8.それは、不安のお片付け
ちょっと物騒なサブタイトルだけど、内容はいたって安全です。
朝だという雰囲気を感じ、ゆっくりと目が覚める。
カーテンの隙間から見える日差しは、まだ太陽がそこまで昇りきってないことを示す。
ゆっくりと部屋の中を見渡すと、視界に入るのは慣れ親しんだ自分の部屋……ではない。
LoUに似た異世界にある、マイルーム内の“カズキ”の部屋だ。
コンコン
少し控えめな感じにドアがノックされる。俺の「どうぞ」の声に「あ、起きてる」という声が聞こえ、続けてドアが開く。
「あ……、お、おはよう、お兄ちゃん……」
どこか歯切れの悪いような挨拶をしながら、ミズキが部屋に入ってくる。一晩経過したとはいえ、おそらくまだ昨日のアレが原因なのだろう。恥かしいというか、なんというか。
「おはよう。よく寝れたか?」
なんとなく応えはわかるが、ちょっとばかり笑いをこらえながら聞いてみる。
「そ、それは……って! お兄ちゃん! わかってて聞いてるでしょ!」
おや、思ったよりも反応がいいな。……もしかして。
「ミズキ」
「な、何?」
「今日はまず、昨日のクエストの報告をしにギルドへ行くぞ」
「え? あ、うん、そうだね」
急に話を変えられて、戸惑いながらも安堵するミズキ。だがな、ミズキよ。お前は一つ非常に大事なことを忘れているぞ。
いや、もしかしたらまだ知らないのかもしれない。なら先輩冒険者として、教えてやらねば。
「それでだな……お前のその剣」
「っ、な、何よぉ!?」
ミズキが腰にさげている剣を指差す。丁寧な彫り細工のある鞘に納まった、あの剣だ。
俺にからかわれると思ったのか、腰を捻って俺から隠すようにして睨んでくる。そんな仕草もかわいいが、俺はそんなかわいい妹に残酷な事を告げなければならない。
「ギルドに登録している冒険者が、自分専用の特殊な装備を所持している場合、盗難防止や防犯のために届け出ないといけない規則があるんだが……知ってるか?」
「へー、そうなん…………え」
返事の途中で言葉が途切れた。続いて、表情が抜け落ちて……心なしか肌色も白く見える。
「え、えっと、冗談……だよね? 私をからかって、その……」
「いや。本当だぞ」
うん、これは本当。実はこの辺りの設定、かつてのゲーム会社の設定厨の同僚がやったのだ。ゲーム内で直接触れることはないが、ギルドのカウンターに置いてある規約書に書かれている。
これは俺も覚えてたし、昼間カウンターに規約書が置いてあるのも見ている。
「……ああ、きっとユリナさんにからかわれる……」
表情をズーンと沈めて、のろのろとミズキは退室してしまった。……がんばれ。
昨夜のちょっとした命名騒動のあと、千鳥足気味なミズキが部屋に戻った。そして俺は一度リアルの方へ戻った。とっても、少しだけメールや番組録画の予約を確認したら、すぐまたログインした。
というのも、それぞれの世界での時間の流れが異なるからだ。
ちょっと整理しよう。
まずリアルで1時間過ごした場合。LoUの世界では時間は経過しない。要するに、MMOのLoUへインしてない状況と同じというわけだ。
次にLoUで1時間過ごした場合。この場合は、リアルの方でも同じように時間が経過する。つまりリアルの時間は、LoUに入ってるかどうかに関係なく、ずっと進んでいる。
こうなると気をつけないといけないのは睡眠をどちらでとるかだ。
結論として、俺は睡眠はLoU側でとることにした。そうすればどちらの世界でも、同じように時間が経過してくれるからな。
もしリアルで睡眠をとった場合、次にLoUへ行ったときの時差ぼけが懸念事項だからだ。
例えばリアルで8時間ほど睡眠をとったとする。そして、いざLoUへ行ってみたとき深夜だったりしたらうかつに出歩くことが出来なくなる。無論、俺のキャラであれば誰に気付かれることなく出歩くことは可能だが、他人とあまりにも生活サイクルをずらすのもどうかと思う。
幸か不幸か、俺のリアルの方は今時間の都合が完全に自由状態。ならばLoUを優先した生活したっていいじゃないか、という結論に達したわけだ。
ただ、出来れば両方の世界の時間は同じくらいにしておきたいのも事実。なのでLoU側の睡眠時間タイミングを調整して、2~3日周期でリアルの朝タイムとあわせることにした。
まあ、それが上手くできなかったらまた何か考えよう。
そんなワケで、本日の活動開始なのだが……悪いなミズキ。ちょっと今日はリアル優先だ。
