その16 レーデル、取り残される
「死の呪い……?」
ロシエルの言葉を聞いて、レーデルはアルケナルに助言を求めた。
アルケナルはヨランの背に回復魔法をかけていたが、
「……とりあえず、大丈夫よ……。あっちを見てあげて」
顔をしかめながら、ヨランは身体を起こした。
少々ためらったが、アルケナルはロシエルのそばへ行き、ロシエルの腕の三本足マークに手をかざした。
「なんらかの魔力を感じるわね……しかも、随分とたちの悪い奴……」
「呪いの一種?」
「おそらくそう……血で遺伝する呪いというやつじゃないかしらね……」
(そういうことだったか……)
色々と、レーデルは理解した。
死の運命を悟ったロシエルが、最後に望んだこと――それが、レーデルとの命を賭けた対決だったのだろう。
故に、挑発的な態度を取り、レーデルがロシエルを敵だとみなすように誘導した。さもなくば、レーデルが本気を出すはずがないからだ。
理解した上で、レーデルはリーリアに指示を出した。
「……とにかく、リーリアは師匠を治せ。抵抗するようなら、二、三発殴ってもいい」
「……おい、レーデル! 私は……!」
「黙ってて下さいよ」
鋭い言葉を、レーデルは師に投げつけた。
「色々と聞きたいことがあります。さすがに、斬られたままで色々と関係ない質問されるのはおつらいでしょう」
「いや、そういう問題では……!」
「それにですね。師匠の病が呪いによるものだっていうんなら、決して希望がないわけじゃないですよ。俺も、今は呪いを解く手段を探して旅をしてましてね。それを使えば先生の呪いも解けるんじゃないか、と思うんですよ」
「私だって、呪いを解く手立てを探したさ……だが、どうにもならなかったんだぞ……」
「俺たちが探している解呪手段は、大魔王お墨付きの代物ですよ」
「……なに……」
信じられない、とでも言いたげな顔を、ロシエルは見せた。
「なんにせよ、師匠が死ぬのを黙って見ているわけにはいかないんですよ。おとなしく、リーリアに身を委ねて戴きましょうか」
「…………」
ロシエルは何も答えなかった。
が、抵抗もやめた。これを是と捉え、
「それじゃ、静かにしていて下さい。レーデルに殴られたくないでしょ?」
リーリアは治療を再開した。
「俺が殴る役かよ」
「私にロシエル先生を殴らせるつもりだったの? やめてよ、いくらなんでもそんなことできないって!」
「俺のことはしょっちゅう殴ってたくせに」
「先生とレーデルは別!」
二人の言い合いを聞きながら、ロシエルは目を閉ざし、リーリアの回復魔法をおとなしく受け入れた。
アルケナルもその場を去り、ヨランの治療に戻ろうとしたところ――
「……あら、霧が……」
あたりを覆う霧が濃くなり始めた。
しかも、尋常な濃さではない。最初に幻のル・ロアンに巻き込まれた時のような勢いで、視界をどんどん狭くしていく。
「みんな、気をつけて……! この霧は少しおかしい……!」
警告を放ちつつ、慌ててアルケナルはヨランに身を寄せる。
「はぐれないようにしろ! みんな、誰かに掴まれ!」
セレナも大きな声を放つ。
霧はどんどん濃くなっていき、完全に視界が真っ白になった後――
――急速に晴れ始めた。
真っ白だった視界に、徐々に赤みが差していく。
赤い色の意味するところを悟って、
「……おい、ウソだろ!?」
シアボールドが目を剥いた。
あたりに広がっているのは、赤茶けた煉瓦の遺構と、無人の廃虚。
見上げれば青い空。
幻のル・ロアンは霧消し、元のル・ロアンに戻っていた。
「……青空……!?」
マリアは長いこと青空を見つめ続け――ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「も……戻ってきた……ついに戻ってきたんですね……元の世界に!」
「ほ……本当に元の世界なのだろうな……!?」
疑心に駆られるジークルーネは、はっと思いだし、左腕のアームウォーマーをビシバシと叩いた。
「ティシフォネ! ティシフォネ! 聞こえるか!?」
応じて、すぐさまアームウォーマーから黒い手が伸びた。その手のひらにまず目が宿り、ジークルーネの姿を視認。直後目を口に変え、
「……ジークルーネ様! 無事であらせられましたか!」
リーリアたちに気づかせてはならない、とジークルーネは黒い手を握って隠しながら、アルケナルに身を寄せた。
「リンクが回復している! 間違いない、ここは元の世界だぞ!」
「無事に戻ってこられたのね……」
アルケナルは、肩の力が自然に抜ける感覚を覚えた。
が、すぐに疑問が湧いてくる。
「でも、突然どうして……? サイリオスを倒したから、自動的にこうなった……?」
感極まって涙を流していたマリアも、アルケナルの言葉にふと我に返る。
