1話
カッ、カハッ...ゲホッゲホ...
僕は腹を殴られ、血を吐き、地面に倒れ込んでいた。そんな僕を囲む人影が6個、勿論僕を心配して近寄ってきたわけではない。僕が血を吐いている原因、それがこいつ等だ。
でも、そんなことはもうどうでもいい。いや、どうでもよくは無いが、それどころじゃない。血を吐きすぎたせいか、それとも殴られすぎたせいか、視界がぼやけ、体に力が入らない。
僕が動かなくなったのを見て周りの人影が慌てだし、急いで離れていく。
人影が離れていったのはいいけど、体は動きそうもない。もう駄目かもしれないな。助かるといいなぁ...いや、助かってもどうせまたサンドバッグにされるだけか...
今までの出来事が思い出される。
僕こと如月蒼は、青春を謳歌した幸せな学園生活を送って...はいなかった。
べつに頭が悪いわけではないし、運動ができないわけでもない、容姿だって別段整っているわけではないが、悪いわけでもない。
要するにどこにでも居る様な、星の数ほどいる学生の内の1人ということだ。
あえて他人と違う点を挙げるとすれば、親だろうか。両親は数年前に離婚して、僕は母にもらわれ、その母も2年前に他界した。しかし遺産はしっかり残してくれたし、自分でもバイトをしたりして、生活も不自由無く、とまではいかないまでも、最低限、普通の生活を送ってきた...だた1点を除いて。
その1点とは、いじめだ。
毎日の様に苛烈ないじめを受け、怪我を負うことも多かったが、クラスのほとんどの人間はそのことを見て見ぬふりをしていた。居ても居なくても変わらない奴を庇う理由なんてないし、庇って標的が自分になったら目も当てられない。理由は大方こんな所だろう。
それでも注意をしようとす者もいないわけではない。天馬光軌はいじめを見つけ、注意をした。そう、注意しかしなかった。
勉強も運動も学年トップ、顔もかなり整っているコイツは、今まで苦労したことが無いのだろう。致命的なまでに頭がおめでたく、話せばわかると言い放ちやがった。その程度で解決するなら、僕はいじめられてなんかいなかっただろう。
そして教師に助けを求めても相手にされなかった。親もいない僕を助けるために厄介ごとを起こすより、僕を犠牲にしていじめを無かったことにする事を選んだらしい。
更に、本来守ってくれるはずの親といえば、すでにいない。
毎日の様に暴行を加えられ、本来守ってくれるはずの者はおらず、果てにはクズ共にタコ殴りにされて、誰にも悲しまれることなく息を引き取ろうとしている...改めて思い出すと、本当にどうしようもない人生だったな...
そして、意識は覚醒する。
あれ...生きてる?助かった...のか?
周りを確認しようとして目を開けようとするが、開かない。もしかして、失明したのか!?と、とにかく、手探りでも周りの状況を把握しないと。
そう思い体を動かそうとしても、ピクリとも動かない。いや、動かないという表現は適切ではない。全身の感覚が無いのだ。
ま、まじかよ...まさか、植物人間状態!?もしかして、ずっとこのままなのか!?
不安が次々にこみ上げてくる、頭がおかしくなりそうだ。当然だ、何も見えない、体の感覚さえない状態で落ち着いていられるはずがない。これなら死んでしまった方がどれだけよかっただろうか、しかし自殺しようにも体が動かない。
この空間にも慣れてきたのか不安が収まってくると、次は俺をこんな目にした奴らに対する怒りが湧いてきた。
あんな奴らに殴られて植物人間状態とか冗談じゃない。勘弁してくれよ。早く治らないかな...治らないよなぁ...治ったらあいつら訴えてやる。いや、あいつら全員僕と同じ目に合わせてやろう。そしたらどれだけスカッとするだろうか。もっとも、治ったらの話だが。そう思うと急に空しくなってきた。
どれだけの間、こうしていただろうか。もしかしたら何時間もこうしているような気もするし、ほんの数分しかたっていない様な気もする。後どの位こうしていなければならないのだろうか?
ふとそんなことを思ったとき、遠くに光が見えた気がした。気のせいかもしれないし、ついに僕の頭がおかしくなっただけかもしれない、その光が何かは分からない。それでも僕はその光に向かって進んだ。
体の感覚はいまだ無い。しかし進もうと意識すれば光は近くなる。
僕は進む。その光の先に何かが有ることを信じて。暗闇以外の何かを求めて。この時点で正気ではなかったのかもしれない、それでも僕は進み続け、光の下へたどり着き、その光を触れる。
その瞬間、僕の意識は途切れる。体の方が死を迎えたのか、精神が擦り切れたのかは分からない。
こうして少年は、誰にも惜しまれることなく、一度目の死を迎えた。
しかしそれは、終わりではない。
それは始まりであった。今までどこにでもいる少年だった、これからは他にはない数奇な運命をたどる少年の物語の。