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その10 出会いと別れ、そして出会い


「やあ諸君。アリ地獄にようこそ」


 疲れ切った笑みを浮かべながら、ゼドは挨拶を投げてきた。

 ベテラン冒険者としての風格を備えた男性だった。身を固める皮鎧、腰に下げた剣の鞘など、いかにも長期間使い込んでいるように見える。

 しかしそれ以上に印象深いのは、男のくたびれきった顔つきである。若いうちに燃え尽きて、今はその残り火だけで生きている、という印象を、レーデルは受けた。


「アリ地獄とは、言い得て妙ですね」


 と切り出して、レーデル以下自己紹介をする。


「そちらも、長いことここに囚われているんですか」

「まあな。二年になるか三年になるか……ここには季節もないから、よくわからなくなってきた」

「季節がない? なるほど……」

「君らはマリア・ハロッドに世話になってるのか。ってことは、勇者サイリオスを倒してここから脱出しようとしている……?」

「ええ。その予定ですけど」

「やめとけやめとけ。あいつには誰も勝てねえよ」


 ゼドは肩をすくめた。


「何を根拠にそんなことを言うんです」

「そりゃ、実際に戦ったことがあるからよ」


 レーデルの問いに、ゼドは腰の剣の柄に手をかける。


「あいつが次から次へと取り憑き先を変えてるのは知ってるよな」

「ええ、まあ」

「あいつは取り憑いた相手の剣技を自分のものにしやがる。もとから持っている剣技に新しい剣技を加えていって、どんどん強くなっていきやがるのよ。かく言う俺も、マリアと手を組んでサイリオスに挑んだクチなんだが……」

「負けたんですか」

「それはもう、ボロ負けよ。そして取り憑かれて、しばらくサイリオスとして過ごした」

「なんと。その間はどんな感じだったんです」

「意識はある。でもそれだけだ。サイリオスの意志が勝手に自分の身体を動かして、自分はそれをどこか遠くから眺めているだけ、って調子だな。その間は何の感情もわかない。サイリオスが次の依代を見つけて、解放された時は、いきなり数ヶ月すっ飛んだような気分だった」


 渋い表情のままに、ゼドは語った。


「もう一度挑む気分は、もはやない……と」

「もう俺には勝ち目がないからな。最初の対決の時ならまだ分があったんだろうが、今のあいつは俺の剣技も完全に理解しているんだぞ。勝てるわけがねえのよ」


(それで、こういう態度なわけか)


 ゼドがまとっている悲哀感の理由を、レーデルは理解できたような気がした。剣の腕で食ってきたであろう男がそのプライドを砕かれるような目に遭えば、自棄的になるのも当然である。


「ここに囚われたら、二度と逃げ出すことはできないのさ。マリアは罪悪感からあがいているんだろうが、サイリオスをますます強くする結果に終わるだけだぜ」

「俺ではサイリオスには勝てないとおっしゃる?」


 す、とレーデルは目を細め、戦う時のような視線でゼドを刺した。

 ゼドは嘲笑を浮かべるのみだった。


「俺にそんな目を向けた奴を、何人も知ってるぞ。そいつら全員、サイリオスに負けたがね」

「…………」

「いいか。ここの生活も悪くはない。どういうわけだか、どこからともなく食べ物はわいて出てくるし、暑くも寒くもないから穏やかに過ごせる。さっきみたいに時々ゾンビが降ってくることに目をつぶりさえすれば、最高の場所だぞ。だから馬鹿な考えは捨てちまえって」

「……だってさ。どう答えるんだい、レーデル?」


 ルーティがショールの中から問いかけた。


「話だけ聞くと、ここに囚われて過ごすのも悪くないように思える」

「おいレーデル!」


 セレナが声を張り上げる。

 まあ待て、とレーデルはセレナを手で制した。


「でも、そうもいかない事情もある。ジーク……シグルーンを預かっている以上、帰らないという選択肢はない」


(さもないと、魔界で大騒乱が起きかねないしなあ……)


