その4 遍歴騎士と元勇者
リーリアは、仁王立ちに腕組みという体勢でレーデルを待ち受けていた。
「元気そうだ……と言いたいところだが、怪我人なんだから寝てなくちゃダメだろ」
レーデルはリーリアをベッドに押し込もうとしたが、
「結構!」
リーリアは強い口調で言い返し、レーデルの手を払う。
しかし身体のどこかに痛みが走ったのだろう、リーリアは顔を歪め、しばし立ち尽くした。
「だから無理するなって」
と言いつつレーデルは身を引き、そばにあった椅子に腰掛けた。
その後、リーリアはゆっくりとベッドのへりに腰を下ろした。
「こんなタイミングじゃなかったら、レーデルを斬ってたのに……」
固い声でリーリアは言い、レーデルを睨んだ。
とっさにレーデルは部屋中に視線を走らせた。が、刃物らしきものはどこにも見当たらなかった。
リーリアが隠していなければ、の話だが。
「再開の挨拶にしてはちょっと風変わりだな」
敢えて軽妙に、レーデルは応じた。
「遍歴の途中でこの村に来たのかな?」
「……答える必要ある?」
「俺は聞きたいなあ」
笑顔を、レーデルは向けた。
少しためらってから、リーリアは答えた。
「そうよ。四、五日くらい前。村に来て初めてドラゴンの話を聞いて、狩りに出かけたのが三日前」
「それでドラゴンに挑んで大怪我した、と」
「笑いたければ笑いなさいよ」
「笑うもんか。むしろリーリアらしいと思うよ。怪我を顧みず突っ込むあたりはね。相変わらず回復魔法の腕も好調なようだし」
リーリアは生まれながらにして回復魔法への優れた素養を持っていた。幼い頃から、少々の怪我程度なら無意識のうちに治してしまうほどの力を発揮しており、親からは魔法医師の道へ進むことを期待されていたものである。
もっとも、回復魔法とて万能ではない。大怪我ともなると、完治まで数日はかかる。今のリーリアはまだ回復の途上にあった。
「レーデル、私が動けない間にドラゴン退治する気?」
「そのつもり。なかなかの強敵そうだし、簡単な相手じゃなさそうだが……」
「私が引き受けた仕事よ。レーデルは手を出さないで」
「そうもいかない。俺もあのドラゴンに用事があるんでね」
「私がやる! レーデルの手は借りない!」
決然と、リーリアは言い切った。
「なんでそこにこだわるかなあ」
「私の不始末は私が片付ける。それに、遍歴騎士として手柄を挙げなくちゃならない。ファン・クラムの家名を再び輝かせるために」
「それを言われると返す言葉がない」
レーデルは肩を落とし、ため息をついた。
遍歴騎士と言っても、ただ無為の漫遊を続ければいいというものではない。道行く先々で人々の手助けをした、魔界の怪物と戦った、という風に騎士として修行し、成長することが求められる。それが神聖帝国の伝統である。
一方、多大な実績を挙げてその名を轟かせれば、その後帝国での出世にポジティブな影響を与える。だから若き騎士達は必死になるのである。
「父の不名誉を取り除くには、今から実績をたくさん積んでいかなきゃ」
「俺の首を持ち帰ったら、かなりの実績になるだろうな」
「…………」
レーデルが自分の首を切る仕草を見せると、リーリアは黙り込んだ。
「もちろん、たとえリーリアの頼みでも、首はやれないよ。俺にも生きる権利があるからな。そしてドラゴンに挑む権利もある」
「私の手柄を横取りする気なの……」
「そういう問題じゃない。村の人はドラゴンに苦しんでいる。ならば一日でも早く苦しみを取り除くのが勇者の務めだ」
「もう勇者じゃないくせに」
「その通り。もう俺は教会の勇者じゃない。でも最近思うんだよな。『勇者』とは一体何なのか、って」
一旦言葉を切り、レーデルはリーリアの目をのぞき込んだ。
