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その1 ルーティのルーツ


「結論から言って……成果はゼロよ……」


 悲しげに語りながら、アルケナルはルーティを握っていた手をぱっと離した。ルーティは対面のレーデル目がけて「急降下」。

 ひょい、とレーデルは右腕を鞭のようにしならせ、きれいにルーティをキャッチして、左肩に座らせた。


「だから、いきなりルーティを手放すのはやめろって」


 レーデルに言われて、アルケナルは自嘲気味に唇をつり上げた。


「どうにもうまくいかないから……ちょっとレーデルをいじめたくなったのよ……」

「いい趣味じゃないね。でもやっぱり、アルケナルにもルーティの呪いは解けないのか」


 レーデルとルーティの間をつなぐ呪いを解除すべく、アルケナルが分析を始めてから一週間以上の時が経っていた。

 ホルスベックで起きた騒動の余波も収まり、人々は元の生活を取り戻しつつあった。もっとも、友人、家族、仲間を失った痛手は埋めようもないが。

 しかし、泣きわめいて死んだ人が帰ってくるわけでもなし。ただ無情に過ぎていく現実と向き合い、前へ前へ歩を進めていくしかない、ということを徐々に悟っていく時間を、生き残った人々は過ごしている。


「まったく手が出ないわね……自分が浅学の身であることを思いしらされるわ……」

「カースマイスターとまで呼ばれた方が、ずいぶん弱気じゃねーか」


 井戸のへりに腰掛けながら、セレナが言う。


「アルケナルに解けねーんじゃ、この世の誰にも解けねーぞ」

「言い得て妙ね……私の師匠なら解けたかもしれないけど……」

「師匠? アルケナルにも師匠がいるのか?」

「いた」


 時制を、アルケナルは強調した。


「独学でこんな技術は身につかないわ……。私の師匠はエニオーと言って、魔族の男性だった……。天才的なカースマイスターだったわ……私なんて及びもつかない……」

「もうお亡くなりになっているんだな」


 レーデルが推論を口にすると、アルケナルは頷いた。


「残念ながら……。ネクロマンサーにでも召霊してもらえれば、相談できるかもしれないけど……」

「俺の知り合いにネクロマンサーはいないね」


 レーデルは断言したが、セレナがふと口走る。


「アレクトはどうなんだ? あいつのツテならネクロマンサー呼べるんじゃ?」

「なるほど……」


 レーデルは頷き、アルケナルに視線で許可を求めた。


「聞くだけ聞いてみましょ……今は藁にもすがりたい気持ちだし……」


 アルケナルの返答を得て、レーデルはさっそく取りかかった。




「元」勇者、レーデル・クラインハイトは、己の身に降りかかった呪いを解くために旅をしている。

 大魔王の居城パンデモニウムへ進入するための鍵、魔神像を手に取ったところ、肌身から離れなくなってしまったのである。

 女性の姿をした魔神像は意志を持ち、ルーティと名乗って、常時レーデルにつきまとっている。

 つきまとわれる以上の不都合は何もないのだが、ルーティは独特のセンスの持ち主で、なかなかに口が悪く、レーデルとしてはうっとおしいことこの上ない。


「ボクのような美少女が二十四時間そばについてあげてるのに文句を言うなんて、君は本当に度しがたい奴だな、レーデル」


 といった調子の文句を常日頃から耳元でささやかれるので、レーデルは飽き飽きしていた。嫌っているわけではないのだが、せめてたまには個人の時間を持ちたい、と切望している。

 呪いにまつわる魔法の専門家、アルケナルという女性のもとを訪れ、呪いの解除を依頼しているのだが、残念なことにたやすくはいかないようだった。




 町外れの空き地にて、レーデルは地面に魔法円を描いた。

 最後の一筆を入れると、魔法円は光を放ち始めた。

 しばし待っていると、その光の中に一人の人影が現れる。


「お呼びですか、レーデルさん!」


 呟きながら、人影は光の中から進み出てきた。

 シルクハットを被り、黒い色眼鏡をつけた銀髪の女性、魔族のアレクトである。

 満面の笑みで歩み寄ると、レーデルに抱きついた。


「呼んで戴いてありがとうございます! 今日は何のご用事でしょう? 夜伽ですか!? 夜伽ですかね!?」


 色眼鏡をわずかにずり下げ、ハート型の瞳孔でレーデルをじっと見つめつつ、アプローチを繰り返す。


「昼間っから夜伽なわけねーだろ! 発情してんのかてめー!」


 セレナが割り込み、レーデルとアレクトを引きはがした。

 セレナ・ラス・アルゲティ。レーデルとともに旅を続ける、拳闘家の少女である。見た目はただの美少女だが、天才的な格闘センスの持ち主で、強力な敵を打ち倒すことでレーデルの危機を何度も救っている。

