その8 屍肉降って地固まる
「そういうことね」
レーデルは頷いた。
マリアの主張には、大いに感じ入るところがあった。
「これが演技だとしたら、マリアはここから脱出し次第、すぐに劇場に行くべきだろうね。きっとオーディション荒らしになれる」
ルーティは皮肉めいた調子で感想を述べる。
「もう少し素直な言い方をしろよ。……いずれにせよ、俺はマリアさんと協力すべきだと思う。構わないよな?」
レーデルはセレナたちに同意を求める。
セレナは大きく頷いた。
「もちろんだ。さっき助けてもらった恩義もあるこったしな」
「予も文句はない。とはいえ、あの怨霊をどうやって倒せばいい? レーデルの剣が怨霊の本体にまったく効いていないように見えたが?」
ジークルーネの疑問に、マリアは軽く手を上げて応じる。
「あれの対策は簡単です。対アンデッド用の付呪を武器に施してやれば、怨霊にダメージを与えることができますよ。アルケナル、できますよね?」
「そんなのは初歩の初歩……」
と自信ありげに語るアルケナルに、レーデルはナイトフロストを差し出そうとした。
「ん? じゃあ今すぐ頼める?」
「してあげてもいいけど……永続的には持たないわよ……。効力は一時間かそこらで消えるから、今かけても無駄……」
「あ、そうなの。じゃあ、戦う時に魔法をかけてもらうくらいでいいのか」
「ええ……魔法をかけること自体は、すぐに済む……」
「だったら、その時によろしく頼む。……そう言えば、あれってどうなってるの?」
レーデルはマリアに向き直った。
「サイリオスの怨霊が、誰か女の人に取り憑いているように見えたけど……?」
「ええ。あれは、以前にサイリオスに挑んで、敗れた人です」
マリアは、遠くにサイリオスを見透かすような視線を投げた。
「サイリオスは、外から来た人間に片っ端から決闘を挑んで、打ち倒しています。倒した相手が気に入ったら、新たな依代にして取り憑くんですよ。もう何十人もとっかえひっかえしていますね」
「すると、気に入らなかった相手や、取り憑き先を変えた後の、元の依代は……?」
「特にどうもしないですね。幻のル・ロアンの市民として放り出します。再挑戦も受けますよ。今まで勝った人はいませんけど」
「戦士ベテルや魔法使いロッシも、依代に取り憑いていたみたいだけど?」
「私の見る限り、あの二人の怨霊はサイリオスほどの強い自我を持っていないみたいです。サイリオスが、いざというときの依代の予備をキープする手段として、あの二人の怨霊を利用しているように思えますね」
「なるほどなるほど。それじゃ、今はあの三人がサイリオスのお気に入りボディってことか。仮に依代の肉体を倒したとしても、サイリオスの怨霊は予備に逃げる可能性があるわけだ」
「そうなりますね……そんなケースは見たことないですけど」
「怨霊をしっかりと倒さなければならないんだな」
レーデルの疑問が尽きたタイミングで、ルーティが追加の質問を口にした。
「ボクからも一つだけ。どうしてサイリオスの怨霊は、そこまで決闘をやりたがるんだい?」
「それは……」
少し逡巡してから、マリアは答えた。
「私の想像になりますけど、構わないでしょうか。当人から答えを聞いたわけじゃないので」
「それでもどうぞ」
「なら……推察するに、サイリオスは戦って死にたいのだと思います」
「へえ? それはどういう意味?」
「言動から察するに、サイリオスの怨霊は、自分がル・ロアン市民の裏切りにあって処刑されたことまで覚えているみたいなんです」
「そりゃそうだろうね。そこを忘れていたら怨霊になりようがない」
「そこなんですよ、大切なのは」
と、マリアは強調した。
「サイリオスが怨霊と化した最大の理由は、ル・ロアン市民への恨みではないと思います」
「……それ以外に何かある?」
「勇者でありながら、最後は戦うことも許されず、惨めな死を遂げたという事実が、サイリオスを怨霊に変えたんじゃないか……私はそう感じますね」
「……あー。わからなくもないね」
その意見はもっともだ、とレーデルは感じた。
演説をしていたサイリオスの姿が脳裏に蘇る。
来たるべき大魔王軍の攻撃に備え、勇者サイリオスはル・ロアン市民を鼓舞する演説を行っていた。市民とともに力を合わせ、苦難を乗り切ろうという気概が感じられた。
ル・ロアン市民に恨みを抱いているならば、あんなことはするまい。
「だから、誰かに倒してもらって、納得できる死を迎えるまで、ひたすら決闘を仕掛け続けている、ってことなのかね。気持ちは分からないでもないけど、迷惑だね、これは」
「迷惑の一言では済まんぞ。奴を倒さん限り元の世界に戻れないなんて……非常によろしくない」
ジークルーネの顔はすっかり青ざめていた。
(確かに……大魔王が行方不明になったことがばれたら、魔界はえらいことになるぞ……)
レーデルもそこに気づいてぞっとしたが、マリアの手前、口には出せなかった。
代わりに別の問いを投げる。
「勇者サイリオスに再戦を挑むには、どうしたらいいんですかね」
「一週間待ってください」
それがマリアの答えだった。
「サイリオスは必ず週に一度、あの場所で演説を行います。そのタイミングなら確実に仕掛けられます」
「もう少し早く仕掛けられないんですか」
「たまに、一週間も待たず演説に出てくることもありますよ。運良く出てくるのを待つしかありませんね」
