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短編ものまとめ

夢見る病

作者: りこりす

 窓の外の景色もすっかり冬景色になった。枯れ葉は掃除されて、木々は防寒具もなく裸になっている。話によると寒波が来ていて極度に冷え込んでいるらしかった。

 井の中の蛙は井の中にいたくて井の中にいるわけじゃない。大海に出ると死んでしまうから井の中にいる。蛙は海水に耐えられない。

「みんな楽しそう……私も行ってみたいな……」

 タイムラインに流れてくるお祭りを楽しむ声。その一つ一つから喜怒哀楽が伝わってくる。私はお祭りの雰囲気を文字や映像でしか知らない。肌で体感したことがなかった。友達と待ち合わせをして、楽しいお話をして、他愛のないことで騒いで、後ろ髪引かれながら帰る道を、私は知らない。

「お家に帰るまでがお祭りだよ……っと」

 流れてきたはしゃぐ声に、よく使われる言葉を返信する。帰るまでがお祭りだなんて、お祭りから帰ったことのない指で、送信する。タイムラインが更新される。色とりどりの言葉が流れていった。

 私にとっては病室と家が世界のほとんどすべてだった。学校の教室で受ける授業を知らない。500円までのおやつで行く遠足を知らない。枕投げをする修学旅行を知らない。夏休みの焦燥感を知らない。受験の怖さを知らない。卒業式の感動を知らない。アニメや漫画ぐらいは知っている。

「私もみんなの隣に立ってみたいな」

 私の隣に立ったことのある人はごくわずかで。お母さん。お父さん。お医者さん。看護師さん。学校の先生。今はもういない他の病室の子供たち。ネット上で話している人達は隣に立っていると言えるのだろうか。友達だと言ってもいいのだろうか。それしか知らない私には、現実世界の友達という比較対象があまりに少なすぎて、距離感がよく分からない。距離感。近くて遠い画面の向こう側の人たちは、この世界のどこかで、私と同じように今日を生きている。でも、その生活は私とは全く違っていて、話を聞いても映画の感想を聞いているみたいで……御伽噺のようだった。

「なんだかんだ言って、知るのは怖い。触れ合うのが怖い。疑似的であれ対面するのはやっぱり怖い」

 今日、知らない尽くしだった私の世界が拡張される。期待と不安が頭の中で転げ回っていた。現実世界では自由に動き回れない私だけど、井の中の蛙な私だけど、そんな私でも夢を見ることが出来る。今年のクリスマスプレゼント、サンタさんはVR機器をくれた。機器さえ揃っていれば、外出することなく歩き回れて、誰かと交流ができる。神様は信じていないけれど、サンタさんはちょっと信じている。サンタさんが誰かの好意で出来た人形だとしても、その好意を信じている。性善説を信じているわけじゃないけれど、悪意のない好意はあると信じていたかった。あの子たちの好意に悪意はなかっただろうから。

「お話したらみんなも見たがっただろうなぁ」

 外の世界も仮想世界も知らずに物語を終えたあの子たちは、最後の時、何を思ったのだろう。あとがきに何を記したのだろう。私だけ本のページ数を増やしてもいいのかな。まえがきで謝っておいた方がいい?

 そういえば、あの子たちは本を読んであげたら喜んでくれた。井の中の蛙が夢を見た話をしたら喜んでくれるかな。喜んでくれたらいいなぁ。

「そっちに行ったらいっぱいお話するよ」

 だから、もう少しだけこっちにいさせて欲しい。いや、欲を言えばあと60年くらいはこっちにいたい。ようやく夢を見ることができるようになったのだから。ベッドの上にいながら歩き回れる世界になったのだから。ちょっとお話は長くなってしまうと思うけれど。

 機器を装着した。ベッドの上で機器を装着している姿はディストピアっぽいかもしれない。でも、この世界はディストピアじゃない。ユートピアでもない。それでも。

 物語はまだ終わらない。物語はまだ終われない。

 あとがきはまだ考えていない――

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