95.それは、とても綺麗でありたいと
「ハアッ!」
気合の篭った声をあげて飛び出したミズキは、すばやく腰の剣を抜いて一閃。
切り伏せられたのは、極彩色気味な毛色のモンスターだ。よくよく見ると形状はウルフっぽいけど、あまりにも毒々しい色は一目で尋常じゃないとわかる。
あのクリーンスライムは基本汚れなどを餌としているが、この沼の汚れが丁度それに相当するものなのか。だが、他のモンスターにとってはそうじゃないのだろう。あのウルフも、この沼の水を飲んだ影響であんな感じになっていったと思われる。
茂みの奥から、更に数匹の変異体ウルフが出てきた。どれも極彩色だったり、深海魚のような警戒色だったりと、周囲の森林には似つかわしくない色合いだ。また皮膚や毛の所々が、ただれているように見えるのも妙に生々しい。
とはいえ特別に能力が向上しているわけではなさそうだ。残りもミズキは即片付けてしまった。後から来た分も合わせて計5体のモンスターを討伐したミズキは、そのまますぐスライムの所へ。
そのスライムはというと、逃げようとも襲ってこようともせず、ただ損傷した自身をもてあますようにプルプルと震えている。スライム的にはそんなつもりはないのだろうが、見た目の状況から怯えているようにも見えてしまう。
「お兄ちゃん、この子……」
どこか泣きそうな顔をしたミズキが、スライムを指差して呟く。ここ最近、ミズキはいろんなペット状態のモンスターを見てきた。それゆえ恐怖心が減っているというのもあるが、自分達に害を及ぼさない相手には敵意を向けないような傾向にある。
だからミズキが今どんな心境で、どうしたのかはわかる。そして、俺はやっぱり妹に甘い。
「いいぞ。ミズキのやりたいようにしな」
「……うんっ」
俺の言葉に驚き、そして笑顔で返事をすると、アイテムポーチから回復ポーションを取り出す。そしてその中身をうずくまるクリーンスライムにかける。ポーションがかかった瞬間、一瞬ビクッと体を揺らすもその後は小刻みにぷるぷると震えた。そしてそのまま様子をみていると、徐々に裂けていた部分が修復してきて気付けば魔石がすっかり体内へ戻っている。そして程なく、完全にふさがってもとの姿に戻った。
「……治った。治ったよお兄ちゃん!」
「ああ、治ったな」
モンスターへ回復ポーションを使うなんて行為は、アンデッド系へ使う事しかなかった。ポーションが回復薬だという概念の元成り立つアイテムであるなら、この世界で他のモンスターへ使ってもその効果を得られるということ。今思えばもっともだが、実際に見るまでは微塵にも思わなかった。
ただ、これは特異なケースだ。ミズキが手にしていたのは、俺が渡したポーション。つまり俺が持つ『回復アイテム』という概念で出来たアイテムだったからだ。もしこの世界のポーションならば、クリーンスライムの能力で効果を打ち消されておしまいだっただろう。
喜ぶミズキの足元にスライムがやってくる。だが、別に何か攻撃をしてくるとか、そんな様子は一切みられない。寧ろ浮かれているような、楽しげな雰囲気が伝わってくるほどだ。
「ん? どうかしたの?」
しゃがんでスライムをじーっとみるミズキ。当然スライムと目が合うという事はないが、どことなく互いを凝視しているように見える。というか、なんか犬とかが「あそぼ!」みたいに待機してる雰囲気に近いかもしれん。
「もしかしてテイム……というほどじゃないが、懐かれたんじゃないか?」
「え? この子に?」
無造作に撫でようと手を出すミズキ。その手はすっとスライムに触れ、ぽよんっと柔らかく跳ねた。その感触にミズキも一瞬驚くも、すぐ笑顔でむにょむにょと撫でたり押したりする。
「あはは! この子の手触りすごくいい~」
笑顔でぷにょぷにょと触れていると、今度は手がスライムの中にぽちゃっと埋まった。俺もミズキも「!?」と思ったが、それでどうにかなる様子もない。
「ミズキ、その、何ともないのか?」
「うん。それどころか気持ちいいっていうか……」
微妙に振動が与えられてるミズキの手だが、ここから見たかぎりでは何も変化はない。しばらくすると手にまとわりついていた部分がするっとはがれた。解放された手をミズキがじっくりと見つめる。
「……お兄ちゃん。なんか手がすっごい綺麗になってる。さっきまでの汚れとか全部落ちてる」