「いや……そんな? 幻のル・ロアンはレプリカ剣によって制御されていたんですから……誰かが奪還したんでしょうか?」
「ンな細けーこと、気にする必要あるかよ!」
一方、セレナは帰還できた喜びで興奮気味だった。
「こんな場所さっさとおさらばしようぜ! まかり間違ってまたあの場所に逆戻りとか、ゴメンだからな! なあレーデル、ルーティ!」
呼びかけてみたものの、返事は戻ってこなかった。
「……レーデル? ルーティ?」
周囲を、セレナは見渡した。
元のル・ロアンに戻ってきたのは、セレナたちのみではなかった。四年の間に幻のル・ロアンに飲まれ、留め置かれた人々が、ほぼ全員帰還を果たしていた。その反応は様々だが、おおむね幻から解放されたことを喜んでいる。
しかし、その中にレーデルの姿はなかった。
「おい待て、どういうこった! レーデルがいねーぞ!」
セレナの声に、他の面々が一斉に顔色を変える。
慌ててレーデルの姿を求めるが、誰も見つけることはできない。
「なんでだよ! なんでレーデルだけいないんだ!?」
シアボールドの問いかけに、答えられる者はいない。
「わからない……どういうことなの……?」
「こんなことって……一体何が……?」
アルケナルも、そしてマリアすらも、困惑する以外の術を持たなかった。
「な……何が起きた……!?」
レーデルもまた、異常事態に混乱していた――幻のル・ロアンにて。
霧が濃くなった時、セレナの助言に従い、リーリアに身を寄せ、ロシエルの足に手をかけていたつもりだった。
だが、その感触はほどなく消え失せ、と同時に霧が薄まり、風景は元の薄霧に戻った。
そして、レーデル以外の誰もかもがいなくなっていた。
「これは……どういうことなんだ……?」
ルーティも驚きを隠せず、あたりを見回す。
ル・ロアンに囚われていた者のみならず、幻が生み出した市民までいなくなっている。
死のような静寂が、あたりを包み込んでいた。
「セレナ! アルケナル! ジークルーネ!」
レーデルは仲間の名を呼んだ。
返ってくるのは沈黙のみだった。
「リーリア! シアボールド! ヨラン! 師匠! マリアさん!?」
それでもしつこく呼びかける。
「……む!?」
何か異音が聞こえたような気がして、レーデルは耳を澄ませた。
足音が耳に届いていた。
遠くから近づいてくる、二つの足音。
レーデルの前方と後方から、迫っていた。
その一方は――
「ゼド!」
ゼド・タガシュが霧の中から姿を現しつつあった。
知った顔に再会できたうれしさから、レーデルは思わず地を駆け――
――すぐに足を止めた。ゼドの異様な雰囲気に気づいて。
「……ゼド?」
ゼドはレーデルを冷たい目で見据え、殺気を放っていた。
レーデルはまたもや混乱する。このタイミングでゼドに殺意を向けられるなど、意味が分からなかった。
それでも本能的に、手は剣の柄に伸びる。
「大したもんだな……。あのサイリオスを倒すなんて。おまえのことをなめていたみたいだ」
むき出しの敵意を隠そうともせず、ゼドは剣を抜いた。
「でも困るんだわ……。俺は今後一生この幻のル・ロアンで生きていくつもりなのに。この場所を奪うってのは、俺に死ねって言ってるのと同じだぜ……どうしてくれるんだ?」
「どうしてくれる、って……」
ゼドに応じるより早く。
レーデルの耳は、背後から迫る足音を捉えた。
一気に距離を詰める、駆け足の音を。
「…………ッ!!」
振り向きざまに剣を抜き、背中に斬りつけてきた剣を受け止める。
刃と刃が噛み合う音の向こうに浮かび上がったのは――
「……サドワ!?」
「ぬああああっ!」
すぐさま、サドワは前蹴りを放った。
レーデルは不意をつかれ、腰の骨あたりに重い一撃をもらう。
体勢を崩されて、レーデルはその場でこらえず、思い切り飛んで逃げた。
サドワとゼドは、レーデルを挟み込む形を崩さないように移動する。
「サドワ……! なんでおまえがここにいるんだ!?」
「単純な話だ……! おまえを確実に仕留められるタイミングまで待ち続けていたんだよ!」
勝利を確信した者の笑みを浮かべながら、サドワは吐き捨てる。
さらにゼドも付け加えた。
「おまえらと別れた直後くらいに彼と会ってな。お互い協力できそうだ、ってことで手を組んだわけよ。俺はサドワの仕事を手伝い、その見返りにレプリカ剣をもらって、幻のル・ロアンの新たな主になる」
「なんだと……」
よく見れば、サドワは刀身が青く光る剣を握っていた。
(一週間前、サイリオスが持っていた剣か……!)
そして、理解した。サドワが、レーデルのみを幻のル・ロアンに留め置いたのだ、と。
ゼドと二人で、確実にレーデルを殺すために。