 心の中だけで、レーデルは付け加えた。


「第一、こんな場所で安穏と過ごすことをよしとするなら、冒険者なんてやっていない。俺はまだ冒険をやめるつもりはないよ」


 それから、レーデルはヨランを見やった。


「ヨランだって、こんなところに留まるつもりはないだろ」

「えっ」


 いきなり話を振られてヨランは言葉に詰まったが、すぐに気を取り直し、答えた。


「……も、もちろんよ。ここに囚われたままなんて冗談じゃないわ。私にはやるべきことがある」

「私だって、このままはやだよ!」


 さらにリーリアも言い、シアボールドは額に手を当て天を仰ぐ。


「ここに残ったら、俺たちのことは『遍歴の途中で死んだアホ』ってことにされるだろうしな。それは親に対して申し訳ない」


 三人の反応を受けて、「ハッ!」とゼドは吐き捨てた。


「そうかいそうかい。おまえらもそう言うのか」

「ごめんなさい……あなたに色々教えてもらったことは感謝しているけど……」


 申し訳なさそうに語るヨランに、ゼドは手の一振りで応じる。


「好きにしな。お互い大人なんだし、強制はしねえ。ただ、俺の忠告を聞くべきだった、って後悔する羽目になるだろうぜ……サイリオスに敗れた後でな。それじゃあな」


 くるりと背を向けると、とぼとぼとした歩調でそのまま歩み去ってしまった。


「……喧嘩別れになってしまったな」


 シアボールドは顔をしかめた。


「あの人にお世話にはなったけど、仕方ないよ。こうなるのは時間の問題だよ……」


 と言い返すリーリアも、浮かない顔だ。


(考え方はともかくとして、ゼドは面倒見のいい人間だったんだろうなあ)


 とレーデルは察する。


「俺たちがサイリオスを倒せば、あの人もわかってくれるんじゃないのかね」


 と語ってから、レーデルは改めて相談する。


「サイリオスが確実に現れるのは一週間後だ。俺が決闘に応じようと思うんだけど――」

「……私にやらせて!」


 ヨランが勢い込んでレーデルの両肩を掴んだ。


「私が戦って、サイリオスを倒すわ!」

「ヨランが? いやいや……」


 レーデルは否定しようとした。

 たしかに、ヨランの方がサイリオスに勝てる可能性は高いだろう、と思える。

 とはいえ、ここでヨランに運命を背負わせてしまうことに、すぐには頷けない。


「ヨランに責任を負わせるわけにはいかないよ。サイリオスは倒した相手に取り憑くって言うし……」

「リスクは承知の上よ」


 真剣な眼差しを、ヨランはレーデルに向けた。


「レーデル、この前、あなたは私を救ってくれた。私を殺すこともできたのに、見逃してくれた」

「タイミング良くアレクトが止めてくれただけだって」

「偶然でも事実は事実よ。その恩に、私は命を賭けてでも報いなければならないわ」

「難しく考えすぎだって。俺はヨランに恩を売ったつもりはないぞ」

「あなたが売ってなくても、私は買った。やるといったらやるわよ」

「うむむ……」


(これだから、俺は勇者としてヨランに全然かなわないんだ)


 改めてレーデルは痛感した。

 ひとたびヨランの勇者としての魂に火がついたら、もはや誰にも止められない。候補生時代からそうだったし、今も全く変わっていない。


(俺との殺し合いを強いられていた時とは、見違えるようだ。これこそヨランの本当の姿だ……)


 いかなる困難にあってもくじけることなく、常に希望の光を求め続ける。そして、周りの人間に勇気を振りまく。

 勇者候補生時代、初めてヨランの人柄に触れ、感化された時の感覚が、レーデルの心の内に蘇っていた。

 となれば、もはや抵抗はできなかった。


「……わかったよ。ヨラン、君に任せる」

「任されたわ!」


 ニッ、と微笑んで、ヨランはレーデルの両肩をバンバンと繰り返し叩いた。


「必ず私がサイリオスを倒してみせるわ。一週間、訓練に付き合ってもらうわよ!」

「もちろん。喜んで努める」


 すっきりとした笑顔を浮かべるヨランに、レーデルは心の底からの喜びを覚えた。ヨランの心を救うことができたのは、自分にしてはかなりの善行だ、と。




「やれやれ……あいつら、何も分かってねえ……」


 ふらふらと、ゼドは当てもなく幻のル・ロアンの街中、狭い路地を歩いている。

 と……ふと足を止め、誰かに語りかけた。


「……ところで君、なんでさっきから俺のことをつけているんだ?」


 くるり、と後ろを向き直る。

 ゼドが通り過ぎた時には無人だった場所に、一人の男が立っていた。


「この妙な街について、話を聞きたいと思ってね……気分を害したなら謝る」


 尾行を見抜かれながら、男は逃げることなく、ゆっくりした歩調で近づいてきた。

 お互い、大きく踏み込んで斬りつけても届かない距離で足を止める。

 殺気はない。が、いつでも剣を抜ける気構えは感じられた。


「ほーん? おまえもこのル・ロアンは初めてか? 名前は?」

「サドワ・クラヴェレットだ」


 坊主頭のサドワはそう名乗ると、歯をむき出しにして笑った。


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