92.そして、休む間もなく再訪問
ミスフェア公国から戻った日の夜。まずは現実世界へと行く。時間としては午後の10時頃。彩和ならば時差で朝の8時くらいのはずだ。
なので俺自身の体内時計が狂わないように、こっちで10時間ほど過ごす。何度かやっていたせいで、段々と意識しないで調整できるようになってきた。
せっかくなのでLoU設計仕様書の中から、グランティル王国北側の森林付近の地図を探す。ほどなくして見つけたその地図には、良く見ると確かに大きな川があった。川の上流は近くの山頂にある湖で、そこから流れ出す川が王都にある城の北側を抜け、そして大陸の南へ延びていた。
なんとなくだがこの山頂の湖、主とか呼ばれるモンスターが生息してる気がする。そういったお約束があったのがLoUだからな。
しかし湖か……。そういや異世界って釣り文化ってどうなんだろ。
もしかしてルアーやフライに似た疑似餌での釣りってあるのかな。でも、リールみたいな小型の精密機械はなさそうだな。となると、あっても清流で毛針釣りかな。
そういえば日本で釣りが趣味として広まったのって、江戸時代くらいじゃなかったか? なら彩和とかへいけばいい道具あるかもしれないな。
実は俺、子供の頃かなり釣りにはまったから、知識も経験も結構あるんだよね。だから道具も普通の延べ竿より、本職人が作った印籠継ぎの竹竿とかに憧れたもんだ。あー、そうなると今度は『竹』があるのか気になってきた。これも彩和にならありそうだな。
なんか色々考えてると、最終的に彩和に考えがたどり着いてるのは、やっぱり日本に似た国だからなんだろうか。このあたり、覚えてたらゆきに会った時に聞いてみるか。
その後も少々調べ物をしてから睡眠へ。
しっかりと寝て疲れを取り、自分の中の時間感覚でおおよそ8時くらいになったあたりでイン。
ログインして最初に出た場所はグランティル王国のマイホームで、自分の部屋だ。こちらでの時間はおよそ夜の10時あたり。大きな音をたてずそっと部屋を出ていく。誰にも気付かれないようにして外へ。
基本的に屋内では【ワープポータル】を発生させられないから。
ポータルを出して、いざ行かんと思ったが……
「着いて来ちゃタメだぞ。来たら怒るからな」
俺の背中側、家のドアの方からする気配に注意をする。案の定、
「わ、わかってるよ」
うなだれた様な返答が帰ってきた。もちろんミズキだ。着いてくる気配ではなかったが、一応念を押しておかないとと思ってな。
「んじゃ言って来る」
「うん、いってらっしゃい」
ミズキの言葉に送られて、俺はポータルへ乗った。
出た場所は、例の如くポータル分間借りしてる大衆食堂の裏。
新領地を国に昇華できた暁には、各国に大使館的な建物を作ってそこの中庭にポータルでも置くか。そうしたほうが周囲への気遣いも減るし。
とりあえずこちらのでの時刻だが、おおよそ8時を少しまわったくらいかな。
さて、とりあえずゆきの家にでも向かうかな、と思っていた時。
「やぁっ!」
「おおっと」
死角から突進を捌き受け流す。相手は──予想通り、ゆきだ。
「ちょ! ダメだよちゃんと抱きしめてくれなくちゃ」
「いきなり襲い掛かってきた相手に、そんなコトするわけないだろ」
どうやらあのタックルは全力ハグだったらしい。まあ殺気も感じなければ、声もあげてたし、奇襲としては生ぬるい感じだとは思ったけど。
「まあ、感動の再会にはならなかったけど……お久しぶり──というか、先日ぶり?」
「そうだな。俺もまさかこんなに早い再会を果たすとは思ってなかったけど」
「という事は、何かあった?」
「まあ、それを含めて話があるからとりあえずどっか落ち着くところを頼む」
それならばと大衆食堂内にある応接間へと案内された。ここは基本的に一般従業員は立ち入りしないい場所で、主に裏の打ち合わせとかをする部屋らしい。壁や床などに隠密性が高い加工がしてあり、内密な話を急遽する場合なんかはここを使うことも多いとか。
「そういえば、なんでゆきは俺が来るのがわかったんだ?」
「あーそれはね……ぶっちゃけると本当に偶然。なんかここで『そんな予感がして!』とか言えたらいい雰囲気になるかもだけど、私もカズキもちょっと特別だからね」
「そうだな」
雑談している間に応接間に到着。部屋に入り施錠をする。
「ではさっそくだが本題だ」
「いきなりだね。まあ、いいけど。それで?」
「ミズキ、フローリア、ミレーヌ、それとエレリナさん……ゆらさんに、俺が別の世界の人間で、この世界に創造の影響を及ぼせる存在だという事を告白した。実際には俺のPCにインストールしたLoUに対し、アプデしたりすると反映されるんだが、その辺りの仕組みは基礎知識の違いで流石に言い換えはしたけど」
「そっか……でも、別に誰も態度を変えたりとかしなかったんじゃないの?」
「まあな。思ったよりも拍子抜けの感じもしたが、そんなものか?」
「どうだろうね。カズキの場合ちょっとばかり規格外が過ぎて、逆に『さもありなん』って思われたんじゃないの?」
あっけらかんと言い、笑ってくれるゆきに俺は安堵する。
もともと事情を知っているゆきは、この世界において一番話を聞いてもらいやすい相手だ。それはそのまま、感受性感覚の共有も近くなることでもあり、きちんとした助言にも繋がるはずだ。
「それで、その大切な未来の嫁達はどうしたの。一緒じゃないの?」
「嫁って……まあ、それはもう否定しないけど」
少しばかり頬が熱く感じたので視線をそらして呟くが、俺の言葉にくすっと笑いながら左手を軽く掲げて見せる。こういう性格ってのは、どこの世界でもかわんないのね。
「こことグランティル王国やミスフェア公国では、約10時間の時差があるんだ。だから今向こうでは真夜中だな」
「そうだったわね。つい時差ってのを忘れちゃうわ。以前の時は、時差なんて海外旅行に行った時くらいしか気にしたことないもの」
「行ったことあるのか。どこに?」
「ありきたりだけどハワイよ。でもまあその一回きりになっちゃったけどね」
「……そうか。こっちで行きたいトコあったら、俺に行ってくれ。ポータルで行けるなら即連れてってやる」
「うん、ありがとう。近いうちにグランティルとミスフェアによろしく。後……」
「後?」
「新しい領地もね。将来自分が住むトコだし」
左手の薬指にある指輪をわざとらしくさわる。今している指輪がそういう意味じゃないことは、重々承知のはずなのに。
……って、おい。
「おい! なんで指輪を薬指にしてるんだ、中指じゃなかったのかよ」
「えーいいじゃん。これつけてると虫よけになっていいんだよ」
「虫よけってお前なぁ……」
「はいはい。じゃあカズキがいるときだけは中指に戻すね」
そう言うと指輪をひょいひょいと付け替える。多少複雑な気もするが、おそらく指輪が婚約や結婚という本質を持っていないからだろう。本当の婚約指輪をほいほい付け替えされた流石に泣くぞ。
「そうだ。あと聞きたいことあったんだ」
「ん、何?」
「ここ彩和に、釣り具屋ってある?」
あと竹ってあるよね。タケノコやメンマがあるといいな。




