その6 村の外はモンスターだらけ
「……ここだな。道に迷わずゴールできて安心した」
と呟きながら、シアボールドは慎重に地図を畳み、懐中にしまった。
目的の洞窟は、切り立つ崖の直下にあった。壁面が水平方向に長く抉れ、雨露がしのげるエリアを横に広く浅く作り出していた。
その浅い抉れたエリアを、ゴブリンたちが十体ほどたむろしている。緑色の醜い生き物たちは、長らくこの場所をねぐらとしている風である。
「ただどうも、ドラゴンはここにはいなさそうだな」
レーデルたちは、十分距離を置いて茂みの陰に身を隠し、ゴブリンたちを観察していた。
抉れたエリアの一部に黒い穴がぽつんと開いている。あれが、かつての冒険者が金目の物を隠したという「洞窟」なのだろうが、せいぜい人間一人が出入りできる程度の小さな穴である。
「そのようね……ドラゴンがゴブリンを家畜として狩っているとも思えないし……」
アルケナルもレーデルに賛意を示す。
「で、どうするの? あいつら退治していく?」
ルーティがレーデルの耳元でささやいた。
レーデルは首を横に振った。
「いや、よしとこう。時間の無駄だ。おとなしく引き返そう」
その時、セレナが素早く鼻を鳴らし――
「……上だ!」
警告を放つと共に、大きく飛んだ。
反応してシアボールド、アルケナルも咄嗟に逃げを打つ。
レーデルは身を投げつつ、抜刀。頭上に銀の弧を閃かせた。
「ゴゲエエエッ」
ゴブリンの悲鳴。
直後、胴を真っ二つにされたゴブリンの死骸が、レーデルの左右に落ちた。
頭上からの襲撃を仕掛けてきたのは二体だった。もう一匹が短剣を片手にレーデルの背を襲おうとしたが、
「やらすか!」
セレナがゴブリンの足を払った。
ゴブリンは仰向けに転倒。セレナはゴブリンの首を踏みつぶし、一瞬で絶命させた。
「ありがとよ、セレナ」
レーデルに礼を言われて、しかしセレナは戦闘態勢を解かない。
「礼は全部始末つけてからにしてくれよな!」
洞窟のゴブリンたちに気づかれてしまった。それぞれ武器を取り、レーデルたちに殺意むき出しの視線を向けている。
威嚇の叫び声を上げながら、襲いかかってきた。
「セレナさん、下がっていて下さい! こんな奴ら俺とレーデルだけで十分ですよ!」
得点稼ぎすべくシアボールドが進み出ようとしたが、
「任せて……。来たれ、炎の精霊、風の精霊……!」
それより早くアルケナルがタクトを振るい、二種の精霊を同時召喚した。
燃えさかる巨人に、竜巻に包まれた巨人。二体の巨人が、壁のごとくゴブリンの眼前に立ちはだかる。
ゴブリンの低い知能でも、その威容に恐怖を感じずにはいられなかったようだ。急ブレーキをかけ、思わず立ちすくむ。
その間に二種の精霊は身体を寄せ合い、融合した。炎の竜巻と化して、更に激しく炎風を巻き起こし――
「伏せろ!」
セレナがシアボールドの襟首を掴み、シアボールドは仰向けに引きずり倒される。
直後、融合精霊は激しい大爆発を起こした。
轟音が轟き、レーデルたちは伏せた身体でその衝撃を感じ取る。
伏せるという知恵も持たないゴブリンたちは、爆風をまともに受けて吹き飛んだ。
少しして、レーデルは十分に警戒しながら立ち上がる。
あちらこちらで草木に火が燃え移っていたが、どれもこれも小規模。くすぶって消え、わずかな煙を出すばかりとなる。
ゴブリンたちは全滅状態だった。全員ぐったりと倒れ、ぴくりとも動かない。
レーデルは剣をしまい、警戒を解いた。
「うへえ……一瞬じゃないか……」
シアボールドは、上半身だけ起こした状態で、放心していた。アルケナルの予想外の破壊力を目の当たりにすれば、こうなるのも当然だった。
「驚かせてしまったかしら……ごめんなさいね……。私、精霊魔法の調節ができないから……街中や乱戦だと役立たずなのよね……フフ……」
シアボールドの様子を見やりながら、アルケナルは苦笑した。
セレナもまた、シアボールドを見つめていた。ただしつい先程までの警戒心はすっかり薄れ、呆れの表情が取って代わっている。
「レーデルが正しかったみてーだな。あたしらをハメようと考えている奴が、こんなマヌケ面するわけがねー」