 アレクトは心の底から残念そうな顔をした。


「えええ。夜伽じゃないんですか。聞いてますよ、レーデルはルーティにつきまとわれているせいでろくに性処理もできないとか……」

「少なくとも、その件についてアレクトに相談する気はないね」


 着衣を整えながら、レーデルは言い返した。


「今日来てもらったのは、別の用件だ。ルーティの呪いのことだよ」


 経緯をざっと説明し、アレクトの知り合いにネクロマンサーはいないのか、という話題になったことまでを告げる。


「ネクロマンサーですか」


 アレクトの反応は芳しくなかった。


「いないことはないですけど、気軽に相談できる相手ではありませんねえ。申し訳ありませんけど、ご期待には添えなさそうです」

「そう……ま、そうよね……」


 アルケナルは肩を落とした。


「じゃあ……それとは別に、ルーティの呪いを解く方法、何か知らない……?」

「そんなことを言われましても。私は完全に門外漢ですから……」


 と言いながら、アレクトはルーティを手に取り、じっくりと眺めた。


「いやあ、ルーティは相変わらず美人ですねえ」

「フッ。君の美的センスも相変わらず素晴らしい」


 ルーティは自信満々に応じた。


「ルーティが美人なのは、そもそも彫像家が優秀だったんでしょうねえ」

「彫像家……」


 言われて、レーデルは今更ながらある疑問に気づいた。

 初めて会った時、ルーティは石の像だった。

 彫刻家によって作り出された存在だ、と思い込んでいたが、本当にそうなのだろうか?


「なあルーティ。おまえってもともとは何だったんだ?」


 レーデルはルーティに疑問をぶつけてみた。


「何だった、って、ボクのことを何だと思っているのかなあ」

「ふと思ったんだよ。おまえは石の像として作り出されたのか? それとも、もともとは普通の生き物で、呪いか何かで石の像にされたのか?」

「それは……」


 ルーティは戸惑いを見せた。


「……分からないね。以前に言ったと思うけど、ボクには過去の記憶が無い。名前以外、レーデルと出会う以前の記憶はなにもないよ。どうしてそんなことを聞くんだい?」

「ルーティの生い立ちが分かれば、ルーティの呪いについても分かるんじゃないかと思ったんだが」

「生い立ちなんて妙な言い方だなあ。製造過程、って言った方がいいんじゃないの」

「ってことは、おまえは自分はもともと石像だったと思っているのか」

「根拠は無いけど。他にボクみたいなサイズの生き物、見たことあるかい?」

「ま、ないね」


 レーデルは認めるしかなかった。


「気になることがあります」


 アレクトはアルケナルに質問した。


「アルケナルさんがルーティみたいな呪いの人形を作るとして、ルーティレベルの美少女を造形することはできますかね?」

「私には無理……」


 アルケナルはすぐに首を振った。


「それは彫像家……というか美術家の仕事でしょ……美少女像しか造れなくなる呪いなんて私は知らない……」

「ということは、ルーティという像を造った人物と、ルーティに呪いをかけた人物は別、という話になるのではありませんか?」

「そうなるでしょう……けど……」

「私、魔族の美術家にはツテがありますよ」


 アレクトの言葉に、レーデルとアルケナルは目を見交わした。


「そっちの線からルーティのルーツを探れるかもしれないってわけか」

「作者を突き止めれば、呪いをかけた人物もわかる。そこから解呪の方法を見つけられるのでは?」

「悪くないアイデアね……頼める……?」


 アルケナルの依頼に、アレクトは手を上げて応じた。


「レーデルのために一肌脱ぎましょう。個人的にも興味が出てきましたしねえ」


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