87.そして、一期一会の尊さ
朝の目覚めは快適だった。
誰かに寝起きを襲われたりといった不慮のイベントもなく、ごく普通の目覚めを迎えた。
まだ寝ているのかと思って廊下へ出ると、手際よく掃除をしているエレリナさんがいた。俺を見るとその手を休め、礼をしながら挨拶をする。
「おはようございます、カズキ様」
「おはようございます。……なんで掃除してんの?」
「お世話になっている事へのお礼です。あと、何かしてないと落ち着かない性分なので」
「そうですか……。えっと、ありがとうございます」
こういう時は変に遠慮するよりも、素直に感謝したほうがいい。お礼をして他の子たちの状況を聞いてみる。ミズキとフローリアはもう起きてるが、ミレーヌは例の如くぽやぽや~状態らしい。
その後は皆集まってまず朝食。皆食べ終わった頃を見計らって話を始める。
「時間感覚を合わせたいから、今日の午後4時くらいに向こうへ戻ろうと思う。なのでそれまでの時間は自由だが……何か希望はあるか?」
そう聞いてみたところ、最初は笑顔を浮かべて色々と希望を口にしたが、ふとその勢いが収まる。どうしたのかと聞いてみると、
「できればゆきさんも含めて、色々と見て回りたいです」
とフローリアに言われた。皆そう思っているらしく、確認すると一様に頷く。ゆきは元々はこっちの世界の人間だよと言ってみたが、それでも一緒にしたいとの事。彼女たちがそう進言するのなら、俺の方からはもう何も言えない。そう言ってくれたことに、嬉しいという感情が湧いたのも事実だから。
「それなら何をする? 夕方までは時間あるから、漠然とでも決めたほうがいいと思うけど」
「そうですね。そうしますと……アレとかいかがですか?」
フローリアが他の子たちの顔を見る。皆迷いなく頷いている。何だろうか?
「実はですが、昨晩の就眠前に皆で少し……」
「うん」
「カズキ様が治める領地、そして国はどの様なものでしょうか、という事を話しておりました」
「えっ」
俺? しかも新領地の話?
確かに領主となり納め、後々は国に昇華させていくという腹積もりだが、いかんせんまだ漠然としかイメージが湧いてこないんだけど。
だがこの目の前の方たちは、何かを期待するようにこちらをじっと見ている。だが、よくよく考えると合点の行くことでもあるわけだと。
「そうか。俺が治める領地ってのは、そのままイコール皆の新たな居住区だもんな」
「その通りです。ですので、昨晩は皆で色々と想像してしまいました」
フローリアの言葉に、またしても皆頷く。こうして全員で話す場合、個々の意見を求める時以外はフローリアが、女子側の代表みたいな感じで話すのが通例になっている。向こう側から一斉に言われてもたまらないので、この配慮には感謝だ。
「しかしだな……話ばかりが少し先行しすぎてて、俺はまだ領地候補になってる土地をまともに見てないと思うのだが」
「そうですか。私もおおよその場所しか聞いておりませんが、グランティルとミスフェアの中継街としての役割が重要ですから、おおよそ中間あたりと思います。そうなると……やはり、私達が来た道を中心に据えた領地になるということでしょうか」
「うーん、正直ミスフェアへ来る時はあまり周囲を観察してなかったからなぁ。他に地形的にどんなものがあるのかとか、全然知らないし」
「カズキ様、よろしいでしょうか」
「何か気になる事でも?」
「いえ、気になるといいますか……ここからミスフェアへの道なりで考えますと、おおよそ中間位置には大きな川が併走している箇所があったと思います」
「あ! ありますね。私も過去ミスフェアを訪れる途中、そこで一緒に来た騎士たちや業者が水の補充をしていたのを覚えています」
「なるほど、大きな川か……。ならば水路を上手に活用して、上水・中水・下水道を造れそうだな」
「お兄ちゃん。じょうすい・ちゅうすい……ええっと、なんだっけ。それ何?」
自分の中で納得していたが、この世界ではまだ水路に対する施設的なものが無い。なので生活水などの確保とかも大変な事も多い。
「ええっと、こちらの世界では主に生活用に使う水は地面の中に水路を確保し、それぞれを個人の家で使用できるようにしているんだ。その用途も、上水道は飲食に使用可能な綺麗な水、中水道は掃除などに使用するが飲食には適さない水、下水道は掃除等で汚れた水を流すための物だ」
「ということは、捻ると綺麗な水が出るあの設備は、上水道というのですか?」
「んー……正確にはちょっと違うかな。あれは蛇口といって簡単に水を出せるようにした仕組みのもので、あの蛇口は上水道につながっていて、綺麗な水をここまで持ってきてるんだ」
「つまりカズキはその水道という仕組みを、領地で行うということですか」
「そのつもりだよ。せっかく大きな川があるなら、活用したいからね。そうなるとその水の浄化施設に関してだけど……」
ざっと目の前の彼女達を見る。この中ではやはりエレリナさんかな?
