光を浴びた壁に、何らかの図柄が浮かび上がる。


「これは……地図ですか!?」

「その通りよ……」


 アルケナルが進み出、タクトを振るいつつ解説を加えた。


「しかも、ただの地図じゃない……。この竜騎士の持ち物である武具の現在位置を教えてくれるのよ……」


 タクトの示す先には、ひときわ強い光を放つポイントがあった。ホルスベックの内外に、全部で五つ。

 うち一つは、まさに今レーデルたちがいる地点を示していた。


「胸甲が今ここにあるから、現在地点も光っているわけか」

「この地図には、武具の現在位置を動的にサーチする力があるみたい……。つまり、何者かが武具を持って移動すれば、それに応じてポイントも移動する……。そして、五つの武具をこの竜騎士像に装着し直した時、この壁は崩れて、向こうに控えている財宝が姿を現すはず……」

「この壁の向こう? だったら力づくでブチ抜くのが早えだろ」


 セレナが壁を軽くノックしてから、腰を低く構え、正拳を放った。

 が、ガスンと鈍い音が響いただけで、壁にはヒビ一つ入らなかった。


「いってえ! ダメか、やっぱり」

「叩いた瞬間、一瞬魔法の障壁が出現したの、見たでしょ……? 堅牢に組まれたものよ……。ある種の呪いと言ってもいいかもしれない……」

「呪い?」

「ええ……この竜騎士像は、財宝を守り続ける呪いをかけられているようなもの……」


 アルケナルは、竜騎士象の頭を軽く撫でた。

 地図を凝視していたレーデルが、アルケナルに問う。


「武具を集める以外に手はないんだな。双月のガントレットはどれだ?」


 アルケナルは地図の一点を指さした。ホルスベックの外、アッカニアの領域である。


「これだわ……。私達が赤蛇団を追い立てた結果がこれ……」

「めんどくせえなあ! 結局こいつらもあたしらにビビって逃げ回ってんのかよ!」

「問題はそこよ……今すぐ私達がこの地点に急行しても、赤蛇団は既にどこかに移動している可能性がある……。慣れた土地ではないから、ふらふら動く可能性は高い……」

「そんなこと言っても、行くしかねーだろ! 急いで行って、連中をぶちのめすんだ!」


 セレナの言葉に、しかしレーデルは待ったをかける。


「いや、ここから目的地まで結構距離があるぞ。赤蛇団が逃げてたら、捕捉し直すのはかなり面倒だぞ」

「ああん? じゃあどーするんだよ」

「打つ手はある。俺たちだけでどうにもならないなら、人の手を借りればいい」

「? この間のアッカニアの顧問官にでも頼むのか?」

「いやいや。アッカニアの盗賊諸君の手を借りる。連中をボコって吐かせるなんて暴力的な手段がよくなかったんだ。紳士的な態度で頼み込めば、喜んで協力してくれるはずさ」


 レーデルは断言した。セレナ、アルケナルの疑わしげな視線を受けながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