「普段はどこにいるんです?」
「街の中心にある要塞にこもっているみたいですけど……奇襲は止めた方がいいと思います。どうも、要塞内部の構造が流動的に変化しているみたいなんですよ」
「流動的……?」
「サイリオスがレプリカ剣の力で好き放題に構造を変えてしまうようです。実際のサイリオスは寝ている間に捕まったらしいので、それを恐れているのではないかな、と。なので、要塞の中に飛び込むのは不利だと思います」
「……うむむ。待つしか無いのか……」
レーデルはうなった。
「少なくとも、師匠との決闘は約束通りとはいかなくなったな。師匠まで幻のル・ロアンに迷い込んでなけりゃの話だが……」
と呟いてから、その可能性に気がついて、レーデルははっと息を呑んだ。
「いや、大いにあり得るのか? あの人も、約束を守ってル・ロアンに来るわけだから……」
ジークルーネ、セレナ、アルケナルも顔を見合わせる。
「ん? どうなさいましたか?」
一人戸惑うマリアに、レーデルたちは事情を説明した。
話を聞かされて、マリアも渋面を作るしかなかった。
「……それなら、その方も間違いなくこの街に来ると思います。呼び込まない理由はないと思いますね」
「うーん……これは面倒だぞ……?」
「おう、レーデル。そなたの師匠を説得することはできぬか?」
と、ジークルーネが提案する。
「このような異常事態に巻き込まれたのだ、決闘を先送りにするのも致し方なかろう。というか、ここから脱出するために力を合わせるべきだ。この問題を解決できねば、誰も元の世界には戻れぬのだぞ」
「あたしも賛成。こっちで殺し合いしてる場合かよ」
セレナもそう言い、アルケナルも大きく頷く。
「……そうだな……」
ためらいを振り払い、レーデルは決意を固めた。
「サイリオスに会えるのが一週間先だってなら、どうせ暇だしな。師匠を探しにこのル・ロアンを駆け回ってみるか。師匠も話せば分かってくれるだろ……多分」
久しぶりの再会を果たした時のロシエルの顔が、レーデルの脳裏に浮かぶ。
ロシエルがレーデルを殺しに来た、という現実を、まだ受け入れかねていた。
(師匠は俺を殺す理由を語った。でもそれだけか……?)
まだ他にも何か理由があるのではないか。あの時のロシエルの悲壮な覚悟を決めたような顔を思い出すたび、そう疑いたくなるのである。
とはいえ、今はそんなことに思いを馳せている場合ではない。
思索を切り替え、マリアに問いかける。
「この建物に寝泊まりして構わないかな? ダメだったら、まず根拠地を探すことから始めるけど……」
「ここは大丈夫、使えます。私もここのすぐそばに住んでいますから……後で教えますよ。ただ、出歩くなら注意して下さいね」
「もちろん。何か特別な注意事項とかある?」
「あります。この幻のル・ロアンは、レプリカ剣の持ち主となったサイリオスの怨霊の記憶によって構成されているようです。なので……」
「なので?」
「時々空からゾンビが降ってくるんですよ」
「ゾンビが降ってきたぞぉぉ――っ」
誰かの声が、ル・ロアンの路地に響いた。
だが、すぐには何の変化も起きなかった。少なくとも、レーデルたちの視界の範囲内では。
「今日のル・ロアンの天気は、曇り時々ゾンビ……」
「冗談言ってる場合じゃないでしょ……武器を出して……!」
レーデルをたしなめつつ、アルケナルが対アンデッド用の付呪をまずナイトフロストに施す。
「見よ! あれだ!」
ジークルーネが頭上を指さした。
相変わらずル・ロアンの空は薄霧に覆われていたが、その向こうを巨大な影が横切っていった。
翼を大きく広げたドラゴンの影三つ。既にゾンビ爆撃を済ませた後なのだろう、影は徐々に小さくなり、消えていく。
そして地上では、逃げ惑うル・ロアン市民達がレーデルたちの方目がけて押し寄せてきた。
「付呪が終わった方から、向こうへどうぞ……!」
ナイトフロストを返すとともに、アルケナルはレーデルの背を力強く押す。
「幻の市民なんだし助けても意味ないけど、俺たちの身は守らなくちゃな……!」
そのままレーデルは道を駆けた。逃げる市民達とすれ違い、徐々に右に曲がっていく街路を行く。
急に視界が開け、ゾンビたちの姿が飛び込んできた。
その数は咄嗟に数えられないほど大量。空から落とされただけあって、一部のゾンビたちは身体のパーツがばらばらになっていた。現状五体満足なゾンビたちは、後から投下され、先に落ちてばらばらになったゾンビたちをクッションとして着地したのだろう。
生者の肉を求め、のたりのたりと、しかし確実に、レーデルに迫り来る。
「どれ、さっさと始末するか……!」
レーデルが剣を構えた、その直後。
「……ほりゃああ――っ!」
街路の横手、建物と建物の隙間から人影が飛び出して、ゾンビに襲いかかった。
手慣れた様子で剣を振り回し、一振りごとにゾンビを両断していく。
五匹ほど斬ったところで大きく飛び退き、あたりを見回して、初めてレーデルの存在に気づいた。
「ちょっと、そこの人! ぼーっとしてないで手を貸して……って」
途端、女性の顔が驚きに包まれた。
「……誰かと思ったら、レーデル!?」
レーデルも息が詰まるほど驚いた。そこにいたのは、よく知っている顔だったからである。
「リーリアじゃないか! なんでここにいるんだよ!?」