シアボールドに聞こえないよう声を絞りながら、レーデルに言う。
「最初からそう言っただろ。……こうなってしまったし、せっかくだから洞窟も調べていくか。シアボールド、行くぞ!」
シアボールドの肩を叩きつつ、レーデルは洞窟へ向かった。
洞窟はさほど深くなく、中に転がっていたのは野生動物の死体、ゴブリンが集めてきたであろうがらくた類ばかり。悪臭も酷く、常人が潜んでいられるような場所ではなかった。
「……徒労だったかしらね……」
アルケナルの呟きに、レーデルは首を振った。
「ドラゴンは見つからなかったけど、情報は得られた。それでよしとするしかないね」
一行は来た道を戻ったが、往路においてもドラゴンの気配はなかった。
深い森を抜け、田園地帯の道をとぼとぼと行き、やがて遠景にペイトネイア村が見えてくる。
レーデルたちがいない間に村がドラゴンに襲われていることもなかったようだが――
「……なんだ?」
誰かがレーデル達目がけてまっすぐに駆け寄ってきていた。注意を引くべく手を振りながら、随分と慌てた様子で。
「村の人だな。たしか、家の修復を手伝っていた一人だ」
とシアボールドはめざとく特定した。
男はほどなくレーデルたちのところまでやって来た。荒い呼吸で途切れ途切れになりながら、必死に言葉を紡ぐ。
「急いで下さい……ドラゴンが村の東の方に出たんです!」
「東の方? そんなに慌てる必要あるかな?」
ルーティが疑問を口にすると、男は慌てながら付け加えた。
「旅籠のところのパティちゃんがまた東の森に行っちゃったみたいなんですよ!」
「なんだと!」
「動ける者で探しに行ってるんですが、皆さんも手伝ってくれませんか……!」
「わかりました!」
返事をするが早いか、レーデルたちは一斉に駆け出した。
「パティ! パティ! どこにいるの!?」
パティの捜索には、リーリアも加わっていた。話を聞いて、いても立ってもいられず、怪我をおして森に一人で飛び込んでいた。
周囲を注意深く見回しながら、道なき斜面を下り――枯れ葉に足を取られ、ずるりと滑った。
「!」
咄嗟に手近な木の幹にすがりつこうとして失敗、斜面を数メートル滑り落ちてしまう。
うまく受け身を取られたので、ダメージは小さくて済んだ。が、身を起こそうとして、まだ完治していない脇腹の傷が強烈に疼いた。
「……ぅっく……!」
悲鳴を押し殺しつつ、その場にかがみ込み、痛みに耐える。
「この程度の痛み……! それよりパティを探さなきゃ……!」
歯を食いしばって立ち上がり、辺りを見回す。
まばらな立木の平原にたどり着いていた。日の光を遮る枝葉が少ないせいか、地面は枯れ葉ではなく雑草で覆われている。もっとも今日は曇天だが。
リーリアは平地を進んだ。不必要な痛みを覚えないよう、狭い歩幅で。
だが、慎重な足取りは突然、駆け足に変わる。
遙か向こうの立木の根元に腰を下ろしている少女の姿を見いだしたからだ。
「パティ!? パティ!」
痛みをこらえつつ、リーリアは少女の下に駆け寄った。
そこにいたのは間違いなくパティだった。幹にもたれて座り、微動だにしない。
リーリアは、全身の血の気が引くのを感じた――が。
「……あれ、お姉ちゃん……?」
半目をこすりながら、パティが呟いたのを聞いて、リーリアは急に脱力してその場にかがみ込んだ。
「生きてた……! もう、びっくりさせないでよね……! 昼寝してたの?」
「うん……歩きすぎて、疲れたから……」
「こんなところで寝てたら大変なことになるでしょ。とにかく、今すぐおうちに帰りましょ。お父さんが心配してる……」
パティは天を仰いだ。
びくり、とリーリアは背後を振り返る。
灰色の曇天を背景に、空から迫り来る黒い影。
それは凄まじい勢いで大きくなり、不意に急降下。
着地と共に、地面が揺れる。
赤い鱗のドラゴンが、翼を折りたたみながら着地を果たす。
「ドラゴン……!?」
突然のことにすくみ上がるリーリア。
ドラゴンはリーリアとパティを一瞥すると、頭を高くもたげて雄叫びを上げた――




