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81.それは、静かなる霹靂(へきれき)の再来

「カズキ様、そろそろお昼となります。起きてくださいますか」

「……ん~?」


 優しく諭すような声に、ゆっくりと意識を覚醒させる。感覚的に『ああ、今俺は寝ているんだな』という自覚をする。つづけて今度は『じゃあ起きるか』と思うものの、何か居心地がよくて起きれない。

 温かな陽気に、自然の息吹を感じる草葉の香り、そしてなにより穏やかな温もり……。


「もう少しだけ、このまま……」


 頭の下にある枕が、普段と違うのはきっと旅先だからだろう。それにしても柔らかくて、ほのかにいい香りがする。なんだろうこれは、ちょっと体の向きを変えてみるか。……うん、柔らかい。頬に触れる枕の感触が形容し難いほど絶品で──


「何してるんですかーッ!」

「ふんっ」

「ぐほぉおおお!?」


 誰かの絶叫と掛け声とともに、寝ている俺の腹に鈍い痛みがはしった。何事かと起き上がるも、俺を見下ろすように囲んで立つのは、フローリアとミズキとミレーヌだ。あれ、エレリナさんは? と思って後ろを向くと、そこには正座の姿勢をしたエレリナさんが。

 ……よし、理解した。これって多分だけど膝枕だよね。それでお約束の『何しとんじゃーいボケェ』的になつっこみを受けたところか。ちきしょう、相変わらず世界傾向に妙なお約束がついてまわるな。


 少々──いや、結構過激な起こされ方をされた後は昼食をとった。

 この時もさほど空腹は感じなかったが、時差ボケを直すために多少は食べたほうがいいと思って、皆比較的あっさりした食事となった。

 食後は再び休憩。といっても食後休憩は自然の摂理であって、致し方ないものだ。それに午後から帰ってくるというアルンセム公爵との面会に向けて、色々と休んでおきたいってのもあった。

 でもまさかあれだけ寝ておきながら、またしても昼寝してしまうとは思わなかった。




 しばしのまどろみを感じ、思わず寝てしまった事に気付いて目を覚ます。

 場所は休憩をしていた部屋のソファで、食後そのままうとうとしてしまったとわかる。何気なく外を見ると、まだ明るいものの陽射しの角度で午後もだいぶまわったと理解する。

 どうやらまだ公爵は帰宅してないのだろうか。リビングの方から何か賑やかな話声が聞こえる。ミズキたちが談笑しているのだろう。そちらへ顔を出しておこうと部屋を出ようとした時。


「あら、目が覚めたのね。うふふ、おはよう?」

「え? えーっと……」


 俺は目の前で微笑む若い女性に見覚えが無い。一瞬焦るが、この状況でこういった言葉をかける人物といえば、この家の者だろう。それによくよく見れば、ミレーヌをもう少し大人にしたらこんな感じだろうという雰囲気の容姿。となれば血縁者で間違いないだろう。


「驚かせてしまったかしら? ごめんなさいね」

「あ、いえ。えっと、私はカズキという者で、王女フローリア様と共にミスフェアへやってきました」

「ええ、伺ってますわ。ようこそいらっしゃいました」


 そういって丁寧に頭をさげる。優雅なカーテシーを見て、やはり公爵家の方は気品があるなと実感。


「えっと、もしかしてミレーヌ様のお姉さまですか?」


 ミレーヌに姉がいるという話は聞いてないが、これだけ似てるのなら姉妹かもしくは、フローリアとはまた別の親戚縁者なのだろう。そう考えるのが自然だ。


「まあ、そんな風に見えるかしら。嬉しいわ、うふふ」


 ……あれ。これってもしかして、ラノベとかでよくある系のアレか? 訪問先で知人のお姉さんだと思っていた女性が、実は……


「もしかして、ミレーヌ様のお母様、ですか?」

「正解です、ふふふ」


 やっぱりかあ。そういう勘違いイベントを見るたびに「実際にはそんなことあるワケねえだろ」なんて思ってたけど、いざ自分に起きると仰天するしかないな。やっべ、今後この手のイベント笑えない。


