73.それは、想いの冒険依頼
「ふー……気疲れした……」
あの後『ちょっと疲れたので休憩する』と言って、休んだタイミングでログアウトした。相変わらずフローリアは気付いていたようだが、今回は無理やりついてこようとはしなかった。
ちなみに気疲れはしたが、身体的にはまったく疲れていない。そもそも、あちらでの身体疲労がこちらには持ち込まれないようだ。
現実に戻ってきたのは、一応休憩の意味もあるが本来の目的は別にある。ゆきとの会話で出てきた召喚獣ペット、その中でも希望のペガサスを実装しようと思ったからだ。そもそもゆきのは、スクショ機能などをつけた指輪をあげる予定だったので、皆と同じようにそれに召喚獣ペットも登録することにした。
しかし、ゆきの希望はペガサスか。
以前遊んだゲームには、ペガサスに騎乗した女騎士が登場したりしたが、ゆきもゲームとか好きそうだからその影響とかもあるのかもしれないな。……エレリナさんのペガサスも用意しておこう。欲しいかどうかは、聞けばいいかな。
ゆきと同じ性能の指輪を、エレリナさん用にもう一つ用意。必要な機能を実装して、これらの追加とデータが用意されている召喚獣データのパッチを生成。そして適応。なんだかんだで、累積パッチも結構作ったな。実際にサービス期間中に作った数に比べたら、まだまだ少ないけれど。
パッチ適応が終了したのを見て、俺はログインした。
彩和の冒険者組合の中に戻ってきた。こちらを見ていたフローリアの目が、少し見開かれる。俺が一度抜けて戻ってきたことに気付いたのだろう。何か言うのかとも思ったが、そのままミズキとミレーヌ、あとエレリナさんを連れてクエストボード──依頼掲示板を見に行ってしまった。
「ゆき、ちょっといいか?」
「ん、何?」
ゆきは向こうへ行かなかったようだ。ちょうどいいので、さっき準備したばかりの物を渡す。
「実は今少しだけログアウトしてな……」
「そうなの? 全然気付かなかった」
「それでちょっと召喚獣ペットのパッチをあててきた。これに……」
ストレージから出した指輪を差し出すと、ゆきが興味深そうに掌で受け取る。
「これに召喚獣のペガサスが登録されてる。一度呼び出して名付ければゆきに従属するようになる」
「へえ……指輪、綺麗……」
細かい装飾が施された指輪は、こちらの技術ではまだ作れないのだろうか。じっと指輪を見ていたゆきだが、ふと何か思い付いたのか顔をこちらに向ける。
「そういえばLoUって、結婚システムなかったよね。そういうのって実装予定はなかったの?」
「ははは……実は、予定というか構想はあったんだよね。一応アイテムとしての指輪とか衣装は、ラフデザインレベルでは存在してたんだよ。でもまあ、実装する前に……ね」
「そっか。まあでも、結婚システムって賛否あるよね」
「その懸念もあったかな。やっぱりプレイヤーとしては、すべての要素を遊びたいって気持ちはあるけど、結婚システムとなると『たとえ遊びでも……』と思う人も少なくなかったから。それにオンラインゲームって、人によっては何百何千時間ずっと画面を見てるものだから、そこに表示されるキャラを異性にする人も多かった。そうなると結婚するキャラは、自分と同性になる……なんてことにも」
「そうだねよー……。私はLoUの場合はそのまま女性キャラだったけど、ゲームによっては格好いい男性キャラでやってたのもあるかな」
「参考までに聞いていいかな? LoUで女性キャラにした理由は?」
「LoUの場合は、ゲーム全体が恰好いいというより可愛い感じがしたから。それなら女の子キャラだと、可愛らしい恰好が多いかなーって思って。画面の中央にずっと表示されてるキャラが、可愛いほうが楽しいでしょ?」
「まあね。俺も自分で作って運営してるんじゃなければ、可愛い女の子キャラにしてたかも」
「もしそうだったら、いまごろココには可愛い子がいたのかな?」
「それ以前にこの世界に来てないと思うよ」
「……そっか、不思議だね」
そう言って少し寂しげな目をするゆき。そこにどんな感情があったのかは知らないが、多分今聞いていい事ではないのだろう。
どこか気まずいような空気がながれたが、ふとゆきが指輪に目を落として話しかけてきた。
「そういえばこの指輪、ほかの子たちってつけてるの? やっぱり左手薬指?」
「いや、とりあえず皆右手の中指につけてる。……なんで?」
「だってお約束でしょ? それともアレかな、この指は本番用に空けておきますね──みたいな」
「……正解」
「いやーん、この女たらしー♪」
にっこにこ笑いながら肩をバンバンたたかれた。やっぱりゆきは、現代世界の基礎知識的なものがあるから、こっちの行動やらなにやらがバレバレなんだろう。ある意味フローリアよりも的確に読まれてる場合があるな。
