94.それは、濁り無き心だから
彩和から戻った翌朝。
何か興味を惹くようなクエストはないかと、ふらりと冒険者ギルドへ顔を出す。まあ、当然の事だけどミズキもついてきた。そのミズキも彩和でのクエストで、とりあえず飛び級昇格可能なBランクにはなった。なので今後は、ギルド掲示板に張り出されるクエなら全部条件クリアだろう。
あと、ちょっとばかり知りたい事もあったので受付の方へ。
「あら。カズキくんにミズキちゃん」
「どうも」
「こんにちは」
受付にはユリナさんがいた。まあ基本的に受付の人物は、そうコロコロ切り替わるわけじゃない。だから大抵の場合、冒険者ギルドならユリナさんがいて、商業ギルドならエリカさんがいる。
……そんな事だから婚期が遠のいてるんじゃないのか、なんてことは禁句である。ほらみろ、思っただけなのになんか睨まれたぞ。
余計な事考えてないで、さっさと本題にいったほうがいいな。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「あら珍しい。カズキくんって、ベテラン冒険者でも知らないような事、沢山知ってるのに」
「あはは、まあそのせいで基本的な事を知らなかったりしますけど」
知らないというか、LoUと違う仕様部分とでもいうか、要するに認識しなくてもいいことだったりするんだけど。
「それで今日は何を聞きに来たの? 私でもわかるような事かな」
「そうですね。ギルド受付とかしてるユリナさんなら、色々と話を聞いたりもするから知ってるかも。浄化効果をもった魔石とかって知りません?」
「浄化効果……アンデッドとかを昇華させたりする、神聖属性とか?」
「えっと、どちらかというと汚れを落とすというか、汚れた水をきれいにするとか」
「ああ、そっちの。うーん……」
とりあえず浄化効果の魔石とかないかと聞いてみるも、あまり心当たりがないのか芳しくない。
「ちょっと聞いた話だと、スライムの魔石でそんな効果があるとか……」
「スライム……ああ、ありますね」
「あるんですか!?」
少し頓挫しかけたと思いきや、一転あると断言された。これはもしやと思わず乗り出すようにユリナさんに聞き返してしまった。
「あるんですけど……そうね。やっぱり入手が困難で、絶対数は絶望的ってところかしら」
「……そんなに入手難易度が高いんですか。それって特殊なスライムだったりするんですか?」
「ううん。対象のスライム自体はそこまで珍しいものじゃないわ。例えばこの辺りなら……そうね。王都の西門から出た先の森にある沼、そこに生息しているスライムなんかがそうね」
「そんな近くにいるのに、なんで入手困難なんですか?」
「それはね……」
ユリナさんの説明はこうだった。
対象のスライム、正式名称クリーンスライムの魔石は確かに浄化作用がある。それ故に、森の沼の汚れを食べた後その沼は浄化されるのだとか。ならばクリーンスライムを討伐すれば魔石がすぐ手に入ると思いきや、スライムは物理攻撃も魔法攻撃も効きにくい。当然一定以上の攻撃であれば、その耐性を抜いて攻撃が通るのだが、スライムの体液と魔石は基本的に連動していて、無理やり討伐してしまうと魔石も一緒に破壊してしまうのだ。
ただスライムを討伐するのであれば、先のするどい槍や細剣などで魔石を狙って撃ち込み破壊するだけでいい。だがそれでは討伐しても魔石は入手できない。魔石を狙わずに攻撃を加えても、体構造的に繋がっているようなものなので、倒した頃には魔石も砕けてしまっている。
各種状態異常を加えた場合も、魔石にも影響が出て無傷での入手は不可能になってしまう。
現在出回っているスライムの魔石は、ケガを負ったスライムから露出していた等の魔石を、上手に確保したような特殊ケースで入手したものだ。そのため絶対数が少なく、ごく一部の王族や貴族が自身のために保持使用しているらしい。
