86.それは、世界との邂逅で
簡単なスイーツパーティーを終え、しばしまったりとした時間が流れる。
俺も含む全員が風呂にも入り終えて、あとは寝るだけという状況だ。彩和に行って来たことによる時差感覚を、せっかくなのでこちらで過ごして調整することになったのだ。
ちなみにお風呂だが、ミズキとフローリアは既に何度もこちらで入っており、蛇口を捻ると赤=お湯・青=水が出ることを覚え、きちんと調節しながら入れるようになっていた。同時にふたりくらいなら入れるので、それぞれミズキはエレリナさん、フローリアはミレーヌと一緒に入ってもらった。
最後に俺が入ったのだが、まあその辺りは割愛だ。……察してくれ。
風呂上りも手伝って、段々と皆の動きがゆるやかになってきた。特に最年少のミレーヌは、軽く船をこいでいるようにも見受けられる。
「そろそろ寝ようか」
俺の一言で本日はこれで就眠となった。女性陣は皆、通販で買っておいたパジャマに着替えてもらっている。この辺りは何度も連れてきたことによる学習結果だ。
寝る場所は、以前彩和へ行くときと同じだ。なので俺の言葉で皆立ち上がり、ちゃんと寝室となっている部屋へ向かう。
「それじゃあ、お兄ちゃんおやすみ」
「カズキ、おやすみなさい」
「カズキ様、お休みなさいませ」
「…………にゃ」
「み、皆おやすみ~……」
……ミレーヌの寝ぼけ芸ってわざとじゃないよね? ともかく、これで本日は終了となった。
──が。
まあせっかく来たのだからと、やっぱりデータ確認やら整理やらしてしまうのだ。
しばらく彩和にいたが、ミスフェアに戻ってきたこともあり、過去資料からミスフェア公国に関しての資料を探す。だが、元々ミスフェアは急遽実装したため、現存するドキュメントに関しては以前見たものしかなかった。
いや、寧ろ向こうではきちんと名乗ってくれた人名が、こちらの資料ではかかれてないことを見るに、既に資料の体を成してないとも言える。
暫くの間、時間にして一時間経過したかという頃合で、部屋のドアがノックされた。誰だろう、もう皆寝たと思ってたのに。
「カズキ様、少しよろしいでしょうか?」
「エレリナさん? いいですよー」
「失礼します」
入室の許可をすると、そっとドアが開きエレリナさんが入ってくる。
「すみません、お休みかと思ったのですが、どうやらまだ起きてらした様子でしたので」
「いえ、かまいませんよ。それでどうかしましたか?」
とりあえず座るところがないのでベッドにでもと進める。最初は立ったままで構わないといわれたが、それだと会話がし難いので座って欲しいとお願いして座ってもらった。
そして改めて用件を聞く。少し話すのを逡巡した後、エレリナさんは口を開いた、
「あちらの……私達の生まれた世界を造ったのは、カズキ様だというのは本当でしょうか?」
「……どうして、そう思ったんですか?」
聞き返しながらも、エレリナさんの言葉に意外とショックを受けてない自分を自覚する。自分基準の判断でも、こんな荒唐無稽な内容は容易には信じられないだろうし。
「言葉足らずで申し訳ありません。カズキ様がお造りになった、という事を全く信じてないという訳ではないのです。ただ、やはりその所業は、人の身に余る行いではとも思えまして……」
エレリナさんの言葉を考えてみる。実際のところ、俺自身もそう考えていた部分が無いでもない。この現象は今だ解明できてないが、少なくとも俺が手がけた仕様は盛り込まれているし、パッチでの反映も成されている。全てではないにしても、俺の手が加わることで変化するのは確定事項だ。
「俺も同感ですよ。全てを俺が造ったわけじゃないです。いや、俺が着手してない部分の方が多いかもしれませんね」
「それはどういう事ですか?」
「これは俺の推測ですが……聞いてもらえますか?」
俺の言葉にエレリナさんはしっかりと頷いてくれた。なので俺は話すことにした。あの世界へ初めてログインしてから今日まで、色々と考えてきたことを。
「まずあの世界ですが、俺の手の届く範囲──要するに視認できる範囲は、たしかに俺が手を加えると反映されていきます。ただ、認識してない部分では、まったく俺の考え等は反映されません。覚えてますか? 以前俺が彩和について、どのくらいの認識を持っていたのか」
「確か“和風の国”という認識だけ、と」