「それじゃ私も右手中指に……ん、なるほど。指を通すと自動的にサイズがフィットするのね」
「そりゃまあ。実際の指輪みたいにサイズ図って……とか、そんな手間かけられないし」
「よし。それじゃあ後で召喚してみるか」
「後だな、その指輪にちょっと機能が追加してある。ストレージ機能とスクショ機能だ」
「え、スクショ? これで? 小型のカメラみたいに使えるの?」
俺は以前フローリア達にやったスクショの説明をゆきにもした。ただ、ゆきは当然ゲームのスクショ機能をしっていたので、この指輪をつかっての操作を教えるとすぐに理解した。ビューワ機能もすぐに理解してくれた。こういう部分は本当に楽だ。
そんな感じで話をしていた時、視界にうつっていたミズキたちが呼んでいるのが見た。
「なんかミズキたちが呼んでるな」
「ホントだ。手頃なクエストでも見つかったんじゃないの?」
「じゃあ行ってみるか」
どうしたと行ってみると、案の定ほどよいクエストが見つかったと。内容的にはB++の難易度だが、俺のようなAランク冒険者が同行すれば、DランクのミズキもBランクまでは受注可能。なのでBランクの中でも一番上のB++を選んだらしい。
「それで、クエスト内容は?」
「ここから少し離れた所にある村の近くに、獰猛な飛龍……おそらくはワイバーン種が住み着いて、畑や家畜、時には人をも襲うので退治して欲しいとの事」
「……え? それって、結構な大事じゃないのか?」
そう思ってエレリナとフローリアに意見を求める。この彩和においての判断はエレリナがわかると思うし、ある程度の災害に関しては王女であるフローリアの判断がいいと思ったからだ。
「確かに少々問題になる案件かもしれませんが、おそらくこれの為に動こうと思う者は少ないでしょう」
依頼用紙を見ながら、そうエレリナさんは言った。
「どういうことですか?」
「この依頼の村は、国にとっての価値が無い……と、判断されているのでしょう」
「価値が、無い?」
「はい。ここから離れた山村で、村人も少ない。小さな村からの依頼なので報酬額も少ない。これを受けても、費用や損害を考えるとたとえワイバーンを倒しても、良くて差引ゼロの結果という感じに……」
「なるほど、わかった。もういいです」
エレリナさんの言葉についムキになって、むりやり言葉を切った。別にエレリナさんの考えが間違っているとか、そういうことではない。ただ自分の勝手な尺度では、我慢できなかっただけだ。
「これを受ける。行きたくない人は行かなくてもいい」
エレリナさんの持っていた依頼用紙を手にして、カウンターは向かう。ミレーヌはまだ冒険者登録してないので参加はしないが、召喚獣のホルケがいるので着いてくるようだ。結局ミレーヌ以外はクエストに同行することになった。
受付で手続きをすませ、冒険者組合を後にする。
さて、出発の準備をしようか……と思っていると、フローリアが近寄ってきた。
「カズキ、顔が怖いままですよ」
「……すまん」
「先程の事で、少し気が立っているのですね」
「あ、ああ、そうかもしれんな」
そうかもなどと言ったが、実際はその通りだった。やはり近しい人に、仕方ないとはいえ相容れないような考えがあると思うと……。
「……まったく。ダメですよカズキ。ちゃんと話を最後まで聞かないから誤解したままじゃないですか」
「え? 誤解?」
「そうですよ。このワイバーン退治のクエスト……受けようと言い出したのはエレリナなんですよ」
「え……」
驚いてエレリナさんを見るが、少しバツが悪そうに視線をそらす。
「先程エレリナは、クエストの説明を世間一般の意見を述べていただけです。エレリナ自身は、このクエストを見つけてすぐにでも駆けつけたいという心持でしたよ」
「そう、だったんですか……」
恥ずかしい。つい頭に血が上って、つまらない勘違いをして。
「あ、あの、すみませんエレリナさん。俺……」
「いえ。きちんと伝えられなかった私の責任です。申し訳ありません」
おまけに頭を下げられた。あああああ、恥ずかしい、申し訳ない!
「悪いのはこちらです、済みません! お詫びに何でもしますから……」
「何でも? 今、何でもとおっしゃいました?」
「えっ」
何このすんごい聞きなれた返し方。はッと思いゆきを見ると、ニヤニヤ笑っている。うわ、この切替しはゆきの入れ知恵か。
「それではカズキ様。クエストが終わった後にでも、私からのお願いをお伝えしますね」
「……はい。えっと、お手柔らかにお願いします……」
「わかりました。……ふふっ」
俺はその時、出会ってから一番いい笑顔を見せたエレリナさんを見た。
いい笑顔って何かって? アレですよ。フローリアとかがよく見せる、あっちの意味でいい笑顔、ですよ……。