「……さてと」
あの後、俺はリアルへ戻り今は電車で、有名な某電気街へやってきた。
昔はかなりアングラな雰囲気をかもし出していたが、今ではすっかり整備されてしまった。綺麗になるのはいいことだと思うが、なんかこう……違うんだよなぁという感想は否めない。
大型量販店に勢いを持っていかれたせいで、個人経営店のゲームや電機店がのきなみ淘汰された感じなのも寂しいな。
もはやアングラ感なら某ブロードウェイに行ったほうが強いかもしれん。
おっとそれは今回関係ないな。
今回行く先は、PC周り……というか、LoU環境を整えている擬似ゲームサーバ風にしているPC用だ。元々俺のPCはデスクトップにはUPS──無停電電源装置がつけてある。ただ、普通はPCを使用する時は、かならずその場にいるから、そんなに長時間稼動する非常用電源は不要だった。実際5分程度しかもたないけど、緊急時にシャットダウン手順へ移行するまでならそれで十分だ。
だが、今回購入したいのはそのレベルじゃない。最低でも数時間は保障する環境だ。
そうなると当然UPSで繋げただけじゃダメだ。なのでゲーム会社時代から色々とお世話になっている、ちょっとマニア向けな電機パーツを扱う店に来た。
店に行くと、顔なじみの店員がいた。とはいえ、こういった店では無闇に接してくることはないので自分で歩いてめぼしいものを探す。
ぐるっと店内を見回してある程度の目星をつけ、店員と交渉する。今回の購入目的と、おおよその構築構造だ。何をするためなのかは大まかに説明するが、具体的なことは言わない。というか、言えないし。
多少交渉して、一部アドバイスを受けて型番を変更したりして購入。
今回購入したのは、
・バッテリー
・バッテリー充電器
・転送スイッチ付きインバーター
・接続ケーブル
以上だ。これらを使えば、自宅にあるLoU用PCなら推定8~10時間の電源保障ができるはずだ。これなら一眠りしても大丈夫なくらいだから、安心してログインできる。
購入して、そのまま郵送もお願いする。その分の代金ものせようとしたが、なじみの店長さんがサービスしてくれた。俺の会社が倒産したことも知ってるんだろう、ここは厚意に甘えさせてもらった。
次に来たのは、別のPCパーツ屋だ。
目的の品は先程の店でも購入できたのだが、こちらの店員の情報は頭一つ抜けており、それを頼っての来店だ。
目的はバックアップ用のHDDの購入だ。
バックアップのみならず、HDDで一番大事なのは何か。そう、信頼性だ。一見似たり寄ったりだが、その実HDDの信頼度合いはピンきりなのだ。
例えば、以前とあるメーカー製HDDが“非常に壊れやすい”とニュースサイト等で酷評されたことがあった。その時は他社の同ランクHDDとの比較データが掲載され、その信頼度の低さが見るも無残だった。
だが、その一年後。それに奮起したのか、酷評されたメーカー製のHDDは、驚くほど信頼度の高いHDDへと変貌を遂げた。逆に比較時に優位となっていたメーカーの一部は、慢心したわけでもないのだろうが、品質を落として今度は非難される側にまわったとか。
そういった品質を求めるHDDの最新情報だが、やはり蛇の道は蛇とはよく言ったもの。プロの事はプロに聞くに限る、というわけでわざわざ足を運んだのだ。
ちなみに今現在は先の件で皆切磋琢磨しており、現状どこを購入しても大差ないという、面白みは欠けるものの購入する側には安心できる状況らしい。
なのでサーバーバックアップ用途で選んでもらい、それを素直に購入した。さすがにHDDくらいは郵送せずに持ち帰りするよ。
本日の目的を済ませ、あとは帰るだけになった。
だけど、ちょっとだけ街を見てから帰ることにした。
あそこの角の食堂、なくなちゃったな。俺の年齢の倍以上の営業年数だったのに。よくしょうが焼き食べたもんだ。
ここって、昔は電気街でも有数なゲームショップだったのにな。二階にあった海外ゲームコーナで色々物色したな。
あのビルの三階にあった店も好きだったな。ゲームショウとかで配布してるクリアファイルとかの売買してたから、よく購入しに来たっけ。
ここにあった店の丼、美味しかったな。上の階の同人誌を見た帰りに必ず寄っていったな。
そんな事を考え、ちょっとだけ寂しい気持ちを抱えて俺は帰路に着いた。
……配線終わったら、ちょっとだけミズキに会いに行こうかな。
時代の移ろいは、嬉しくもあり、悲しくもあり。