その5 狩りすぎの弊害
「おまえが赤蛇団の団長だな?」
「ち、違うって! 俺たちゃそもそも赤蛇団じゃねえよ!」
「嘘をつくなよ? だったらおまえの腕にある赤い蛇の入れ墨はなんなんだよ?」
「たしかに赤い蛇だけど、奴らが掲げているマークとは形が違うだろ! 俺がこの入れ墨を入れた後で連中が出てきやがって、こちとら迷惑してんだ!」
「じゃあ本物の赤蛇団はどこにいるんだ?」
「もっと北の方を根城にしているって聞いたぜ……」
「おまえが赤蛇団の団長だな?」
「違う違う! 赤蛇団の旗を掲げてたけど、あれは偽物! 掲げておくとよその盗賊団がビビって近づいてこなくなるんだって!」
「じゃあ本物の赤蛇団はどこにいる?」
「東の方で気にくわない連中をシメてるとかなんとか……」
「おまえが赤蛇団の団長……じゃなさそうだな……」
「フヒィィ! 許して下さい! 勝手に赤蛇団を名乗っていたことは謝ります! だから命だけはお助けを!」
「本物の赤蛇団がどこにいるか知ってる?」
「南の方で鉱山ビジネスに噛みに行ったとか聞いてます!」
「口から出任せとか言ってないよな?」
「決して出任せではございません! でもあくまでも噂なので確実な情報じゃないです! 近くの村を襲うのももうやめますから、どうか命だけは、命だけは……!」
「わかったよ。さっさと行ってくれ」
「ははあ――っ!」
盗賊団の頭はしっかりと地面に額を付けた土下座をした後、全力でレーデルたちから逃げ去っていった。
そして、荒野にはレーデルたち三人とルーティが残された。
逃げる男の背を見送りながら、レーデルは呟いた。
「一つ分かったことがある。盗賊団連中の口コミネットワークなんて、適当なもんだな」
潰した盗賊団から得た赤蛇団の所在地情報は、ことごとく空振りだった。盗賊団は必ずしも一カ所に根を下ろすようなものでなし、情報伝達の時間差も考えれば正確さに欠けるのは当然ではあるが、ここまでハズレだらけとは思っていなかった。
「これを徒労と言わずして何と言うのか」
「完全な徒労じゃないでしょ……少なくとも盗賊団退治はできているわけだし……」
慰めの言葉を、アルケナルが口にする。
レーデルたちが叩き潰した盗賊団の数は既に二桁を超え、その勇名は方々に轟きつつあった――あくまでもホルスベックとその周辺の集落という範囲内ではあるが。最近は村を訪れるだけで、
「あなたが、この辺の盗賊団を狩りまくっているという変態勇者様ですか! どうぞどうぞ、お食事を用意致しますので、是非とも村を困らせている野盗どもの退治をお願いします!」
と村人の方から言ってくるのである。レーデルたちはホルスベックの農民達の救世主となりつつあった。
「報酬ももらえるし、まあまあ悪くねーと思うけど」
セレナもそう語るが、レーデルの不満は収まらない。
「俺たちの目的は双月のガントレットを回収することであって、この地上から全ての盗賊団を壊滅させることじゃない。目先の正義に惑わされるな」
「あら……勇者様らしからぬ物言いじゃないかしら……?」
「元勇者な。盗賊退治は無益じゃないが、次から次へとわいてくる奴らを俺たちだけで根絶しようなんて、そりゃ無理だ」
「最近は盗賊団と遭遇する頻度自体減っている気がするけれど……?」
アルケナルの言うとおり、最近、ホルスベック全域で盗賊団の姿を見かけることが少なくなりつつあった。
ぬっ、とルーティがレーデルのショールの中から顔を出した。
「盗賊団の奴ら、ボクらにビビって逃げているのさ」
「赤蛇団まで、俺たちから逃げてるのか? もしかして」
「きっとそうだよ。ただそうなると、赤蛇団は捕まえられないんじゃないかな? 無策で追いかけるだけじゃ、ね」
「ルーティのくせにまっとうな意見を言いやがって。考えでもあるのか?」
「それはレーデルが考えてくれ」
「あのなあ……」
レーデルが次の言葉を考えている間に、アルケナルが言った。
「赤蛇団の現在位置を探り直す方法はあるわ……一旦ホルスベックに戻らない……?」
「レーデルさん! 会いたいという方がいらっしゃってますよ!」
と冒険者ギルドの受付嬢から声をかけられたのは、ホルスベックに戻った翌日のことだった。
客はギルド隣のコーヒーハウスで待っていた。
旅装で身を固め、眼鏡をかけた中年の男性だった。ボックス席でコーヒーを味わっているその姿には、作法をわきまえた上品さが感じられた。
(礼儀正しそうなたたずまいだが、貴族ってほどじゃない。どこかの役人か?)
