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その1 財宝探しの必要経費


「妻が生きていたら、私は殺されていただろうな」


 それが、自宅の被害を一通り把握したエビン・ヘルベルトの偽らざる感想だった。

 アンズヴィル、メイドや庭師の復旧活動によって、被害を被ったヘルベルト邸は随分見られるものになった。とはいえ、特にアルケナルの召喚精霊が粉砕した外壁などは応急処置ではどうしようもなく、破壊の跡を晒していた。

 よほどの富豪であっても、自宅がこんな目に遭って平静ではいられないだろう。事実、エビンはかなりがっくりきていた。


「気を落とさずに、ヘルベルトさん」


 そばに立つマティカスが、エビンを励ますように肩を叩く。


「この程度で心が折れるようでは、宝探しなどやっておれんよ。ともかく、君達はよくやった」


 フッ、とエビンは強く息を吐き、レーデルたちに感謝の意を示した。


「これは、財宝を手に入れるための必要経費だ。私以外の者が宝に目を付けるのは当然だし、それが紳士的な人物とは限らないからな」

「そう……ですね」


 レーデルは曖昧な返事をした。

 財宝。

 まだ見ぬ財宝を手に入れる瞬間を夢見ているエビンに対し、アレクトから教えられた情報を告げるのは、実に気が引けた。

 だが、告げないわけにはいかない。


「で……テリオノイドを倒して、竜騎士の兜を回収したのだろう? ここには持ってきてないのかね?」


 エビンの言葉に、セレナとアルケナルも渋い表情を見せ、視線を交わし合う。

 そして、二人揃ってレーデルの背を押した。


「おまえらなあ……」

「ん? どうかしたかね?」

「いえ……ちょっと、言わなければならないことがありましてね……」


 慎重に言葉を選びながら、レーデルは全てを語った。

 アレクトから伝えられた可能性――かの地下室には、ホルスベックを大混乱に陥れる、五十年前に仕掛けられた大魔王軍の罠が眠っているかもしれない、という可能性について。

 話を聞いていくうちに、エビンの顔からはどんどん血色が失われていった。


「なんだと……なんだと……?」

「もちろん、これはアレクトが語った情報であって、真実であるとは限りませんよ。アレクトも自信はなさそうでしたし」


 正確な情報を伝えるべく、レーデルは意を尽くした。


「とはいえ、俺たちの敵は、地下に眠っているのが罠だと信じて活動しています。正直言って、どっちが正しいのかは俺には判断つきませんよ」

「ぬぐぐ……」


 目に見えてエビンは焦り始めた。腕を組み、その場でうろうろとめぐり始める。

 その間にマティカスが追加の質問を投げる。


「テリオノイドの仲間がまだ残っていて、双月の竜騎士の武具を狙っているのですね……?」

「それは間違いないです」


 レーデルの答えを受けて、マティカスは少し考えてから、もう一つ尋ねた。


「君はどう思いますか? このまま宝探しを続けていいのかどうか」

「俺の意見ですか」


 少し考えてから、レーデルは考えを述べた。


「宝探しを一旦諦める勇気を持ってもいいのではないか、と思います。このままでは、この程度の被害では済まなくなるのでは……」

「諦める、だと?」


 ぴたり、とエビンの足が止まる。

 ぎろり、とレーデルを睨んだその目には、ただならぬ怒気が漂っていた。


(やっちまった)


 レーデルは内心で後悔したが、もう遅かった。


「諦めろというのか! この私に、宝探しを!」


 エビンのあまりの大きな声に、周囲で作業をしていたメイド達が驚き、一斉に視線を注いできた。


「この宝探しは、私だけじゃない! 私の父の悲願でもあるのだ! 父はホルスベックの地下に財宝が眠っていることを信じて、周りの人々から一生馬鹿にされ続け、結局宝を見つけられずに死んだ! その無念たるやいかばかりか! 宝を見つけ出すまで、父の魂は決して昇天できんのだ!」


