いちごソーダ
「うち今日さ、山上先輩から告白されたんだ」
いつもの帰り道。下校途中にある小さな駄菓子屋のベンチ。克明は隣に座っている由香里に顔を向けた。由香里はまるで何でもないことかのように、涼しい顔をして前を見ていた。防波堤の奥に広がる群青色の海からは磯の香りを含んだ風が吹き込み、遠くの方では眠たそうなうみねこの鳴き声が聞こえていた。
「山上って……サッカー部二年の?」
「それ以外に山上って名前のやつがおると?」
克明は何も言えないまま、手に持っていたいちごソーダの瓶を手持ち無沙汰にくるくる回す。透明なガラスの瓶に半分だけ残ったピンク色の炭酸ジュースは、昼下がりの明るい夏の日差しを浴びて一層鮮やかに映えていた。由香里は何も言わない。沈黙が気まずくて一口だけ飲んだいちごソーダは、暑さにやられて生ぬるくなっていた。
「どうするつもりなん?」
克明は由香里の顔を見ないようにしながら尋ねる。由香里はちらりと克明の方を見て、彼には聞こえないくらいの小さなため息をついた。
「告白、オーケーしちゃおっかなぁ~」
由香里はそう言うと、おもむろにベンチから立ち上がった。両手を上げて背筋を伸ばすと、身体のラインに沿って制服がピンと伸びる。
「優しかし、サッカー部のレギュラーやし、周りの女子の人気も高かし。美千穂とか香菜とか、みーんな格好よかって言っとるし。それに面と向かって好きだって言われっとは、やっぱ嬉しかもん」
由香里はそう言って克明の方を振り返る。太陽を背にして立っている由香里の顔は逆光でよく見えない。強い日差しと対象的な暗い陰りの奥で、彼女がどのような表情を浮かべているか、克明には判別できなかった。克明は返事をする代わりにもう一度手に持ったいちごソーダを一口飲む。甘ったるい液体が喉を通り、胃の中へ吸い込まれていく。
「いちごソーダ占いって知っとる?」
克明は長い沈黙の後でそう言った。
「なんね、いちごソーダ占いって」
「瓶の王冠を投げるだけの簡単な占いなんよ」
克明はベンチの端に置いていたいちごソーダの瓶の蓋を手にとり、それを親指の上に乗せる。文句を言おうと口を開きかけた由香里を制止し、克明は説明を行った。
「由香里の未来はこうなります。表が出たら、明日、由香里は山上の告白を受け、その後学校でも評判の美男美女カップルになるでしょう」
「じゃ、裏が出たら?」
由香里は不満げにその予言を聞きながらも、形式的に尋ねる。
「裏が出たら……」
克明は顔を伏せ、親指の上に乗った王冠に視線をやる。生産元のロゴが書かれただけのシンプルな瓶の蓋が、克明の親指の上でかすかに揺れていた。
「裏が出たら、今日の帰り道、長い付き合いの幼馴染から『好きです。俺と付き合ってください』って告白されるでしょう」
克明は指先の瓶の蓋から、目の前に立つ由香里へと視線を移す。強い海風に吹かれて由香里の長い髪の毛が揺れていた。滅多に車の通らない目の前の国道を、一台の軽トラックが走り抜けていった。太陽は由香里の後ろで燦々と輝き、海面は真珠をばら撒いたように輝いていた。
「その占いはきちんと当たっとね?」
克明が顔をあげる。二人は見つめ合った後、同じタイミングで同じだけの微笑みを浮かべた。
「当たり前じゃ」
克明の親指が瓶の蓋をはじく。瓶蓋は回転しながらきれいに宙に舞い上がり、夏の日差しを反射してキラリと瞬いた。
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「暑か~」
玄関から由香里の声がし、リビングのドアが乱暴に開かれる。ソファでくつろいでいた克明が振り返り、「おかえり」と返す。冷蔵庫に冷たい飲み物があることを伝えると、由香里は手に持っていたバッグを床に放り出し、そのままキッチンへと直行する。
克明はソファから立ち上がり、ダイニングルームのテーブルへと移動する。由香里は冷えた二本のいちごソーダの瓶を持って戻ってくる。二人は向かい合って椅子に座り、栓抜きで順に蓋を開けていく。
「占いをしちゃろか? あの時みたいに」
由香里が茶化すように提案すると、小っ恥ずかしさから克明は苦笑いを浮かべる。机に並んだ二つの瓶蓋の一つを手に持ち、由香里がぎこちなげに親指の上にのせる。
「克明の未来はこうなります。表が出たら、今週末、近所に新しくできた古民家カフェへと仕方なく私を連れて行くでしょう」
由香里が顔を上げ、何かを催促するかのように目配せをしてくる。
「裏が出たら?」
克明は無言の圧力に根負けし、尋ねた。
「裏が出たら、今週末、近所に新しくできた古民家カフェに進んで私を連れて行くでしょう」
克明が呆れ顔を浮かべると、由香里は愉快そうに微笑んだ。
「胡散臭い。本当に当たっと?」
「うちの占いは、誰かさんの占いと違って、きちんと当たりますよーだ」
由香里の微笑みに克明は肩をすくめる。きっと裏が出ようと、表が出ようと、それに関係なく古民家カフェとやらに連れて行かれるのだろう。あの日のいちごソーダ占いと同じように。
由香里が瓶の蓋を親指で弾く。王冠はあの日のようにきれいに宙に舞い上がり、二人の住まいを照らすリビングの蛍光灯に照らされて瞬いた。