とレーデルは見立てた。
男性はレーデルを対面に着席するよう促してから、切り出した。
「あなたが変態勇……ゴホン! いや失礼……レーデル・クラインハイトですね?」
(俺をいきなり変態呼ばわりしない良識もわきまえているようだ)
内心でレーデルは付け加えた。
「私はドレイトンという者です。アッカニアにて顧問官を勤めています」
アッカニア。ホルスベックに隣接している、都市同盟に参加している都市の一つである。
「アッカニアの方が、俺に何の用ですかね? お仕事だったら条件次第で引き受けますが――」
「いえ、お願いというか、ご相談に参りましてね」
空になったコーヒーカップを指先で撫でながら、ドレイトンは言った。
「最近、ホルスベック近隣の盗賊団を片っ端から潰して回っているそうじゃないですか」
「アッカニアの方まで話が行ってますか」
「ええ。そのおかげで、もともとホルスベックにいた盗賊団連中がアッカニア側に流れ込んできて、少々被害が出始めていましてね」
「…………おっと」
レーデルの顔が瞬時に青ざめた。
「盗賊達を徹底的に叩くという行い、さすがは勇者だと感心しますがね。ホルスベックばかりが平和になっても意味が無いと思うのですよ」
「おっしゃる通りでございます」
「急激な環境の変化は歪みをもたらします。たとえ善意からの行動であってもね。なので、盗賊退治については少々自重していただけないかと思うわけですよ。あなたの善行に対してこのような文句を付けるのは非常に心苦しいのですが……と、おや?」
ドレイトンがコーヒーハウスの入口に視線を投げる。
受付嬢に伴われ、一人の男性が入店してきた。風体こそ違えど、ドレイトンと似た役人風の雰囲気をまとった人物である。
受付嬢はレーデルの姿を見つけると手で示し、男にそっちに行くよう促した。
「あいつは知り合いです。フィルスポットの顧問官ですよ」
ドレイトンはそう言った。フィルスポットもアッカニア同様、ホルスベックに隣接する同盟都市である。
「あいつも私と同じことを言いに来たってことに賭けますが」
「賭けは成立しませんよ。俺も同意見なので」
うんざりした顔で、レーデルは応じた。
男はずかずかと近づいてくると、レーデルに敵対的な視線をぶつけてきた。
「あんたかい、噂の変態勇者ってのは? ちょいと、あんたの盗賊団狩りについて話がしたいんだがね?」
「そうですか……」
いつものレーデルならば、売り言葉に買い言葉で噛みつき返すところだったが、タイミングが悪かった。
「そうなの……ま、さもありなんって感じね……」
レーデルから話を聞かされたアルケナルは、何度も頷いてみせた。
二都市の顧問官が去った後、入れ替わるようにセレナとアルケナルが戻ってきた。レーデルが顧問官たちの主張を二人に簡単に説明すると、二人は「来るべきものが来た」と言わんばかりの表情を見せた。
「無茶苦茶な勢いで盗賊団を狩りまくるのはやめろ、さもなくばウチの領域内で盗賊団を狩れ、と両方とも言ってきた。こちとら身体は一つしか無いのにさ」
「人気者はつらいね」
ルーティの言葉に、レーデルは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「手当たり次第に盗賊団を狩る方法はもう使えない。アルケナル、赤蛇団の居場所、探せる?」
「既に目星はついている……」
アルケナルは地図を取り出し、その場で広げた。
以前とはまた別の場所――アッカニア側の辺境に、赤い丸がつけてあった。
「赤蛇団の現在位置はこの辺……連中が移動するより早く追いつくしかないわ……」
「どうやって調べたんだ?」
レーデルの疑問が疑問を口にする。
「疑ってる……?」
「そんなことはない。ただ、随分あっさり見つけたもんだと思って」
「双月の武具の現在位置を特定する手段があるのよ……ガントレットの居場所が、赤蛇団の居場所ということになる……」
「武具の位置を特定? そんなことができるのか」
「ええ……。ガントレットだけでなく、他の武具も現在位置はわかってる……」
「どういう仕組みなんだよ」
「それは私の口からは言えないわ……秘密厳守、とクライアントから言われている……」
「詳しい情報を知っておいた方がお互いのためになると思うけど」
「私もそう思う……だから私がクライアントを説得した……。二人とも、クライアントに会う気はないかしら……?」
「ボクは?」
ルーティが口を挟むと、アルケナルは苦笑した。
「あら、ごめんなさい……三人だったわね……。今日の午後にでも、と言われているけど、都合はどうかしら……?」
「断る理由はない。是非とも直接会って聞いてみたいもんだ」
「あたしも同感」
「ボクも興味あるね」
三人は口々に言った。
アルケナルはニッコリと微笑む。
「結構……。クライアントは喜んでいたわよ、私が目を付けたのがレーデルと聞いて……。噂の変態勇者に一目会いたい、ですって……」
「どこの誰だか分からない相手にまで俺の名声が届いているとは、喜ばしい限りだな」
レーデルは皮肉めいた調子で吐き捨てた。