40話
朝まで時間を潰して、ネストが起きてきたら1階に行って朝食を食べる。
ネストは人間のころの名残なのか、それともモンスターの中でも異質なキメラという種族柄か、空腹を感じるみたいだから、僕の分の朝食も、少し食べてからネストにあげる。
流石に何も食べない、と言うのは怪しいからね。
朝食を食べ終わったら、馬車の詰所に向かう。
向かう途中、後ろから付いてきていたネストから話しかけられる。
「貴方も、前は、何かあったんです...か?」
ネストに聞かれて、僕自身が受けていた仕打ちも思い出す。
「僕は前までは、金をとられたり、物を壊されたり、いろいろあったけど、1番ひどかったのは、暴力...かな」
やっぱり、思い出すだけで気分が悪くなるな。
「そう、だったんですね...」
「本当に...ね。そういえば、ネストは何であんな事になっていたんだ?」
僕の問いかけに、ネストは顔色を悪くしながらも、答えようとしてくれる。
「それは...私は...その...」
しかしその声は、どんどんと尻窄みになっていき、顔には恐怖や不安、嫌悪感、といった感情をを浮かばせている。
まるで、今にも倒れてしまいそうだ。
そんな姿を見せられては、流石に追及する事はできない。
すっかり怯えてしまったネストをなんとか宥めて、なんとか再び歩き出す。
奴隷として調教されていた時を思い出したのだろうか?それともオークの住処にとらわれていた時の事だろうか?
もしくは、奴隷に落とされているくらいだ。それ以前にも、スラム街なんかの酷い環境で暮らしていたのかもしれない。
直ぐに思いつくだけでも、これだけの事が出てくる。
そのどれであったとしても、普通なら深いトラウマになっていてもおかしくない。
軽率な質問だったな...
僕も不当な扱いを受ける辛さは分かっていたはずなのに、どうして考えが及ばなかったんだろうか?
これでも僕は今まで自分の事を不幸だと思っていたけど、幸運ではないにしても、ネストに比べれば、まだマシな部類だったのかもしれない。
ネストは怯えて黙ってしまったし、僕もそんな状態のネストに懸けるかける言葉がない。
そんなわけで、会話がなくなってしまったまま歩いていると、馬車の詰所に着いた。
詰所は木で出来た簡素な建物で、入口の横には馬車のマークがついている。建物の横を見れば、少し開けた場所になっていて、そこに馬車が3台泊まっている。
中に入ってみると、中も外見通り、受付のカウンターと小さな待合だけの、簡素な造りだ。
まあ、この建物には馬車の受付以上の意味はないし、こんなものだろう。
他に人も居ない様だし、待つ事もなく受付に向かい、鞄から馬車のチケットを2枚取り出す。
このこのチケットは冒険者ギルドで依頼を受けたときにもらったもので、これ1枚で行と帰り両方使える。
まあ、依頼に失敗した場合、違約金とは別にこのチケットも弁償しなきゃいけないんだけどね。
そのせいで他の依頼よりも失敗時のリスクが大きく、この手の遠征が必要な依頼は、人気が出にくいのだ。
チケットを出して案内された馬車は、お世辞にも良いとは言えない相乗り馬車だ。
中を見れば、大荷物を抱えた商人風の者や武器を持った冒険者風の者など5人、僕達を含めて7人も乗っているので、結構窮屈だ。
まあ、無料で乗っているのだから、この際文句は言わないけども。
僕達が乗り込んだ後、少ししてから馬車は動き出した。
町の外までは道をゆっくりと進んでいき、門をくぐって外に出た後は、徐々にスピードを上げていく。
整備されていない道を走っているせいか、それとも馬車にサスペンションが付いていないのか、馬車のスピードが上がってくると、振動が強くなってくる。
「僕は問題ないけど、ネストは酔ったりとかは大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ。今更こんな事で、体調を崩したりしませんよ...」
少し気になる言い方だけど、まあ、大丈夫に越したことはない。
さっきの様な事もあるし、ネストが自分から話してくれるようになるまで待つとしよう。
その後は、特に会話もなく馬車は進んでいった。