 迫真の力説だった。

 魂から絞り出すような叫びに対して、反論などできるはずもなかった――常人なら。


「魂が昇天? バカバカしい」


 常人ならざるルーティは、平気で反論した。


「本当に死んだ父親の意見が聞きたいなら、ネクロマンサーでも雇うことだね。そもそも財宝のありかが気になって昇天できないなんて、随分浅ましい話に聞こえるけど?」

「馬鹿野郎! 何言ってんだおまえ!」


 レーデルはルーティの口を塞ごうとしたが、ルーティはその手を器用に逃れ、更に言った。


「死人の気持ちを勝手にでっちあげて、自分の命を危険にさらすなんて、バカのやることだね! 今すぐ宝探しから身を引くべきだ! 死にたくなければね!」

「うるさい! 貴様ごときに何が分かる!?」


 エビンの怒りに完全に火がついた。当然の結果ではある。


「これは命を賭けてでもやり遂げなければならないことなんだ!」

「そんなのに巻き込まれるレーデルの身にもなってくれよ! 命を張るのはレーデルなんだけど!?」

「ちょっとルーティ何言ってんの!?」


 レーデルは動転し、うまく割って入る知恵も回らなかった。


「ギルドに頼めばいくらでも代わりはいるんだぞ! 私のために働く気が無いなら出て行け! 今すぐだ!」


 吐き捨てるように言うと、エビンは踵を返し、足早に屋敷の中に消えてしまった。

 凄まじく気まずい雰囲気の中に、レーデルたちは取り残された。


「……よろしくないですね、これは」


 沈黙を破ったのは、マティカスだった。


「少し時間を置いた方がいいかもしれません……ここまで順調に進んでいたのに、非常に残念ですが。しかし参りましたね……魔王軍の参戦とは」


 焦りの色が、マティカスの声ににじんでいた。

 マティカスも命を狙われるかもしれない立場に陥ったのだから、当然だろう、とレーデルは思った。


「確認させて下さい。双月の竜騎士の兜は、アレクトなる魔族の女性が持っているのですね? こちらに引き渡してくれる可能性は……?」

「今のところ、ないと思いますよ」

「力づくで奪いとれる可能性はどうでしょう?」

「それはイヤですね。アレクトは間違いなく使える奴ですので、敵には回したくない」

「そうですか……」


 マティカスは表情を曇らせたまま、苛立たしげに髪をかいた。

 レーデルも同じ気分だった。このまま順調に武具を集めきって任務完了になると楽観視していたのに、トラブルの連続で、任務完了できるかどうかも怪しくなってきた。

 いずれにせよ、この場は一旦引き下がるしかなさそうだった。




「まずやるべきことは、おまえへの説教だ」


 右手の中に握りしめたルーティを睨みながら、レーデルは宣告した。

 レーデルとセレナはギルド併設のコーヒーハウスに腰を据えていた。今後の方針について相談するためである。

 ルーティは臆することなくレーデルを睨み返し、自己弁護した。


「ボクは間違ったことを言った覚えはないね」

「本気でそう思っているのかよ」

「この状況、宝探しから手を引くべきというレーデルの主張の方が正しい。ボクはそれを肯定しただけさ」

「言い方ってものがあるだろ。エビンさんに泥水をぶっかけるような言い方をする必要はない」

「エビンがどうなろうとボクの知ったことじゃない。大切なのはレーデルだけだ」

「何を言い出す」

「レーデルに死なれては困るって言ってるの。ボクの宿主として、君はなかなか悪くないからね」

「…………」

「エビンが自分の夢に命を賭けるって言うんなら、どうぞご自由に。でもレーデルを無用な危険に巻き込むのはやめて欲しいってことさ」

「冒険者稼業は危険と隣り合わせだ」

「それにしても、冒していいリスクと冒してはいけないリスクがあるだろう。レーデルの言うことを聞かない相手のためにリスクを冒す必要があるのかな?」

「反省する気はなさそうだな」

「反省することなんてないからね」

「…………」


 レーデルはルーティを握る手をぱっと開いた。これ以上語り合っても無益だと感じて。

 ルーティの主張にも理が無いわけではない。その点を考えると、頭ごなしに叱るわけにもいかない。

 ルーティはレーデルの腕を歩き、肩に腰掛けた。


「ま、あのご老人も、落ち着いて考えればわかってくれるんじゃないかな。命と宝のどちらが大切なのか。時間が経てば仲直りできるだろうよ」

「おまえはいつも上から目線で物を言うな……」

「ボクは君よりはるかに年上だってことを忘れてもらっては困る」

「はいはい……」


 レーデルは適当に答えて、徐々に冷めつつあるコーヒーをすすった。

 ふと視線を挙げると、いつの間にかセレナがいなくなっていた。

 くるりとあたりを見渡して――周りの客が、レーデルを注視していることに気づく。


「あの人お人形と会話してるよ……」

「人形の声もあの人が出してるの?」

「さすが変態勇者だなあ……」


 口々に好き放題なことを言う人々だったが、レーデルに気づかれたと知ると、一斉に視線をそらした。

 レーデルは重苦しいため息を吐き出した。


「……わかったかルーティ。おまえから自由になれない限り、俺は一生今みたいな言葉を浴びて生きていかなきゃならないんだ」

「ボクの声を腹話術呼ばわりしたのは面白かったね。レーデル、腹話術師としてデビューしてみるのはどうかな? 冒険ができなくなっても食べていけるよ」

「……おまえが物言わぬ人形だったらどれほどよかったか……」


 レーデルが呆れていると、セレナがギルド直結の扉から姿を現し、戻ってきた。


「セレナか。いつの間にいなくなってたんだ?」

「ちょっとお手洗いに行ってきたんだよ。それより面白い噂を聞いてきたぜ」

「面白い……?」

「面白い、ってのはちょっと不謹慎かもな」


 と前置きしてから、セレナは言った。


「つい昨日、とある商家が強盗に襲われて一家皆殺しに遭ったんだってよ」

「それはかわいそうに。面白い話には思えないが」

「面白いのはここからだ。商人一家はみんな斬り殺されていたけど、その遺体に双月マークが刻まれてたんだってさ」

「双月……!」

「一応商家の場所は聞いて来た。どうする?」

「行こう。俺たちはまだクビになったわけじゃないしな」


 レーデルはコーヒーを飲み干し、席を立った。

 ルーティが呆れ気味に言う。


「結局、仕事は続けるんだね」

「俺たちの雇い主はアルケナルなんだ。アルケナルからやめろと言われない限り、俺はやる。そもそもおまえの呪いを解くためアルケナルと取引したこと、忘れるなよ」


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