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その2 求む用心棒


「たまたまその日は夜遅くまで遊び歩いていてね。だから偶然助かったんだよ」


 と、商家強盗殺人事件の生き残りの使用人は言った。

 強盗殺人があったという商家には弔問客が断続的に訪れていた。レーデルたちは商家の裏手に回り、運良く使用人を捕まえ、事情を聞くことができた。


「本当に偶然なんだって。衛兵連中は、俺が強盗団の手引きをしたって疑ってるけど、絶対に違う。あんな優しい旦那様や奥様を裏切るなんて、冗談じゃねえ」


 と語りながら、使用人は神経質な手つきで爪楊枝をつまみ、歯の掃除にふけっていた。非日常的な出来事の連続で、随分と参っているようである。


「俺たちは強盗殺人犯を追っている。色々と話を聞かせて欲しいんだが」


 レーデルが銀貨を取り出すと、使用人は待ってましたとばかりに受け取った。


「ありがとよ。なんでもしゃべるぜ。もっとも、もう色々な相手にしゃべってることばかりになるけどな」

「色々な相手……?」

「ああ。朝からもう何組も話を聞きに来てるぜ。冒険者の皆様が」

「それはどういう……?」

「簡単なこった。ここで三件目なんだよ、強盗団の仕事は」

「そんなに?」

「まずフィルスポットで一件。五日前にホルスベックで一件。そしてここで三件目さ。どこも商家ばかり狙われている。全然捕まる気配がないから、あちこちで自衛に冒険者を雇ってる。その冒険者の皆様が、新たに発生した強盗事件の現場に情報収集に来てるってわけだ。あんた方もそのクチだろ?」

「……そんなところだ」

「で、俺がここで立ってれば、情報の対価として金をもらえるって寸法よ。誰かが旦那様の仇を討ってくれれば万々歳、その上俺の懐も暖まるし、いいことずくめだ。で、何を聞きたい?」


 レーデルは小さく笑った。不幸が起きてもただでは起きない、その逞しさは是非とも見習いたいところだった。


「商家ばかり狙って既に三件目ってことは、怨恨の線じゃない?」

「金目だね、どう考えても。家の中がごっそりやられてた。それに旦那様は誰からも好かれるお人で、恨みを買う相手なんていなかったよ。そんな方が事故に出会ったみたいにこんな目に遭うなんて、酷い話だぜ」

「三件が同一犯だってのは、手口が似ているとか?」

「手口がどうとかって話は、俺にはよくわからんがね。どこの現場でも、同じマークが刻まれた遺体が見つかってるんだとさ」

「双月マークか」

「あ、あんたも噂を知ってるのか。なら話は早い。うちでも見つかったよ、三日月二つが背中合わせになっているマークが。あれは魔剣に斬られたからだろ?」

「そうだろう」


 レーデルは肯定した。

 斬った相手の肉体になんらかのマークを発生させる――そんな能力に特化した魔剣は、決して珍しくない。

 たとえば戦場にて、戦功を証明するために利用される。斬り倒した相手にユニークなマークをつけることで、戦いの後、手柄を認定する検分の際の無用なもめ事を避けるのである。貴族が家伝として所持する魔剣は、大抵この能力を持っている。


「本当に恐ろしいよ。一歩間違ったら、俺が三日月マークを刻まれて、今頃棺の中だ」


 使用人は口元を手で覆い、無心に爪楊枝を動かし続けていた。


「一日も早く犯人は捕まって欲しい。本当に頼むぜ。……他に聞きたいことある?」


 レーデルはセレナに視線を投げる。


「この人、嘘はついてねーぜ。随分動揺してるみてーだけど」


 鼻を鳴らしながら、セレナは小声で答えた。

 他に何か聞くことはあるだろうか、とレーデルが思案を巡らせているうちに、ルーティがショールの中から顔を出し、質問を投げた。


「さっきから棒きれを口の中につっこんで、何をしているのかな?」


 突然現れた小さな女性の姿に、使用人は目を見張った。が、すぐに何かを思い出したような顔をする。


「ああ! あんた、美少女フィギュアを肌身離さず持ち歩くとかいう噂の変態勇者かよ! 一度会ってみたかったんだ! 不幸中の幸いって奴かなこれは?」

「俺にとっては不幸以外の何物でも無いよ」


 レーデルは無表情を装いながら、ルーティをショールの中に押し込んだ。




「たしかに、用心棒の依頼だらけじゃねーか」


 ギルドの掲示板に張り出された依頼の掲示をざっと眺めて、セレナは言った。

 ギルドに持ち込まれた依頼は、ギルドが用意した一定の書式に書き直され、掲示板に掲示される。冒険者はこの紙片を窓口に持ち込んで依頼を引き受け、ギルド紹介のもと依頼人に会う、という仕組みになっている。

