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78.それは、生まれ変わる意味と価値

 あの後まずは依頼完了報告のため村へ戻った。村の広場へ向かうと、そこには既にフローリアとミレーヌ、それに村長をはじめとする多くの村人が待っていた。俺達は広場に降り立ち、ホルケに「ありがとう、もういいよ」と声をかける。すぐさま普通の犬くらいのサイズに戻り、そのままミレーヌの元へ。ミレーヌも笑顔で抱きしめて、まったく関係ない出来事でほっこりしてしまった。

 さて報告……という流れなのだが、さすがにちょっと異世界(こっち)に長くいたので、一応様子見で少しだけ現実(あっち)に戻ることにした。






 現実(もとの)世界に戻ってきたので、まずはいつものように機器の動作状況を確認。特に少し前に増設した無線LANの受信機まわりは厳重に見ている。

 これは以前UI内の公式HPを見れる機能を調整して、特殊ブラウザを実装した時に追加したものだ。無線LAN受信機をつけたとはいえ、基本はスタンドアローンで稼動させている。この受信機での送受信は、特殊ブラウザでしか出来ない仕組みにしてある。

 そんな少し手間をかけたシステムが、正常に動作しているかの確認作業が増えたのだ。

 それらが済んだら、一通り動作確認。それでとりあえず終了。


 ──というのが普通の流れなのだが。

 今回はちょっとばかり事情が違っている。まあ、ぶっちゃけると一人異世界(あっち)から連れてきたのだが、それについて今までとは少しばかり事情が異なっていた。

 なんせ……


「ここがお兄さん部屋なの? って、これがLoUを稼動させてるPC? わー……このキャラセレ画面、懐かしい~!」


 今この部屋に、ゆきがいるからだ。

 だが、彼女は別に事故で来てしまったわけじゃない。今回ログアウトしようと思った時、やはりフローリアはそれを察知してすぐさま足止めをされてしまった。そこで彼女から「まだ一人あちらへ招待してない人がいますよね?」と言われて、そのまま流れで連れてきたのだ。

 正直不安だったが、ゆき自身が既に気持ちの整理をつけているとも言っていたので、短時間でという事で同行させた。

 さて、どうなるか……という一抹の不安はあった。

 だが実際に来て見ると、部屋をぐるっと見渡した後、


「初めての場所なのに、知ってる場所みたいな気持ちになる!」


 と大はしゃぎだった。その後も部屋の中を色々見て、PC画面に映るLoUを懐かしんだり。家の中なら好きに見てもいいよと言うと、礼を言ってすぐに廊下へ出て行った。

 その間にこちらは確認作業を一通り実施。丁度おわったくらいで、ゆきが戻ってきた。

 そこで、少し迷ったがゆきに聞いてみた。


「もし何かネットで見たいことあったら、そっちのPCはネットに繋がってるから……いいよ」


 そんな俺の言葉に、ゆきは少し考えるように俯いた。しばらくの沈黙の後、


「……わかった。ありがとう」


 そう返事をしてPCの前に座った。しばらくマウスとキーボードを操作した後、


「……そっか。そう、だよね」


 ゆきがポツリと呟いた。気にはなるが話しかけていいものか、という雰囲気になってしまう。

 その気持ちが伝わったのだろう。此方を見ながらゆきは言った。


「うん。見ていいよ」


 その言葉に大きな意味があるのはなんとなくわかった。だから少し迷ったが、それでも結果的に俺はそのPCに映っているものを見ることにした。

 画面にはそのPCでデフォルト使用しているブラウザが表示されていた。そこにニュースサイトの過去記事らしきものが表示されていた。



 『 女性死亡:飲酒トラックから子供をかばう 』



 ページの見出しにはそう書かれていた。もう、それだけで大体のことが理解できた。

 見てよいものかどうか判断に迷ったが、ここまで見てしまったらもう戻れないという気もした。なので意を決してその記事を読み進めた。

 内容はいたって簡潔。だがこれを読んだ心境は、とても一言で言い表せるようなものではなかった。

 そして記事の中にあった──菅野雪音(22)──という表記。


「かんの……」

菅野(かんの)雪音(ゆきね)。私の……生前の名前」


 どこか寂しげな声に思わずゆきを見るが、その表情はなんとも形容しがたいものだった。なんの感情も見出せないような無表情。だけど、瞬きをして見直すたびに違う表情を感じるような、複雑な心境を纏ったような表情だった。

 そのため、何か言った方がいいのではと思いながらも、何も言えなくなってしまう。言葉どころか、切欠の声すら漏らせずにいた。


「──何の変哲もない、ありふれた只の一日だった。ううん、少しだけ違ったわね。ずっと遊んでいたネトゲがサービス終了して、それでも未練たらしくサーバー切断画面を表示しっぱなしにして。とりあえず疲れたけど翌日も休日だったから、そのまま倒れるように寝ちゃって。しばらくして起きたら、流石にお腹が空いてたからコンビニに行こうって。そして──」


 抑揚の無い声が耳に届く。だがその声は、どこか寂しげな泣き声にも近い気がする。


「そして見通しの悪い道を歩いている時、前から歩いてくる子供の向こうにトラックが見えた。普段であれば何も思わないただの日常の一コマ。でも、その時は何故かトラックの運転手の様子がよく見えた。それで直感した──居眠り運転だ、と。その後の事は、もう覚えていない。というか、何も考えずに行動をした、という事だけを覚えてる。気付いたら子供の手を引っ張り寄せ、かわりに反動で自分がトラックの前に出て行ってしまった、らしい。それが、私の覚えてる事」


