72.そして、努力の報われ方を知る
「貴様! ゆきを賭けて俺と勝負しろ!」
突然目の前の……こいつ名前なんだっけ? 名乗ってないよな。
「何でだよ。というか、お前誰?」
「俺を知らないなんて失礼なヤツだな。俺は柳生シンヤという。覚えておけ」
柳生? あの歴史モノのゲームや物語に出てくる、あの柳生か? これが?
「柳生の血筋も気の毒に……」
「なっ……なんだその言い草は! もう腹に据えかねた、勝負しろ!」
「あ、いやです。面倒臭いんで」
「……はは! 俺に恐れをなして逃げるか、臆病者め」
こういう都合のいい解釈が出来るってことは、ある程度利口なんだろうなと思うんだよ。でもその利口具合って都合のいい方向にしか働かないんだよな。
どうにか穏便に、というより早々に切り上げたいなと思っていると、今まで様子をみていたエレリナさんがすっと前に出てきた。
「お久しぶりです、シンヤさん」
「何だお前は……って、ゆ、ゆらさん!? ……いつ此方に……」
声を掛けてきたのがゆらさん──エレリナさんだとわかると、途端にシンヤは狼狽しはじめた。ゆきが大好きなお姉さん登場に、困惑してるって感じなのか? そんな疑問に答えてくれたのは、その妹であるゆきだった。
「お姉ちゃんって、この辺りでは最強の一角と呼ばれるほど強いの。無論シンヤなんて、まともに相手にすらしてもらえないほど」
「確かにエレリナさん、強かったもんなあ」
「へ? お姉ちゃんと戦ったことあるの?」
「ああ、以前少しね。戦ったというか、実力テストをされたんだよ」
「実力テストって……なんか久々に聞きましたよ、その単語」
そう言いながら、苦虫を噛み潰したような表情をする。もしかして、勉強苦手だったのかな。
そんな俺達の会話を聞いていたシンヤが、にやりと笑った。
「なるほど! つまりゆらさんは、あの男の実力の程をここで教えてくれるというのですか。それでどうしたか、あの男の実力は?」
「……本気の勝負では、まるで相手になりませんでした」
そうエレリナさんが言った瞬間、組合内の空気が弛緩した。そこかしこから「やっぱりな」「だろうと思った」みたいな声が上がる。
「はははは! やはりそうですか! 所詮あの男に……」
「私の完敗です。絶対に超えられない実力差を見せ付けられました」
「ゆきはふさわしく…………は?」
そして流れるような静寂。エレリナさんって、絶対わざと遠まわしに言ったよね。
話を聞きながら、となりにいたゆきも信じられないという顔をする。
「ねえ、そんなに実力差があったの? 身内贔屓じゃないけど、お姉ちゃんってすごく強いよ?」
「あー……まあ、分かりやすく言うと公式チートした。GMキャラに切り替えたんだ」
「うっわ、それは無理だ。だってGMってイナーシャルキャンセラーが搭載されてるんでしょ?」
「どこのロボットだよ。でもまあ似たようなものだ。武器が触れた瞬間、その移動ベクトル値が全部0になって、座標固定される効果がある。それでエレリナさんの武器はすべて防いだ」
「本当に公式チートね」
二人でメタな裏話をしている間、組合内の人間やシンヤたちは、エレリナさんの言葉を信じられずに騒然となっていた。
「ゆらより強いだと……」
「絶対超えられない差って何だそりゃ」
「あの剣持ってる子、お兄ちゃんとか呼んでたぞ」
「それじゃあの子も凄く強いのかよ」
「俺は行かず後家に踏まれたい」
「強くてハーレム野朗なんて反則じゃねえか」
……なんか変なのが混じってる。多分俺とは分かり合えない人種だ。
「冗談、ですよね? ゆらさんより強い? それも、ずっと強いなんて……。それでは十兵衛殿よりも、強いと公言されていると同じですよ!?」
「そう言っているのです。カズキ様は私やお父様よりも、遥か高みにいます」
それを聞いてがっくりと崩れ落ちるシンヤ。よほどエレリナさんより強いということが、ショックだったのかまったく立ち上がろうとしない。
「……あれ、いいんですか?」
特に不憫だと思ったわけではないが、自分に関係することであんな風になられると、困惑するというか迷惑というか……とりあえず、どうにかして欲しい気がする。なのでエレリナさんに聞いてみた。
「構わないかと。シンヤさんは柳生の次男ですし、一族は長男のミツヨシさんがおりますので」
「えっと、なんか物騒というか、ざっくりというか……」
「事実ですので。ゆき曰く『ふぬけた次男坊のぼんぼん』だそうですから」
「ひどいこと言うなぁ、ゆきも」
「…………おい」
「ん?」
今、何か聞こえたような気がする。そう思っていると、崩れ落ちていたシンヤが立ち上がった。
「お前が本当に強いのか、ゆきに相応しいのか、俺が確かめてやる。俺と戦え!」
なんか勝手に盛り上がっていた。どうやらゆきへの恋心だけは本物みたいだけど、それ以外がどうにも空回りしすぎてる気がする。
「あんた、いいかげんに……」
「待て」
いいかげんにしろと怒鳴ろうとしたゆきを俺が止める。
「わかった。その勝負、受けてやる」
冒険者組合に併設された闘技場へ来た。こういった場所があるのも、他の冒険者ギルドと同じか。