「そうです。それ以外には、ミスフェア公国との交易がある、という事くらいで全てです。ですが実際のところ彩和にいる人たちは、長い歴史を積み重ねて生きてきてます。俺の認識が鍵となるのであれば、そんな状況になるハズがない」
「ならば、私達の世界は誰が……」
「すみませんがそれは分かりません。というか、普通はそれこそ神様が創ったという感じで信じられている部分だと思います。俺のように世界に介入できる存在が異端なんです」
そこまで言って、俺はある違和感に気付いた。それは──ゆきの事。
「エレリナさん。ゆきとの思い出というのは、どの位の年頃からありますか?」
「ゆきとのですか? あの子が生まれた時からですから、17年程あります」
「そうですか……となると、記憶の捏造もしくは、本当に17年間分の……」
「カズキ様、どうかされましたか?」
軽い思考のスパイラルに落ちそうになった時、エレリナさんの声でふと我にかえる。
それと、フローリアの祖母にあたる人物は、フランスからの転生者だったという話。いつの時代の人かは知らないようだが、働いていたというのは恐らく国立図書館あたりだろう。その辺りだとすれば、少なくとも中世~近代手前あたりの時代の人だろう。やはり俺の自宅PCのLoU起動で、作り上げられた世界ではないと思う。ならば……
「……少し、考えてました。向こうの世界の元々の姿というものを」
「どういう事でしょうか?」
「これは俺の推測……というか、勝手な根拠の無い想像ですが、元々あの世界はずっと昔から延々と存在していた世界だと思います。その世界へ、何故か俺が手を加えることが可能になったと」
少し前の俺なら、自分の言っていることを疑うほどの戯言だ。でも、今は二つの世界を行き来して、それが無視できない事象であることを自覚している。
ならばあの世界は……そう、まったく別の場所にある世界で、その存在傾向は平行世界とはまた違った在り方を見せている。
「最初は俺が作り出した世界とだけ思っていましたが、中には俺の知らない事や認識もしてなかった事などあって、とてもこちらからの一方通行な世界感ではないなと。元々似ている世界が歩み寄ってきたのか、それとも似たような世界になった後に歩み寄ることが規定事項だったのか……」
「えっと、すみません。よくわかりません……」
「あ、いえいえ! なんだか変な話ですし、俺もまだ整理できてないんで……」
パラレルだ何だという概念を持っていないこの世界の人では、こういった傾向の話は難解なのだろう。もしかしたらゆきあたりは、色々意見を言ってくれるかもしれないけど。
「ともかく、世界の理をいくつか定めたのは俺かもしれない。でも、世界を形作っている“国”を造ったのは俺じゃない。そこに住む人たちだよ」
「……そうですね。ありがとうございます、こんな疑問に答えていただいて」
「いえいえ、かまいませんよ。結局ちゃんとした答えは俺もわからないんですから」
「くすっ、そうですね」
照れくさそうに笑った俺に、エレリナさんは微笑を返してくれた。彼女からこんな風に笑顔を返されることは、なかなかレアなので一瞬ドキリとしてしまった。
「それではカズキ様、おやすみなさいませ」
「あ、うん。おやすみなさい」
会釈をして退室したエレリナさんをしばらく見送る。
別に見惚れていたわけじゃない。前々から疑問に思っていたことがあったのだ。何故あんなにも妹想いでありながら、その妹であるゆきから離れてミレーヌ付きのメイドをしているのか。ミレーヌに対する忠義というか、親愛度も随分と高く感じるし。
気にはなるけど、機会があれば話してくれるかもしれない。まあ、どうしても知りたいってほどじゃないけど。
日ごろの癖で資料確認をしていたが、エレリナさんとの会話ですっかり作業を再開する気分は治まってしまった。まあ、時間もいい頃だろう。俺もそろそろ寝ようか。
こちらの世界の空気、特に俺が住んでいる地区はお世辞にも綺麗だとは言えない。でも、なぜか自分の部屋のベッドで横になるとすぐに睡魔はやってくる。
明日はどうしようかな……そんな他愛も無いことを考える間もなく、俺はゆっくりと眠りについた。
先日は投稿できず申し訳ありませんでした。
今後も仕事都合上、急遽お休みする場合がございます。ご了承下さい。