 いまだに用心棒の依頼が掲示板に残っているということは、依頼を引き受ける冒険者の手がまったく足りていないということでもある。


「どうする、レーデル? 引き受けちゃう?」


 手が足りないということは、報酬が高くなるということでもある。非常に魅力的な話ではあるが――


「いや、よしとこう。俺たちはあくまでもアルケナルの依頼を受けた身として動く。よその用心棒を引き受けたら、動けなくなるぞ」

「それもそーか。じゃあ、双月の竜騎士の武具集めは続けるんだな」

「もちろん。もう、財宝がどうとかいう単純な話じゃないし。強盗殺人犯を無力化して、怯えている人々から心配事を取り除く。元勇者となった今でも、人を助けるという気持ちを忘れてはいけない」


 と言ってから、レーデルは眉をひそめた。


「それによく考えたら、テリオノイド二人を殺してしまった以上、完全に決着をつけるまで足抜けはできないような気がする。向こうが俺たちを許さない」

「そーだな。魔王の手下をきっちりぶっ潰すまでは、枕を高くして寝られねーか……あれ? おい、レーデル」


 急にセレナはレーデルを叩き、ギルドの入口を指さす。

 くるりと振り向いて、レーデルも驚いた。


「あっれ。シアボールドとリーリアじゃないか」


 遍歴の騎士二人組が、何故かギルドに姿を現していた。

 向こうもすぐにレーデルに気づいた。リーリアは気まずそうな表情を浮かべるものの、


「……お、久しぶりだな!」


 シアボールドは陽気に手を振り、近づいてきた。


「セレナさんもお久しぶりです」


 騎士らしく、シアボールドはセレナの眼前にひざまづき、一礼した。

 仰々しさにセレナは引き、怪しむような顔をしたが、頭を伏せていたおかげでシアボールドには見えなかった。


「また会ったな。どうしたんだ、こんなところで」

「俺たちもギルド登録したのさ」


 シアボールドは立ち上がると、懐中からギルドメンバーカードを取り出し、レーデルたちに見せつけた。


「聞いているだろ? この辺で手荒な押し込み強盗が暴れてるって話。俺たちも治安維持に一役買おうと思ったんだが、用心棒をするにも『ギルドから派遣されてきた人間しか受け付けない』って言われてなあ。だったら冒険者登録しようって話になったのさ」

「ギルドは帝国の騎士も受け入れるのか」

「よくある話らしいぜ。基本的に遍歴騎士は無償で活動するもんだが、対価を得ることは禁じられてないからな」

「そういうものなのか。しかし、ホルスベックに来るとはね」

「ああ。レーデルに会えるかもしれない、ってリーリアが強固に……」

「そんなことは言ってない!」


 大きな声で、リーリアが口を挟んできた。


「ホルスベックで悲惨な押し込み強盗が発生していると聞いたからここに来たの! レーデルのことなんて関係ない!」

「……だそうだ」


 とシアボールドは言ったが、そのニヤニヤ笑いには大いなる他意が含まれていた。


「偶然ね、偶然……」


 レーデルはリーリアに笑顔を向けた。


「俺はリーリアにまた会えて、嬉しいけどね。怪我もすっかり治ったようだ」

「……まあね」


 口元をがっちりと結んだまま、リーリアは答えた。


「……レーデルも用心棒をするつもり?」

「いや、俺たちは俺たちで動く」

「そう……。じゃ、私達は仕事を探すから」


 軽く手を振って別れの挨拶とし、リーリアは掲示板のもとに向かった。


「ありゃ、嬉しくてニッコニコになるのを必死に我慢している顔だな」


 連れについて、シアボールドはそう評した。


「トイレに行きたいのを必死に我慢している顔に見えるけど」


 と、ルーティはショールから顔を突き出し、言った。


「おや、ルーティ。相変わらずお美しい」

「フフ。君も相変わらず話の分かる男だ」


 二人の挨拶を待ってから、レーデルはシアボールドに小声で告げる。


「それじゃ、俺たちは行くから」

「もう? リーリアと話、してやれよ」

「そうしたいのはやまやまだが、ホルスベックにも結構異端審問官が来ているらしくてね」


 そう告げられると、シアボールドの顔が引き締まる。遍歴騎士が教会の暗殺対象であるレーデルと一緒のところを見られるのは、非常に不都合だ。


「あいつらなら、身分を偽ってギルドメンバーになっていたとしても不思議じゃない。気をつけろ」

「うっかりしていた。不必要に会うべきじゃないな」

「そっちが元気そうだって知れただけで十分だ。それじゃ……」


 レーデルは手を振り、セレナとともにギルドの外へ出て行った。周りから妙な視線が注がれていないか、気にしながら。


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