「ちょっと魔石の効果について聞きたいんだけど、エレリナさんなら詳しいですか?」
「私ですか? ある程度でしたらお答えできるかと思いますが」
「なら聞きたいのですが、浄化能力をもった魔石とかってありますか? 可能なら水を浄化して飲料にする仕組みに活用したいのですが」
「浄化の効果がある魔石ですか……。そうですね、聞いた話ですがスライム系の魔石に、そういった効果があると聞いたことがありますが……」
何故か少し不安気な返答をする。エレリナさんが断言できないってのも珍しいかも。
「何か問題でも?」
「いえ、問題といいますか……。その、スライムはその性質上物理耐性も魔法耐性も強いのですが、その耐性を打ち抜く攻撃を与えて倒しますと、ほぼ確実に魔石も破壊してしまうのです。剣士などはスライムの核をねらいますが、これはそのまま魔石を破壊するのと同じです。なので、スライムの魔石というのは、市場ではなかなか出回らず、その効果も浸透しておりません」
「なるほど。じゃあエレリナさんの知識は、実体験ではなく見分からの話だと」
「はい。すみません、お役に立てなくて」
「いえいえ。そういう可能性があるだけでも、十分前向きな情報ですよ」
とりあえずスライムの魔石ってのが、フィルターみたいな事ができる可能性があると。ならばどこかで調べにいく必要がありそうだ。
「しかし、大きな川ですか……」
エレリナさんが再び顔をしかめる。今度は川という単語でなにかひっかかるようだ。
「川だと、何か気になりますか?」
「……はい。おそらくですが、川が近いということは、何かしらの魔物等の住処がある可能性も。川沿いに魔物の集落があっても、何の不思議もありません」
「そうかー……」
少しばかり考える。確かに川に水を求めるのは人間だけじゃない。それが自然動物って言うのであればまあいいが、モンスターだと言われると少し困る。そういえば、ミスフェアへ来る時に襲われていた幌馬車、あれはレイリック子爵の一行だったが、ゴブリンの集団に襲われていたな。あれって近くに巣窟でもあるのかもしれない。
これは領地周辺を大規模にモンスター討伐しないといけないのかな、などと思っていたのだが。
「そうです! カズキ!」
突然何かを思い付いたのかフローリアが笑顔で俺を呼んだ。
「何か思い付いたのか?」
「思い付いたというか、思い出したというか」
「ん? どういうことだ?」
「あの辺りの森林は、領地範囲としてはグランティル王国の北側の領地になりますよね。そうなりますと、あの付近もきっと守護下に入っていると思うのです!」
「守護下って、いったい何の……って、ああ!?」
ここで俺の頭の中でも、あることが浮かび上がる。
グランティル王国の北側に広がる森林は、とある事情により強力な守護者がいることを。
そう、それは──
「バフォメット!」
「バフォメットさん!」
俺とフローリアの声がハモる。そして相変わらずフローリアは、バフォメットにも「さん」付けしている。なんか微笑ましい。
そしてミズキは「ああ!」と遅れてその存在に思いつく。だが残り二人は「?」という顔になっている。
まあ、そりゃそうだ。なんせバフォメットはこのグランティルにある、あの森でしか見かけない超特殊なモンスターだからな。しかも、森林守護を目的としているため、無用に人々を攻撃したりもしない。
ひょっとしたら新たな領地をとりかこむ森林も、バフォメットの管理下に収まっているかも。もしそうなら、きちんと交渉すれば融通がきく可能性もある。あのバフォメットは、きちんと意思疎通のできる存在だしな。
「これは返り際に、少しお伺いしませんといけませんね」
「そうだな。……はは、ちょっと楽しみだ」
「元気かなーって、元気だろうね」
思わず三人で盛り上がってしまったので、ミレーヌあたりはが少し拗ねたようにこっちを見ていた。しまった、なんか楽しくなってつい……。
とりあえずまずは、皆にバフォメットと森の話をすることにした。