そう言って先程までスライムに包まれていた手を見せる。確かにさっき剣を握って戦ったというのに、まるでハンドソープで綺麗に洗浄したかのようにつるつるだ。
「どうやらこのスライム、ミズキの事が気に入ったんじゃないか?」
「え、そうなの? それじゃこの子もペットになったってこと?」
「そこまではわからん。でも、もしこのスライムがペットとしてのステータスがあるなら、お前のストレージにしまっておくことができると思う」
「ストレージに? その場合、普通に格納されてるの?」
「んー……もし当初の仕様が採用されてるなら、モンスターは丸状のアイテムになって格納されるはずだ。そのスライムなら『クリーンスライムの心』って名前になるかな」
「そっか。ええっと、どうすればいいのかな。スライムちゃん、ちょっとストレージに入ってみて?」
ストレージ機能のある指輪をした左手で、そっとスライムを撫でるミズキ。するとスライムはすっと消えてしまった。驚いてミズキがストレージの中身を確認する。そこには、
「……あった。『クリーンスライムの心』だ」
「どうやら本当にテイムしてペット状態になってるみたいだな。モンスターのペット機能は一応未実装だから、どういう仕様か知らないけど」
「そっか。よし、えーっと、スライムちゃん、出てきてー」
緊張感のない掛け声だが、既にペットとなっているので意思疎通できているのだろう。先程とは逆にミズキの前にスライムが出現する。
どうやらスライムもミズキも、お互いを気に入ったのかまた撫でたりして遊び始めた。ペットにもなったし、あのスライムはもう危険は皆無だろう。なので俺は周囲にあるウルフの死体を見る。
どうにも沼か何かの毒を含んでいるのか、普通の死骸より何割増しでイヤな感じだ。とりあえず散らばっていた5体をあつめて、そこに【解体魔法】をかける。
だが分解された素材や魔石も、不気味な色合いに染まっており、持ってるだけで病気にでもなるんじゃないかと不安になる。
「お兄ちゃん、何してるのー……って、さっきの……」
「ああ。とりあえず解体したけど、これはさすがに持って帰る気にはならんな」
そう愚痴ってあきらめようかと思った時、ミズキの足元にいたスライムがぴょんと飛び出て素材と魔石の上に覆いかぶさった。大きな投網でも広げるように、ばさっという感じで豪快に。
そして素材と魔石を体内に納めた時、一瞬スライムの体液に濁った飛沫のようなものが見えたがすぐに消える。そしてスライムがその場からどくと、そこにあった素材と魔石が変化していた。
素材はさっきのミズキの手のように、まるで洗ったかのように光を反射して輝いていた。そして魔石だが、先ほどの濁りとも元々の低級モンスターの白いだけの石ではなく、青い透き通った魔石に変化していた。魔石の質はモンスターの強さやレア具合に比例するので、そこいらのウルフの魔石とは絶対に違うと断言できる。
「なんか、この子すごいね!」
「あ、ああ……」
青い魔石を見ながら、もしかして……という考えが脳裏をよぎる。基本的にこの世界では、結構俺の思想方向性が反映されている事が多い。そして今、変化した魔石を見て俺はあることに期待してしまっている。そっと手を伸ばして魔石を掴む。掴んだ瞬間、一瞬スッと涼しげな感触を感じた。これにより期待度合を強くしてしまう。
「どうしたのお兄ちゃん」
「もしかして……」
魔石を手にして、沼の縁にしゃがみ込む。どう見ても汚れが強烈な沼だ。この水に触れるなんてことは正気の沙汰じゃない。そんな沼へつまんだ魔石を半分ほど水へ沈めてみた。
俺の行動を不思議がってみるミズキ。だが、徐々にその顔が驚きにかわる。もちろん、俺も驚いているが、同時に笑顔を浮かべているのもわかる。
「お兄ちゃん、この魔石……」
「ああ、そのクリーンスライムの浄化能力が付与された、浄化の魔石だ!」
沈めた魔石を中心に、周囲の水がすーっと浄化されていく。どういった理屈化はさっぱりだが、あのクリーンスライムがもつ浄化能力が、魔石にも付与されて有効化されているのだ。
「すごいすごい! すごいよクリンちゃん!」
ミズキがスライムを両手でわっしわっしとなでたりこねたりしている。スライムもぷるぷるして、喜んでいるようだ。
「……クリンちゃん?」
「うん、この子の名前! かわいいでしょ!」
あー……うん可愛いね。
ペトペンといい、ネーミングセンスはちょっと微妙な我が妹だと思った。