そう言われてしまうと、少しばかり困ってしまう。まあ、沼にクリーンスライムは沢山いるそうなので、挑戦してみるのは吝かではないと思うけど。
どうしようかと少し悩んでいる間、ミズキと話していたユリナが驚いたような声をあげた。
「え? ミズキちゃん、Bランクに昇格したの!?」
「はい。先日……はい、ギルドカードです」
「ちょっと見せて」
疑っているというよりは、ともかく目で確認して自分を納得させたいのだろう。ミズキのカードを受け付けにある水晶板に乗せて情報を見る。
「……本当にBランクになってる。それに……え!? 彩和でクエスト受けて昇格!? ええっ!? ドラゴン討伐!?」
ユリナのあげる声にまわりの冒険者からざわめきがおこる。
ミズキは冒険者デビュー時から色々と注目されていたため、今ではギルドに来るだけで周囲の注目を集める存在だ。それがまあ、ドラゴンを倒してBランク昇格してきたとか。あっという間にまわりの会話はその事で染まる。
「ドラゴンってまじかよ……」
「でも初クエストでオークロード討伐してきたんだろ?」
「いや、それもすごいが彩和って海の向こうの国だろ? そんな近かったか?」
「馬鹿いえ、ここから港国のミスフェアへ往復するだけで何日かかると思ってる」
「でも前回あの兄妹をギルドで見てから何日経過したと思う? まだ10日経ってないぞ」
「……10日じゃ早馬でミスフェア往復できるかどうかだぞ」
「妹ちゃんかわいいよ妹ちゃん」
「ありえねえ。いろいろありえねえ」
……少し変な声もまじってるけど、おおむねミズキの凄さが理解されてきたようでなによりだ。
まあ、俺も色々情報が入ったので今日はこれで良しとしよう。
「それじゃユリナさん。ちょっと沼を見に行きますので」
「あ、うん。ミズキちゃん、カード返却します。それと昇格おめでとうございます」
「はい、ありがとうございます。お兄ちゃんまってー」
冒険者ギルドを出て行く俺にあわててついてくるミズキ。
そのミズキに周りの冒険者は「昇格おめでとー」「おめでとう!」など祝いの言葉を贈る。ミズキも手をふりながら「ありがとー!」と返事を返す。
なんだかちょっと嬉しくなった。
ギルドを出て西門に着く。ミスフェアへ行く時などに通った東門の丁度反対側だ。つくりなども鏡写ししたかのように、左右反対になっている。
門に常駐している兵士さんたちに挨拶をしへ。道を出て行くとすぐに十字路があり、目的の沼がある森はそのまま真っ直ぐだ。
しばらく進むと、段々周囲の木々が増えて行き、いつしか森の中へと入りこんでいた。
森の外とは音の反響もさることながら、聞こえてくる鳥の鳴き声も異なってくる。のどかな野鳥の声とかは皆無だ。
俺とミズキはかるく頷くと、そのままどんどん奥へ進む。
こういったフィールドの場合不意打ちに備え、腰にある緊急ポーチには回復系ポーションの他、解毒や麻痺解除など補助系ポーションを入れてある。
慎重に進んでいくが、特に危険な目にもあわずに少し開けた場所にでた。
「お兄ちゃん」
「ああ、沼だな。そして……」
先程ユリナさんから聞いた森の中の沼と思わしき場所へ出た。そんな俺達の目の前に。
「……あれ多分クリーンスライムだよね」
「そうだな。でもアレは……」
「うん。どこか怪我してるのかな」
沼のほとりにいるのは、教えてもらった特徴と一致したスライム。多分クリーンスライムだろう。
しかも怪我をしているのか、体の中にある魔石が半分ほど露出してしまっている。
状況を見ればとんでもないチャンスなのだが、何故か足がうごかない。そういう気になれないでいた。そんな時、スライムの近くの茂みがゆれた。次の瞬間、素早く影が飛び出してスライムへ飛びかかっていく。
「あぶないッ!!」
気付いた時にはミズキが飛び出していた。そのスライムを守る様に。




