93.それは、変えていく力と心で
何の気なしに聞いた釣り具屋だが、ゆきから「流石に無いかなぁ」との返事が。
それもそうか。なんせナイロンなんてまだ無い時代設定。たしか麻とかの糸に、鹿の骨とかで作った針だったりするんだっけ。その釣り具も見てみたい気はするけど。
まあ、そんなに切望してたわけじゃない。無いなら無いで仕方ない、と思っていたら。
「元々カズキってLoUのスタッフなんでしょ? ならこの世界にも造っちゃえばいいんじゃないの?」
と言って来た。一見正論だし、手っ取り早くて済むようにも思える。だが、俺はそれに関しては非常に慎重にならないとダメかなとも思っている。
「それじゃ多分ダメだと思う。いや、ダメというかやってはいけない事かな」
「どういう意味?」
「例えばまだこの世界にないような素材や、設計概念の詰まった道具を実装したとする。そうなった場合、世界の方が改変される可能性があるわけだ」
「……続けて」
少しだけ表情を引き締めて、俺の言葉の続きを促すゆき。俺の言った内容を理解できるのは、さすが転生者だなと思う。
「そうだな……例えばリール。釣り道具の一つであるリールだが、当然そんなものを作る技術はこの国どころか、世界中にもないだろう。あれだけの精密なギアがかみ合っても、欠けることなく力を変換伝道する仕組みは、まだここには生まれてない技術だ。そんな“あるはずの無い技術”で作られた物があったら、どうなると思う?」
「……歴史が混乱する?」
「なるほど、いい表現だ。そうだね、この世界が認識している歴史との、大きなズレが生じてしまう。そうなった場合、おそらく世界はなんらかの解決行動を取ると思う。考えられるのは大きく分けて2通り。一つはその技術が“有りえる技術”になるまでの経緯を、新たに生み出して過去の記憶=記録として定着させる方法。そしてもう一つは……」
「…………条件破綻して崩壊する?」
「すごいな。確かにゆきの知識に期待して聞いたんだけど、その考えに到達するか」
「まあねぇ~。流石にネトゲやってるくらいだから、そーゆー知識も持ち合わせてるよ」
そうかもしれないが、実際知識があっても上手に引き出せるかどうかで、その意義が変わる。少なくともゆきは自分の知ってる事を、きちんと整理して述べるくらいは出来るということだ。
「でまあ、そのどちらかと言えばおそらく前者。転生したゆきの、この世界における17年分の記憶というのが本人にも他者にもあるから、転生したことによる記憶改竄というか、記録変更がなされたと考えるのが正解かと思う。その位の範疇であれば、修正することは十分可能なのだろう。だが、勝手な技術革新をいれてしまうと、それが可能になるまでの何十何百、ひょっとしたら何千という年月を修正することになるかもしれない。そうなったとき、この世界構築が耐えられるのかは俺にもわからん」
「ふーん、そっか。それじゃあ新領地とかも、現実の技術を何かしら持ちこんだ街とかにはならないんだ?」
ちょっとばかり残念そうな顔をしてつぶやくゆき。そういえば新領地に関しての話も、ミスフェアへ戻ってからしたから、ゆきはいなかったんだった。
「それなんだが、そこまでのハイテク技術は無理だけど、色々な案は皆からでたぞ」
「え、そうなの? どんな話?」
「例えば水道施設とか。領地付近に大きな川があるから、それを用水として利用する話とか。浄化効果を持った魔石とかを使って上水道や下水道を街に完備するって話とか」
「うん、いいね。やっぱり水は使いたい時すぐに使えるに限るよ」
他にもゆきと別れてから何があったかと思え返す。ああ、そうか。まだあったな。
「あとだな、新領地の周辺は大きな森林に囲まれているが、そこの守護者になってるバフォメットと改めて強力してもらうようになった」
「バフォメット!? あの、レイドボスの!?」
「そう、そのバフォメット。しかも、何故かクローズドβテスト時代のバフォメットでな。ステータスはやたら高いけど、内部認識パラメータの影響で全然人間を襲ってこないんだ。以前一度会ったとき、俺とフローリアで会話した程度だったが、この度正式に領地周辺守護をお願いすることになった」
「へー面白そう。ねえ、領地っていつから住めるの? 作業前倒しにならない?」
「なんだ、はやく向こうへ行きたいのかよ」
「しょうがないじゃん。それこっちは知り合いも多いし、慣れた土地だから好きだけど。でも将来自分と深くかかわってくる人物がみんな海の向こうなんだよ。一人だけ仲間外れだよ、ボッチじゃん」
「ボッチ言うな。こっちもそれに関しては多少気にしてるんだから」
少し剥れて抗議するゆきには、俺も申し訳ないかなって部分がある。かといって俺の勝手で、いきなり領地がどどーんと出来上がったら、それこそさっき考えた改変からの影響が恐ろしい。
「まあ、悪いけど少し辛抱してくれ。世界へ影響でない位には、神の手ならぬ運営の手という力で前倒しは見当するから」
「……わかった。まあ期待しておく」
ゆきも我儘だというのは分かっているのだろう、この辺りでという感じでひいてくれた。
「んじゃまあ、俺は戻るかな」
「え! さっききたばっかじゃん」
「いやいや、それを言うならつい先日にミスフェアへ帰ったばかりだろ」
「あーそうか。なんかカズキがあまりにも気楽に転移してきたから、友達が家に遊びにきたくらいの感覚だったわ。んじゃしょうがないね。で、次はいつ来る?」
「んー……まあ、一週間後くらい……」
「長い! 毎日はなしにしても、せめて三日に1回とか」
「時差とかあるからなぁ。時間をきっちり決めて、少し顔をだしてすぐ戻るってのでいいなら」
「本当? 言ったね? 言質とったからね!」
「お、おう」
あまりの喜びように少し圧倒される。悪い気はしないけど。
「しっかり話がしたいときは、現実に行ってもいいよね?」
「そうだな。そうすりゃ時間を考えなくてもいいし」
「今度は私がお姉ちゃんたちがいるとこへ遊びに行きたいし」
「あ、そういえばアルンセム公爵も一度彩和に来たいって言ってたぞ。ミレーヌの両親で、ゆらさんの雇い主でもあるし、一度ちゃんと会ったほうがいいかもな」
「そうだね。そんときは家の他の家族も会えるように話しておくよ」
そんな事を話してから、俺は少し名残惜しいがグランティルの自宅へ戻った。
とはいえ、もう感覚は近所の友人宅から帰宅したくらいの気持ちだ。このポータルでの移動は便利だが、やはり地道に進んでいくことも好きだなと思った。
LoUをやっていたときも、余裕があればあえて道中の移動もフィールドをてくてく歩いて行ったりしたものだ。ただ便利になれば何でもいいってわけでもないかな──などと、少し柄にもなく感傷的になったりして。
……明日は久しぶりに、のんびり王都のクエストでも見に行くか。




