28話
少しの 時間が経過して、少女は泣き止むとゆっくりと僕の体から離れて、恥ずかしそうに俯く。
もしここでハンカチなんかをサッと取り出して、涙を拭ったりできればいいんだろうけど、僕はハンカチなんて持ち合わせていないので、服の袖で涙を拭う。
とりあえず、ひとまず落ち着いたみたいなので、洞窟から出るとするか。
この洞窟はオークが住んでいた訳だが、オークの頭には衛生管理なんて言葉はない。
なので、この洞窟はお世辞にも綺麗とは言えない。
その中でも僕が今いる場所は、そういう事が行われていた場所だ。酷い悪臭が漂っている。
こんな場所に長居はしたくないし、少女に訊くと、歩けるそうなので、少女を連れて洞窟の外に出る。
それに、話をするにしても、あんな場所に残るのは、トラウマなどもあるだろうし、少女の精神衛生的にもよろしくないだろう。
「君はもう自由だ。何処か頼れるところはあるか?僕がそこまで送ろう」
「ありません...」
少女が申し訳なさそうに答える。言葉の拙さが軽減されているのは、泣いている間に発声に慣れたからだろう。
まあ、そうか。そもそも頼れる場所や帰れる場所があるなら、奴隷になるような事はそうそうない。
それでも質問したのは、少女が前世の僕と重なって見えたから、居場所があって欲しいと思ったからだ。
そして人間をやめたとはいえ、見た目が人間と同じならば、人間として生きていく事は可能はずだ。
実際に僕は魔人だとはバレずに、街に入り、まだ一日だが、生活する事ができた。
しかし、人間をやめて能力が上がっているとはいえ、年端もいかない少女が一人で生きていくのは、絶対にとは言わないが、限りなく不可能に近い。
むしろ何かの拍子で人間でないのがバレ、討伐される可能性だってある。
僕としては助けてあげたいけど...そんな事を考えていると、少女が口を開く。
「ま、まって、す、捨てないで、ください。きっと、い、いえ、ぜ、絶対に役に立って、み、みせますので、お、お願い、私を捨てないでっ!」
僕の沈黙しているのを見て、少女は自分の扱いに困っていると思ったのだろう。
泣きそうな顔で、必死に訴えかけてくる。
「大丈夫だよ。僕はグラ、君は何て名前なんだい?」
「なまえ、ない、です」
「そうか...名前がないのは不便だね。君が嫌じゃなければ、僕が付けてもいいか?」
「はいっ!」と僕の問いかけに対して、嬉しそうに答える。
何故そこまで喜んでいるのかわからなかったが、
まあ、今まで親にも名前を付けてもらっていなかったのだ、おかしくない...のか?
まあ今はそんな事を考えても仕方がない。
しかし名前か...そうだな、nestなんてどうだろうか?
たしか虫の巣や虫の群といった意味がある英語だったはずだ。
僕が見つけた時の状態を考えれば、これ以上相応しい名前は無いんじゃないだろうか?
安直かもしれないけど、どうせ分かるのは僕と同じ転生者か、ラノベとかでよくある転移者くらいだ。
しかも、それももし居るならの話だ。
まあ、僕がこっちに転生して来たんだし、僕以外にも転生者や転移者も居ると考えるのべきだろう。
「よし、それじゃあ君の名前はネストだ」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
よしよし、気に入ってもらえたみたいだ。
「それで、君のできる事を教えてくれるかな?」
そう、スキルだ。
キメラは人間が任意で作り出せる物だが、キメラは何を素材にしようとモンスターであり、モンスターであれはどんなに弱くとも、人間には再現不可能なスキルを持っている。
そしてキメラの持つスキルは、素材にした物の特徴を引き継いだ物になる。
例えば鳥の羽を付ければ空を飛ぶし、毒蛇の毒腺と牙を付ければ噛み付いた相手に毒を流し込む、といった感じだ。
更に、特殊な組み合わせでは、新しいスキルが生まれる事もある。
そして今回の素材は、
“体が虫の巣になっていた少女”と“変幻自在な体”だ。
どんなスキルが発現するんだろうね?
そんな事を考えていたけど、ネストのスキルは予想外の物だった。
ネストが右手を前に突き出すと、右腕が黒く変色する。
いや、それは腕なんかじゃない。無数の蠅の集合体だ。
よく見れば見つけたときに体に住み着いていた物と同じ者なので、肉食蠅なのだろう。
蠅は一度散開すると度散開し、少しするともう一度腕の形に集まる。
そして次の瞬間には、まるで蠅なんていなかったように、元の白くほっそりとした腕に戻っていた。
どうやら体を蝿に変える...いや、ネストの姿は人間に近すぎる。
ネストは元々結構な魔力を持っていたから、最初から魔人としてキメラが完成したのだろう。
それを考えれば、体の一部、あるいは全体が、蠅の塊なのが、本来の姿だろう。
きっと、体の中にまだ蠅が残っていて、そいつと僕の特性が合わさって、あんな奇怪なモンスターが生まれたのだろうね。
「ど、どうでしょうか?お役に立てそうでしょうか?」
「いやいや、凄い能力だよ。面白いし、それ以上に実用的だ」
僕の返答を聞いて、ネストは喜んでいるとも、安心しているとも取れる表情を浮かべる。
そんなに心配だったんだろうか?
ネストは心配そうに聞いてきたが、正直言ってみてくれが悪い点を除けば、かなり優秀な能力だ。
範囲攻撃ができない相手なら、数の暴力の前になすすべなく肉食蝿に蹂躙されるだろう。
範囲攻撃にしても、使い手やその仲間まで接近させてしまえば使えないだろう。
弱点といえば、火や水、冷気や煙だろう。
個々が弱いから火や水に突っ込めば簡単に死ぬし、結局は虫なのだから冷気や煙にも弱い。
ただ、それもネストが蝿を上手く操れば、ある程度緩和できるだろう。
僕と一緒に来ると、冒険者という職業だから、どうしても危険がつきまとう。
ただ、これなら最低限の自衛もできるだろうし、僕と一緒に来ても問題ないだろう。
それじゃあ、街に帰るとしますか。
ネスト用の服とかも買う必要があるしね。