「改めましてごあいさつ致します。ミスフェア領主アルンセム公爵が妻、シルフィナ・エイル・アルンセムです。今後ともよろしくお願い致しますね」

「あ……はい。いえ、こちらこそよろしくお願いします」

「でも──そうね、私にも娘にも、そんなかしこまった態度や呼び方しなくてもいいわよ」

「いや、ですが……」

「普段娘のことは呼び捨てで呼んでらっしゃるのでしょう? なんなら私の事も『おかあさん』と呼んで下さって結構ですのよ?」


 何だよこれー! どんなありきたりシナリオだよ、ありきたりすぎて最近見ねえよ。とりあえずこの人と二人だと主導権にぎられっぱなしだ。早々に皆のところへいこう。


「と、ともかく皆の所へいきましょう。そうしましょう、シルフィナ様……」

「おかあさまで良いと申してますのに」

「いえいえ! ささ、行きましょう」


 しどろもどろになりながら、皆がいると思われるリビングの方へ。中へはいると皆がソファに座っており、そして一人見慣れぬ男性も一緒にいた。身なりや隣に座るミレーヌとの距離から、あの人がアルンセム公爵だなとわかる。


「目が覚めたようだね。もう体調は大丈夫なのかい?」

「あ、はい。特に疲労もなく良好です」

「それはよかった。グランティルからの訪問、道中でレイリック子爵を魔物から守ったり、王女や妹さんを召喚獣で送迎したりと、随分魔力疲労があったそうじゃないか」

「そ、そうですね……」


 公爵からの気遣いの言葉に、フローリアを見る。優雅に紅茶を飲みながら、そっとウィンクをしてこちらに返事を送る。なるほど、そういう話にしてくれたのか。ここは感謝しておこう。


「改めて挨拶させて頂こう。このミスフェア公国で領主をしている、クラディス・ゼイル・アルンセムだ。よろしく頼むよ」

「はい、ご丁寧にありがとうございます。グランティルの冒険者カズキです」


 差し出された手を握り返しながら挨拶を返す。が、ふいに手をひかれ軽くたたらを踏む。目の前に迫るアルンセム公爵が、笑いながら聞いてきた。


「まさかフローリア王女の口添え付きで、娘が婿を紹介してくれるとは思わなかったよ」

「えっ!?」


 驚いてフローリアを見るが、そっとティーカップを置いてこちらを見ると、


「カズキ様がお休みになられている間に、私の方からお話しておきました。新領地の領主の事、ミレーヌを含む私達の事などです」

「それってつまり……」

「カズキさんが新たな街で領主となり、ミレーヌやフローリア様達を迎え入れて下さるという話ですわ」


 俺に少し遅れて入室してきたシルフィア様が、皆に新しい紅茶を注ぎながら返答する。

 もしかして、ミレーヌの嫁ぐ云々って話がもう進行してるの?


「あの、私が言うのもなんですが、大事な娘さんの結婚相手をこんな簡単に決めてるのはどうかと……」

「む、そうかね? 私も妻も人を見る目はあるつもりだし、何より王女やミレーヌが随分と好意を寄せているのは見てわかる。この二人の魔眼は、系統は異なるが人の善悪を見抜くことに関しては間違いがない。そんな二人が高い信頼を向けているのだ。親として信じないわけにいかないのだよ」

「あの、カズキ様。カズキ様はミレーヌの事、お嫌いですか?」


 ……いかん、胃が痛い。この決まりきった展開ってのは、外から見てるだけなら「お約束しやがって」と野次るだけだが、いざ自分がその境地に立つとすんごいプレッシャーだな。軽く「そんなことないよ」と言って話を流そうと思っても、目の前で女の子が悲しそうな顔=もちろん演技なんだけど、ってのを見ると言葉が出てこなくなっちまう。


「カズキ様……?」


 手を胸の前で組んで、寂しげな顔をむけるミレーヌ。……そうだよなぁ、ラノベではその表情を真正面から見てる時の本当の心境なんて表現できないもんな。


「そ、そんな訳ないよ、うん」

「では……私の事、すき──ですか?」


 ……たすけて。そっと視線を向けるも、フローリアもミズキも、エレリナさんも「ちゃんと返事しなさいよ」と言わんばかりに目で訴えかける。……孤立無援だ。

 しかたない。まだ11歳のミレーヌに、こんな言葉を伝えるのは恥ずかしいというか、心情的には犯罪臭を醸し出しそうではあるが。


「す、すき、です……」

「嬉しいです!!」


 思いっきり飛びついてくるミレーヌ。本当に文字通りに飛びつかれてしまうが、なんとか踏みとどまる。飛びつかれ咄嗟にだきしめたミレーヌの顔が、目の前にある。

 元々年齢差に比例して、身長差もある俺とミレーヌは、こうして互いの顔を間近で見ることはあまりない。そう、あまりないハズだが……何故か既視感(デジャブ)を感じる。

 これはいったい何時──あ。

 思い出した。初めてミスフェアに来て、ミレーヌに会ったときだ。あの時俺はミレーヌに──そう思った瞬間、



 ──ミレーヌに二度目のキスをされた。




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