さて行こうと思った俺に、ゆきがこっそり話しかけてきた。
「ねえ。私が言うのも何だけど、どうして勝負受けたの?」
「そうだな……多分、自分を納得させたかったから、かな」
「納得? 何に?」
「……色々だよ」
「?」
俺の言葉にゆきは不思議そうな顔を返す。近くで話を聞いていたミズキたちも同様だ。これに関しては多分俺にしかわからないこだわりみたいなものだと思ってる。
闘技場内に入り、中央へ歩いて行く。シンヤは先に待機していた。そしてエレリナさんが、この勝負の審判をしてくれる。よほどここでは信頼されているようだ。
「双方よろしいですか?」
「ああ、いつでもいいぜ」
「はい、いいですよ」
「では……始め!」
開始の合図を叫び、一足飛びで壁際まで下がるエレリナさん。それと同時に踏み込んでくるシンヤ。そこそこのスピードに斬撃。確かにその辺りの冒険者なら、十分強いレベルだろう。
だがこちらのステータスに比べると、かなり劣っているのが目に見えてわかる。切りかかる刀を、こちらも同様に刀で受ける。とはいえ無名の刀で、パラメータ的には店売り予定だった汎用武器だ。
「なっ!?」
「これで終わりか?」
「ふ、ふざけるなああああ!」
刀を引いて下がるシンヤ。だが、その下がるシンヤにぴったりと肉薄して俺は前へ出た。
「ッ!?」
「これで終わりだ」
シンヤの刀を持つ手を、少しばかり力を籠めて蹴り上げた。骨がきしみ、少し砕ける感触を足から感じる。
「ぐあああああああっ!?」
持っている刀を取り落とし、残った手で軽く砕けた手をかばうように握る。
俺はすぐさまエレリナさんを見ると、その視線に気付いたエレリナさんが判定を下す。
「しょ、勝者カズキ!」
判定の声を聞いた俺は、今度はフローリアの方を見る。こちらの意図をくみ取ったフローリアは、すぐに魔法を詠唱した。
「【荘厳なる聖域】」
すぐにシンヤの周りに光魔法の結界が貼られ、その内部にいる彼の傷がいやされる。この魔法は発動すると、結界内のすべての生物に効果を及ぼす。以前これでフローリアに助けられたこともあった。
効果はすぐにでて、砕けたシンヤの手は何ともない状態に戻った。その手を見て、シンヤは驚き、そして次は悔しそうに握りしめて地面を殴った。
「悔しかったら強くなれ。言っておくが、俺はお前が想像もつかない苦労の末、いまここに立っているんだからな」
「…………そうか」
そう言ったきり、シンヤは無言で刀を拾い闘技場を後にした。
俺もそれに続くわけじゃないが、武器を収めて闘技場を後にする。そんな、誰もが話しかけづらい状況だが、ゆきが少し遠慮がちに寄ってきた。
「えっと、納得……できた?」
どうやら勝負の前に言ったことを、気にしてくれているようだ。
「どうだろう。でも、少しだけ」
「……そう」
「ゲームや小説に出てくる憎まれ役ってさ、その場を盛り上げる為に出てくるけど、それで終わり。こてんぱんに打ちのめされて、見てる方はスッキリするかもしれないけれど、その後はどうなんだろうって。多分だけど、どんな人にだってその後の話があるんじゃないかなって、いつも思っていた。彼にも……」
先に出て行ったシンヤの方を見る。少し遠い所を歩いてる姿が見えた。
「彼にもきっと人生がある。今まで積み重ねたきたもの、積み重ねてこれなかったもの、全部背負っての人生の続きが。そういうのを、俺が完全に壊しちゃうのって、何か違うんじゃないかと思ってね」
「やりすぎはダメだって事? そのわりには、何か説教じみてたけど」
「まあね。確かに俺はこの世界のルールでは異端だ。チートの塊で、ずるばっかりしてると言われても仕方ないかもしれない。でも、その状況になるまで俺は俺の世界で努力してきたから。自己満足で自分勝手ない言い訳だけど、プログラム組んでゲーム開発して運営して、それがどれだけの労力を費やしての結果なのかは俺にしかわからない。少なくともその努力量は、この世界で強くなる努力量に負けてないつもりだ」
そこまで言って少しばかり照れる。まあ、普段から仕事すごく頑張ってるぜ、なんて言える訳ない。でもこんな時くらい、胸を張ってもいいかなと思ったわけだ。
「そっか。……うん、いいじゃない? 私もLoU楽しかったから。それってお兄さんたち開発スタッフの努力の結果でしょ?」
「まあ、そうだね。……はは、ユーザーに褒められるとやっぱまだ照れるな」
「そっか。じゃあ、別の褒め言葉を進呈しようか。おーい、みんなー。もう来てもいいよー」
ゆきがそう呼びかけると、少し離れてついてきたミズキたちが笑顔をかかげて走ってくる。そうか、こいつらにも気を使わせたな。
「お兄ちゃん、すごかった! やっぱり強いね!」
「恰好良かったですわ。それにお手伝いも出来ました」
「カズキさん! 凄かったです!」
「良かったです。また手合せをお願いしたいと思いました」
口々に感想を言ってくる。それが今までの結果を褒められているようにも感じた。
だから俺も、気持ちを言葉にしないといけないな。
「皆、ありがとうな」
「はい!」
また少しだけ報われた気がする今日この頃だった。




