その9 勇者たちの再会
リーリア・ファン・クラムはすぐに驚き顔を引っ込めて、迫り来るゾンビの腕を斬り飛ばした。
遍歴騎士として旅を続け、腕を磨いてきたのだろう。その剣筋はしっかりとしていて、端から見ていてもまったく危なげが無い。次から次とやってくるゾンビたちを、簡単にあしらっているように見えた。
「レーデル、見てないで手伝って!」
ゾンビと相対しながら、リーリアは叫ぶ。
「任せとけ!」
レーデルは柄を握る手に力を込め、リーリアに加勢した。
ゾンビたちは数こそ多いものの、大した脅威ではなかった。二人が剣を振るごとに、腐肉は細切れになっていく。
普通のゾンビと違って、力を失って動かなくなったゾンビ(とその破片)は、白い霧のようなものと化して消えていった。所詮はル・ロアンの幻が生み出した偽物に過ぎないからなのだろう。
アルケナルの付呪を受けたジークルーネ、セレナも加わり、ゾンビの群れは完全に撃滅された。
「……よお、リーリア! 久しぶりじゃねーか!」
ガントレットをはめたままの手を掲げて、セレナがリーリアとの再会を喜ぶ。
だが直後、はっと気づいて辺りを見回す。
「そういや、リーリアがいるってことはあの野郎も……」
「これはこれは! セレナさんじゃありませんか!」
シアボールドがセレナの背後に回り込んでいた。
声を聞いて「ひええ!」とセレナは悲鳴を上げ、大きく飛んで逃げた。
「いきなり人の背中を取るんじゃねーよ! びっくりさせんな!」
「これは失礼致しました。再会の興奮につい我を失ってしまったようです」
と丁寧に一礼してから、シアボールドはレーデルに目を向ける。
「レーデル。なんでおまえがこんなところにいるんだよ」
「それは俺の台詞だ」
どちらが先に身の上を説明すべきか、お見合い状態になって、短い沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは、
「……レーデル!?」
別の女性の声だった。
すぐさまレーデルは振り向き、思わず息を呑んだ。
「……ヨラン!」
ヨラン・ヤシンバラがそこにいた。
ヨランはレーデルの姿を見た途端逃げ腰になり、そのまま路地裏に身を投じた。
「あ、おい! ちょっと待てって!」
レーデルは全力で追いかけ、ヨランをがっちりと捕まえ、表通りに引きずり出した。
ヨランはすぐに観念し、抵抗をやめた。が、レーデルとは目を合わせようとしない。いかにも申し訳なさそうな態度でいる。
そんなヨランを、レーデルは力一杯抱きしめた。
「心配してたんだぞ、ヨラン! 勝手に逃げやがって!」
しかし、ヨランはレーデルの両腕から逃れようとする。
「わ……私には、レーデルに心配される資格もないわ……!」
「気にすんなって。たしかについこの間色々あったけど、それがなんだってんだ。俺は気にしてない」
「ね? レーデルもこう言ってるでしょ?」
リーリアがヨランに寄り添い、慰めるように背中に手を当てた。
「もう気に病む必要はないよ。もっと気軽に! ね!」
「……うん……」
応じるヨランの声に元気はない。レーデルを殺そうとしたことに、いまだ強烈な後悔の念を覚えている風である。
(完全に和解するにはもう少し時間がいる感じだな……)
となると、レーデルとしても善意を押しつけるのは気が引ける。
一旦身を引き、シアボールドに語りかけた。
「ヨランと合流できたのか」
「ああ。アレクトに言われたんでな。……アレクトはいないのか?」
「いない。……って、そう言えば」
よく考えてみれば、アレクトを喚ぶという手段をすっかり忘れていた。今すぐに喚ぶべきか? という思いに一瞬かられたが、
「すぐには喚ばない方がいいと思うよ」
ルーティが警告した。
「ここに喚んだとしても、アレクトが元に戻れなくなる可能性がある。それはまずいんじゃない?」
「たしかに……そもそも喚べるかね?」
「喚べなくても不思議ではないな」
ジークルーネが左腕のアームウォーマーを誇示してみせた。
「ティシフォネともかような状態なのだ。予としては、賭ける気も起きぬな」
シアボールド、リーリアの目がジークルーネに注がれる。
リーリアは険しい顔をしてレーデルに迫った。
「このかわいい子、誰?」
「そういや初対面か。こちらは……」
「シグルーン・ミラク。一時的にレーデルに同行している」
ジークルーネは偽名で自己紹介した後、「これで良いな?」と言わんばかりの目配せをレーデルに送る。
レーデルは頷き返した。たとえシアボールド、リーリア相手でも、ジークルーネの正体については黙っていた方がよいと判断して。
「ちょっと俺たちで預かってるんだ。剣の腕は大したものだが、冒険者としては駆け出しなんで」
「ふーん……」
リーリアはレーデルに渋い顔を見せたものの、ジークルーネに対しては笑顔を向けた。
「私はリーリア・ファン・クラム。レーデルとは一緒に育った仲よ。よろしくね」
「おう……よろしく頼む」
ヨラン、シアボールドとも挨拶を交わした後、レーデルが話を元に戻す。
「とにかく、アレクトに言われたとおり、ヨランと合流できたんだな」
「ああ。事情はあらかた聞いた。それで、まずは同行することにしたんだよ」
シアボールドの言葉に、リーリアも怒りを秘めて頷く。
「ヨランの話、本当だったら酷すぎる。黙ってられないよ」
「教会の連中は信用できない、ってリーリアもだんだん分かってきてくれたようで、なによりだ」
レーデルが言うと、リーリアは少しばつの悪い顔を見せた。
以前のリーリアは、教会の正義を信じて疑わず、ハナから教会を信じていないレーデルには不審の眼差しを向けることがあった。だがどうやら、遍歴の旅を続けるうちにその態度は傾き、ヨランの件で決定的になったようである。
「確認のために帝都に戻ろうか、って思ったんだけど、まだ戻ってないの」
ヨランが話を引き受けた。
「私が父の死を知ったことが教会に伝わっていたら、教会が何をしてくるか読めないから……。少し考える時間が欲しいと思って、冒険者稼業を始めたの。シアボールドたちについていく格好でね。それで、コグナックでル・ロアンの話を聞いて……」
「行方不明者捜しにやってきてみたら、霧に巻き込まれた……ってわけか」
レーデルが先回りして言うと、ヨランは頷いた。
シアボールドがレーデルを指さす。
「ここに来たのは俺たちの方が早いみたいだな。このル・ロアン、何がどうなってるか分かってるか?」
「おおむね把握している。四年前に勇者サイリオスを解き放ってしまったって人からだいたいの事情は聞いた」
とレーデルが答えると、シアボールドたちは顔を見合わせた。
「ん? なんかまずいこと言った?」
「まずいことなんて何もないよ。ただ……マリア・ハロッドって人でしょ?」
リーリアがやや不安げに言う。
「ご存じ?」
「うん。私達は別の人から、このル・ロアンについて教えてもらったんだけど、その人とマリアって人と、仲が悪いみたいで」
「あ、そういうこと。だったら俺たちは、その人には挨拶しない方がいいのかね」
「……だったら、一足遅かったな」
あらぬ方向から、男性の声。
振り返ってみると、三十台くらいの男性が数メートル向こうからレーデルを見つめていた。
間が悪い、とでも言いたげに肩をすくめてから、シアボールドがかの人物を紹介した。
「あちら、ゼド・タガシュ。俺たちに幻のル・ロアンについてあれやこれや教えてくれた人だ」




