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その8 勇者レーデルの殺人未遂


「マールは村の外を駆け回っているうちに偶然竜面を見つけて、匂いを嗅いでいるうちに竜面の魔力に囚われたんだろうな」


 と、レーデルは推論を述べた。

 村への帰還を果たし、パティを旅籠の主人の下へ帰した後、レーデルたちはリーリアのベッドを取り囲んで雑談していた。


「この程度、寝込むような怪我じゃない! みんなと一緒に夕食食べるから!」


 とリーリアは主張したが、ダメージの重さは一目瞭然だった。自力で立っていることすらつらそうな顔色だったのである。

 なので、レーデルとシアボールドが中心になり、リーリアを半ば力尽くでベッドに押し込んだ。そのまま流れで一同室内に居座り、いつの間にやら反省会めいた話し合いに突入していた。


「つまり……十年前に殺された冒険者の仇を討とうとした人間なんて、最初からいなかった、ってことね……?」

「そう。いたのはやんちゃな犬だけだ」

「マールは一体どこで竜面を見つけたんだ?」

「それは永遠の謎ね……村の近くのどこか、以上のことはわからないわ……」


 アルケナルは肩をすくめた。

 双月の竜騎士が生み出す地図によると、ずっと以前から竜面はペイトネイア村の近所にあった。ただ、半月ほど前から、村の周辺で行ったり来たりを繰り返すようになった。その軌跡はおそらく、マールが竜面を外そうとしてあちこちをかけずり回った苦闘の跡だったのだろう。


「ま、これで目当てのモノが手に入って、良かったぜ」


 セレナは抱えている竜面を軽く拳で叩いた。


「気をつけろよ。冗談半分でそいつを被ったら、今度はセレナがドラゴンになる」

「あたしがそんなアホな真似するわけねーだろ。でも、何も知らない誰かにいじられないようにしねーとな」

「布か何かで包んだ方がいいわね……。旅籠の主人に頼んでみましょうか……」

「おっと、セレナさん! 俺も手伝いますよ!」


 セレナ、アルケナル、シアボールドはそのまま部屋を出て行った。

 レーデルもその後に続こうとしたが、


「ちょっと待って」


 リーリアが身を起こし、レーデルの手を掴んで捕まえた。


「いくつか聞きたいことがある」

「質問による。俺のスリーサイズは答えられないよ」

「そんなことには興味ない。あの竜面って一体何なの?」


 そこにに座って、とリーリアはすぐそばの椅子を指さした。

 レーデルはおとなしく従った。


「俺たちはあれを回収しにこの村に来た。だが、何に使うかまでは答えられない」


 とレーデルが答えた直後、ルーティがショールの中から顔を出した。


「クライアントに対する守秘義務があるんでね」

「…………」


 しばらくルーティを無言で見つめてから、リーリアは次の質問を投げた。


「この子はなんなの? みんな普通に接してるけど、私はまだ説明してもらってないよ」

「あれ、そうだっけ。こいつは……」

「ルーティと呼んでくれ」


 ルーティは軽く手を振って挨拶した。

 ほどなく、リーリアは何かを思い出したかのように、目を見開いた。


「……あっ! レーデルが変態勇者とか呼ばれているの、知ってたけど……これが元凶ね!」

「リーリアの耳にまで届いていたのか」


 レーデルはがっくりと肩を落とした。

 ルーティをじっくりと見つめながら、リーリアは呆れたような表情を浮かべた。


「これは……たしかに変態呼ばわりされても仕方ないような……」

「違うんだって! これには深いわけがあるんだ」


 己の「潔白」を証明すべく、レーデルは語った。魔神像について、ルーティについて、そして今は呪いを解くために旅を続けていることについて。

 一通り聞き終えると、リーリアは一応納得したような顔を見せた。


「……色々あったのね……」

「そういうこった」

「まあでも、結局変態は変態よね……」

「どうしてそんな結論になるのかなあ。まだ説明いる?」

「いる。まだ大事なことを聞いていない」


 鋭い目つきで、リーリアはレーデルを見据えた。


「どうしてレーデルは枢機卿を殺そうとしたの?」

「……それは……」


 一瞬、レーデルは冗談で返そうかと思ったが、やめた。


「……わかった。話す。リーリアが信じてくれるかどうか、不安なんだけど……」

「レーデルが本当のことを言っているなら、私は信じられる」


 リーリアは断言した。

 レーデルは椅子に座りなおしてから、語り始めた。数ヶ月前に起きた事件について。



 サイナーヴァ教会の内部には、勇者にまつわる諸業務を担当する「勇者委員会」という部署が存在する。


 この委員会において最高責任者を務めているのが、カルマーダ枢機卿。四十代男性、将来は教会の中枢部で活躍するであろうと目されている人物である。レーデルを勇者として選定したのもカルマーダ枢機卿だ。

 カルマーダ枢機卿はやり手の実務家という評価の一方で、その強引な手腕から敵も多く、更に少年少女に対する虐待疑惑がつきまとっていた。立場的に逆らえない十代の少年少女たちに性的奉仕を強いていて、その被害者は何十人にものぼると噂されていたが、教会中枢にて権力を振るう父のおかげで、カルマーダの地位は小揺るぎもしなかった。