「教会が勇者を任免しているけど、それって正しいのか? いや、俺が思うに、困っている市井の人々を助けるために力を振るうのが勇者だ。そうして救われた人々が救い主を勇者と呼ぶのであって、教会が勝手に決めたり、自分で名乗ったりするのは違うんじゃないかね」
「…………」
「なので俺は、自発的に勇者を名乗るのもやめた。誰かの勇者でありたいとは思っているけどな。だからこの村を襲うドラゴンを倒す。ま、成功報酬がいただけるよう交渉はするけど」
「……そこは無償でやるんじゃないの?」
あきれ顔のリーリアに、レーデルは苦笑を浮かべた。
「こちとら商売なんでね。修行名目の騎士様とは違うのさ」
そう言って、レーデルは椅子から立ち上がる。
「もちろん、手は多い方がいい。だからリーリアは早く怪我を治してくれ。できれば一緒にやりたい」
リーリアのそばに寄り、肩を押してベッドに寝るよう促す。
リーリアは素直に従い、ベッドに横たわってシーツを被った。
「……私の力を借りたいのね」
「決まってるだろ! リーリアの力があれば、俺も気軽に戦える」
「……約束はできないわよ……」
「俺があっという間にドラゴンを倒してしまうかもしれないしな。その時は許してくれよ」
笑顔を見せるレーデル。
リーリアはと言うと、どんな顔をすればいいのか迷った挙げ句、寝返りを打ってレーデルに背を向けた。
「……疲れた。寝る……」
「おやすみ、リーリア」
挨拶して、レーデルは部屋を出た。
部屋を出たところで、ショールの中からルーティが姿を現した。
「随分冷たいんじゃないかな、あの子。本当に幼なじみ?」
「そうかな? かなり態度が柔らかくなってきたと思うけど。それよりルーティ、ずっと黙ってたな。俺たちに気を遣ったのか?」
「気を遣った? バカバカしい。ボクの存在を忘れて、二人だけの秘密とかしゃべり始めないかなあ、って期待していただけさ」
「さすがルーティ、趣味が悪い」
「誰しも下世話な話には興味を引かれるものさ」
「おまえがそんなんだから、俺は呪いを解きたいんだよ」
ルーティと言い合いながら、レーデルは階段を降りる。
階下のエントランスにはセレナがいた。
「おっ。五体満足で戻ってきたな」
「俺がしっかりとリーリアを説得したからね」
「それはいいとして、大丈夫なのか? あたしらがここにいるって教会側に密告されたらコトだぜ」
セレナは距離を一歩詰め、小声で言う。
「リーリアもそうだが、あのシアボールドって野郎もどうなんだよ。レーデルの友人だからって、無条件に信じていいのか?」
「あいつは確実に大丈夫。シアボールドはサイナーヴァ教なんてこれっぽっちも信じてないから。教会への忠誠心なんて、ゼロどころかマイナス行ってるぞ」
「それはそれで問題なんじゃねーの……」
「生きていくために色々割り切っているんだよ、あいつは。まあ気にするな」
「…………」
それ以上セレナは何も言わなかった。が、納得していない風でもあった。
「ここから西に六キロほど行った森の中に、かつての冒険者が財宝を隠していた洞窟があるそうだ」
テーブル上に地図を広げながら、シアボールドは説明した。
旅籠の食堂を借りて、レーデルたちは集まっていた。地元民の意見を聞くため、旅籠の主人にも会議に参加してもらっている。
「私自身は行ったことがありませんが、ドラゴンが身を潜めるには格好の場所だ、と聞いておりますね」
と、主人は語った。
「考えてみれば、昨晩のドラゴンも西の方へ逃げていきましたよね? それを思えば、この洞窟を調べてみるのは分の悪くない賭けのように思えますね」
「俺もそう思います。もちろん、ここにドラゴンがいるという確実な保証はないにせよ、この周辺ならドラゴンが隠れられる場所はいくらでもあるし、実際に行ってみれば何かしら手がかりが掴める可能性はあると思う。というわけで、ツアーを組んでみたいんだが、どうだろう?」