 そこまで言って、大きく息を吐き出す。そしてこちらを見るその表情は、普段と同じだった。


「……思ったより、ショックを受けないもんだね。もっとも死んじゃったことは理解してたし、どんな最後だったのかはおおよそ把握できた。唯一気がかりだったのは、あの時の子は無事だったのかってことだけど、この記事を見るに大丈夫そうだし。うん、よかった」

「………………」


 ゆきの独白を聞きながらも俺は動けなかった。身体的な意味ではなく、心が気持ちが動けなかった。


「せっかく私が命がけで動いたんだからね、助けられて良かったよ。あ、ひょっとして気にしてくれたて? ありがとう、でも心配いらないよ。私はもう気持ちの整理はついてるから、もうこっちの世界に未練はないよ。今の私の世界は異世界(あっち)だから。だから、もう……」


 変わらない笑顔のまま、言葉を繋げていたゆき。だが、その目がかすかに揺れる。そして、一度揺れてしまった瞳は、もう抑えることはできそうになかった。


「だから、もう、こっちの……世界、は…………ッ!!」

「ゆき……」


 ようやく搾り出せた言葉は彼女の名前だけ。だが、それが引き金になったように、彼女の気持ちが言葉の奔流となってあふれ出した。


「もっと生きたかった! まだやりたい事沢山あった! まともに恋愛もしてないし、もっと色々遊びたかった! お父さんもお母さんも陽光(ひかり)ともずっと一緒にいたかった! なんで!? なんで私は今こっちに居ないの!? なんで! わかってるけど、なんでッ!!」


 目を充血させ大粒の涙をとめどなく流し、思いのたけを吐き出す。いくつもの疑問が問われるが、そのどれもが答えの出せない問いばかりだ。

 唯一答えることができることといえば、もう終わった事──ただ、それだけだった。

 目の前で本気で泣いている女の子がいるが、今の俺には何も言えない。言えるわけがない。

 それでもと思い、なんとかもう一度名前を呼ぶ。


「……ゆき」

「ッ! ……ああああああああっ!!」


 俺の声に反応して飛びついてきた、その勢いで思わずたたらをふみ背後のベッドに倒れる。

 ゆきを胸に迎えたまま後ろ向きに倒れ、押し倒されたような体制で横になった。


「うう……うわああああああぁ……」


 そのまま顔を俺の胸にうずめて泣き続ける。そんな彼女に声をかけれるわけもなく、そのまま暫く優しく抱きしめ、気が済むまで泣かせてあげることにした。




「……ごめん。なんか、変なトコ見せちゃったね」

「いや、別に……」


 ゆきはあのまま5分近く、声をあげ泣き続けた。そして、その後はまた5分ほど、声を押し殺して泣き続けた。更にその後は、声も出さず涙も止まったようだが、しゃくりあげる嗚咽のようなものが10分ほど聞こえ続けた。

 ようやく収まったゆきは、俺とならんでベッドに座りなおした。


「でも……そうね。ありがとう」

「……何が?」

「ようやく本当に吹っ切れた気がする。転生したって自覚した後、お兄さんに会って現実(こっち)の世界に来れるって知って、それで色々考えたりしちゃってたから。やり忘れたことは無いか、両親や陽光(ひかり)は元気なのか、知人やネトゲ仲間はどうか、なんて」

「ひかり?」

「うん、太陽の『陽』に輝く光の『光』で“ひかり”。私の妹で、年齢は……17歳。今の私と同じね」


 そういいながら優しい笑顔を浮かべる。それはゆらさんがゆきを想って見せる、優しい姉の顔。


「妹さんのこと、大好きだったんだ」

「うん。だからちゃんとケジメをつけないとダメって思った。それをお兄さんが手助けしてくれた。だから、ありがとうね」

「ならいいのだけれど」

「それにもう、私の姉妹はゆらお姉ちゃんだからね。ペガサスで空を駆ける美人姉妹って、なんかゲームの登場キャラっぽいでしょ?」

「……まあ、本音を言ってしまうと少し狙った感はある」

「やっぱりー!!」


 横に並ぶゆきが俺の肩をばんばん叩く。多少無理してる雰囲気はまだするが、それでももう気持ちの整理がついた、そんな印象をうける。

 不意にゆきが俺を叩いていた手がゆっくりと動いて、腕に抱きついてきた。今までも何度かからかったり、おねだりする為に抱きつかれたことはあったが、今回はどうも違うように思えた。


「お兄さん、一つだけ聞いていい?」

「いいよ。どうした?」

「ワイバーン討伐の依頼……村長さんの話を聞いた後、なんかちょとだけ考え込んでから受けたよね。あれって……」

「たぶん正解。一瞬だけど、村を失うことを恐れた村民に、LoUが終わってしまった時の自分を重ねて見たんだと思う。ずっと大切にしてきて、これからも大切にしようと思ったものが、無残にも失われていくのを見ていられなかったんだ。……わがままだよね」


 たった今過去としっかり決別したゆきに、この質問は軽率で残酷だったかもしれない。そう思ったが、彼女の返事はそうでもなかった。


「いいんじゃない? 自分で決めたことなら、諦めても、抗っても。自分で決めたことで後悔するのって、他人に押し付けられて後悔するのとは全然違うよ。……私が保証する」

「…………ありがとう。こんなに心強い保障は無いな」


 抱きついてるゆきをそっと抱きしめて感謝を伝える。それに呼応して、さらに少し強く抱きつかれた。

 結局、気持ちを切り替えて異世界(むこう)へログインしたのは、それから更に20分ほどしてからだった。


修正:クラスメイト→ネトゲ仲間

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