 レーデルもカルマーダを嫌う一人だった。同じ年齢帯の友人達から、様々な噂を聞いていたからだ。知り合いの姉はカルマーダのせいで自殺した、逆にあの青年は喜んで尻を差し出したからカルマーダの部下として重用されている、等々。

 幸い、レーデル自身がカルマーダの犠牲になることはなかったものの、勇者として選ばれた際は「あいつはカルマーダのお気に入りなんじゃないか」と噂されたものである。


 そのカルマーダから、勇者レーデルが召還命令を受けたのは、魔神像を回収した直後のことだった。


「……帝国に戻れって言うんですか?」

「深刻な話じゃないですよ。魔神像回収を祝福する席を設けたい、と枢機卿がおっしゃっているんです」


 路銀調達のため同盟都市内にあるサイナーヴァ教会を訪れた際、レーデルは信徒からその話を聞かされた。


「おっ、いい話じゃん。たまにはうまい物食わせてもらおうぜ」

「うーん……」


 話を聞いてセレナは喜んだが、レーデルは眉をひそめた。枢機卿の性的虐待の噂を聞いている身としては、


(とうとう俺にも貞操の危機がやって来たのか……?)


 としか思えなかったからである。

 とはいえ、勇者として教会の保護と出資の下活動している以上、断るわけにはいかなかった。

 というわけでレーデルは指定された都市――帝国としては辺境、同盟都市と境界を接する街――に戻り、そこでカルマーダ枢機卿の歓待を受けた。


「やあレーデル君、久しぶりだね! 君の活躍は帝国にまでしっかり聞こえているよ! 魔神像の回収にも成功したそうじゃないか! 今日は慰労の席を設けさせてもらうよ!」

「枢機卿自ら出迎えていただけるとは、ありがたい話です」


 警戒心を悟られないよう、言動に注意しながら、レーデルは歓待を受けた。

 普段なら自分から相手に話しかけに行くルーティだったが、この時は何故かショールに隠れたままでいた。


「あのおっさん、どこが、とは言いにくいけど、何か気持ち悪いからね。それに、教会の人間が魔神の姿をしたボクを歓迎してくれるとは思えないし」


 というのが、ルーティの弁明だった。

 意外にも祝いの席はシンプルなものだった。場所は高級住宅街の借り上げた家、祝宴への参加者はレーデル、セレナ、そしてカルマーダの三人のみ。

 家は小さいながらもなかなか立派な邸宅で、望むなら寝室で一泊していくことも可能とのことだった。


(カルマーダの野郎、百パーセント俺の尻を狙ってるじゃねえか!)


 どうすれば穏当に事態を切り抜けられるのか。それにセレナは大丈夫か。レーデルの意識はそこばかりに向かい、到底食事を楽しむ余裕などなかった。

 祝宴の席の長いテーブルには豪勢な料理や飲み物がずらりと並び、しかもこれを囲むのは三人だけ。


「君が大魔王を滅ぼすのも時間の問題だろうな! 今日は存分に英気を養ってくれたまえ!」


 乾杯のためのグラスが、三人に提供された。

 大量の食事でご機嫌のセレナだったが、ワインの匂いを嗅いだ途端、表情が消えた。何かを訴えるような目で、レーデルを見る。


(ワインに何か盛りやがったな……! これを飲んだら数十分後には昏睡状態だな)


 レーデルはそう悟りつつ、「すぐには騒がないように」とセレナにアイコンタクトを送った。そして、


「……枢機卿。後ろの肖像画、もしかして枢機卿を描いたものでしょうか?」


 と質問した。


「ん? ああ、これかね。たしかにこれは私だよ。大したものだろう? 有名な画家に描かせたものでね……」


 カルマーダが後ろを向き、説明している間に、レーデルは自分のグラスとカルマーダのグラスを交換した。

 その隙に、セレナもテーブルに据えられた花瓶の中にグラスの中身をまけた。


「……というわけだ。いや、長話で待たせて済まなかった。勇者レーデルの未来に乾杯!」

「乾杯!」


 何食わぬ顔で乾杯し、レーデルはワインを飲んだ。


(その内カルマーダは眠りにつくだろうから、そのタイミングでさっさとここから出て行くか……)


 とレーデルは算段を立てていた――が、ことは予想外の方向に進む。

 宴が進むにつれ、カルマーダは汗をかき始め、呼吸が荒くなり、ついには――


「……うンむっ……!?」


 血を吐いて、テーブルに突っ伏したのである。


「どういうことだ、これは……!?」


 カルマーダは自分の口を拭い、手についた血を見て、愕然とした。ガタガタと悪寒に身を震わせながら、悶える。

 ここに至って、レーデルはやっと気がついた。自分が大きな思い違いをしていたことに。

 カルマーダが盛ったのは眠り薬でなく、毒薬だったのだ。

 自分でも驚くほど冷静な気持ちを保ったまま、レーデルは立ち上がり、カルマーダを見下ろした。


「俺を殺して、魔神像を取り上げて、自分の手柄にするつもりだったんだな? さすがだよ、枢機卿様。あんたは噂通り、最低のクソ野郎だ。自分の血に溺れて無様に死ぬのがお似合いだな」


 と別れの言葉を贈り、セレナと共に邸宅から全力で逃げ出した。

 カルマーダには死相が浮かんでいたため、枢機卿はそのまま死んだものとレーデルはしばらく信じ込んでいた。悪運強く死に損ね、一命を取り留めたことを知ったのは、つい最近のことだった。


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