シアボールドの提案に、まずアルケナルが答えた。
「賛成……。私としては、村で迎撃するより、人を巻き込まない場所で戦える方がいい……。精霊の制御が不得意なもので……」
「俺も賛成」
レーデルも賛意を示した。
「ただ待ち構えるよりは、こっちから何かした方が絶対いいって。すぐにはドラゴンを倒せなくても、何かしら手を見つけられるかもしれない。……セレナはどうよ?」
水を向けられたセレナは、固い表情のまま言った。
「みんなが賛成ってんなら、あたしも反対はしねーよ」
それ以上は語らず口を閉じ、シアボールドの反応を待った。
「だったらツアー決行だな。今日はもう遅いから、明日の朝出発と行こう」
「リーリアの参加は無理かな?」
レーデルが口を挟むと、シアボールドは首を振って否定した。
「リーリアは行きたがるだろうが、まだ寝ていた方がいい」
「仕方ないな。俺たち四人で行くことになるか」
そう言ってから、レーデルはルーティに目を向けた。
「こういう時、おまえをリーリアの看病役に置いて行ければ便利なのにな」
「ボクは、親しくない人の話し相手になるよりは、レーデルの冒険について行く方が好きだね」
ルーティはそう答えて、レーデルのショールの中に身を隠した。
「それじゃ、作戦会議は終了だ。明日は早起きでよろしく」
シアボールドは解散を告げ、地図を丸め始めた。
壁にもたれていたセレナが、レーデルの腕を取り、食堂の外へ引っ張り出した。
「……なんだよ、どうした」
「罠じゃねーの?」
セレナはレーデルを玄関扉まで連れていき、食堂に気を配りながら小声で言った。
「森の中にあたしたちを連れ込んで、まとめて殺す作戦じゃねーか?」
「まだシアボールドのことを疑ってるのか」
「レーデルはあいつの友達なんだろうが、あたしはそうじゃない」
「心配しすぎだっての。第一、ならどうして作戦に賛成したんだよ」
「反対したって、次の手で来られるだけだ。だったらさっさと敵の手をあばく」
「匂いを嗅げば、シアボールドが嘘をついているかどうかわかるんじゃないのか?」
「! それは……!」
セレナは言葉を失った。
「嘘をついている匂いはしなかったんだな。そりゃそうだろ」
「あ、あたしの鼻が調子おかしいだけかもしれねーし! とにかくあたしはあいつから目を離さねーからな!」
と言い捨てて、セレナは旅籠の外に出て行ってしまった。
レーデルもルーティも黙って見送るしなかった。
少し遅れて、シアボールドがレーデルのそばに近づいてきた。
「ちょっと話がある。セレナって子、さっきずーっと俺のことばっかり見てたよな」
「気がついたか」
「もしかしてあの子、俺に気があるのか?」
予想外の発言に、レーデルは目を丸くした。
「……そう! そうらしいんだ! セレナはきっと君のことが――」
ルーティは悪ノリしようとしたが、
「おいやめろ。話をややこしくするな」
レーデルは指でルーティの口を塞いだ。しかる後、シアボールドに打ち明ける。
「ちょっと違う。セレナはおまえのことを教会の手先だと警戒している」
「あ、そういうことかよ。アホらしい。俺がレーデルを教会に売るわけないだろ」
「でもセレナはおまえのことを知らないし」
「誤解があるようだ。それじゃあ、彼女に俺のことをよく知ってもらわないとなあ。正直言ってタイプだし。脈、あると思うか?」
「さあ。セレナから色恋沙汰の話なんて聞いたことがない」
「なら、振り向いてくれる可能性があるってことだ。こいつは楽しくなってきたぞ」
足取り軽やかに、シアボールドは階上に去って行った。
「ちょっと面白いことになってきたじゃないか」
レーデルの指から逃れたルーティがさも楽しげに言う。
レーデルは首をひねった。
「いや、俺はそうは思わない」




