71.それは、真なるテンプレです
どこぞへ軽く拉致されたゆきが戻ってきた。そうそう、戻ってきた時にフローリアから、
「彼女も同じ仲間で同志です、なので今後は名前を呼び捨てるようにして下さい」
と言われた。なるほど、そっちの話をしてたわけか。
次は何かアクセサリ的な小物でも見に行くのかと思ったが、時間的にお昼ごろらしい。この国では食事回数はどうなのかと思ったが、普通に朝昼晩の三回だった。確か歴史で習ったとき、一日三食の習慣は江戸時代からと聞いていたが、どうやらそうじゃないようだ。
元々江戸時代から三食になったのも、確か物資の流通が良くなったからだったはず。ならこの世界では交易も盛んだから、食文化も思ったよりは発展してるのかもしれない。
「ところで、お昼は何を食べるんだ?」
「希望とかある? って、きっと彩和っぽいモノとかいいそうだけど」
ゆきの言葉に頷く一同。そうなると、純粋な和食系かな。
「んー……それじゃ、少しありきたりだけど、寿司なんてどうかな?」
「寿司ですかッ!?」
“寿司”というワードに、フローリアがえらく食いついた。なんでだろうと思ったが、思い返すと以前現実の世界へ行った時、回転寿司に入った事があったのを思い出した。
「えっと、フローリア様は寿司はご存知なのですか?」
「フローリア、で結構ですよゆきさん。それで寿司ですが、以前カズキと一緒に食べたことがあります。マグロの赤身がとても美味しかったです」
「確かに。マグロの赤身は寿司の基本だもんねぇ」
「ただ、フローリア。こっちの寿司は回ってないからね」
「そうですか。それは少し残念ですけれど、回る寿司は今度またカズキにお願いします」
フローリアにとって寿司屋とは、あの回転寿司しか知らないハズだ。なので回ってないのを見てガッカリする前に釘をさしたのだが、その回る寿司を知っている人物がもう一人いた。
「もしかしてお兄さん、フローリアを回転寿司に連れて行った……?」
呆れたような目で見られた。正確な事を言えばデパートを色々見たし、ミズキも動物園に連れて行ったりしてるんだけど、さすがに言わないでおく。
「よし、じゃあ皆お寿司を食べようかー」
「……なんかまたベタなごまかし方してるけど、まあいいわ。入りましょ」
ゆきに続いて皆店に入っていく。どうにもゆきは現実知識があるから、言い回しとかネタとかバレるというか何と言うか。少なくともLoUを遊んでいたっていうのなら、ゲームやネットに関しては素人じゃないから、そういう方面にも結構精通してるんだろう。
寿司屋ではカウンターにすわり、とりあえず全員10個セットのにぎりを注文。その後は個人で興味あるものを、という形にしたのだが……どんな寿司か知ってるか知らないかが半々なので、俺とフローリア、ミズキとゆき、ミレーヌとエレリアさんが隣に座って時々教えながら食べた。追加の寿司も食べて、まとめて会計を済ませて店を出る。中々に好評だったが、フローリア、ミズキ、ミレーヌがお試しでわさびありの寿司を食べたときはちょっと面白かった。忘れてくださいと睨まれたけど。
その後は、食後ということで近くにあった小物屋へ入り、少しばかりのんびりした。例の如くミズキ達三人はあーだこーだとワイワイやっているが、今回それに付き添ったのはゆきだった。
長椅子にすわって休んでいる俺の横にいるのは、エレリナさんであった。最初はたっていたのだが、周囲の体裁も悪いので座ってくださいとお願いした。
「まさかゆきまでもが、カズキ様とそういった関係になるとは、思ってもおりませんでした」
「いや、まだそういう関係になったワケでは……」
「ではお手つきでしょうか」
「ちがいますっ。そんな段階にすらなっていません」
「冗談です」
しれっとからかわれてしまった。愛する妹が取られたのでちょっとした仕返し、みたいな事なんだろうか。
「エレリナさんは、妹が……ゆきが大好きなんですね」
「カズキ様も、妹を、ミズキ様が大好きなのでしょう?」
「改まってそう聞かれると照れますけど……そうですね。とても大切で、大好きですよ」
「そういうものです。妹というものは、何者にも換えがたいものなのです」
そう言って向ける視線の先は、ちょうどその妹であるミズキとゆきが、手にした小物をお互いの髪につけるような仕草をしていた。髪留めかなにかだろうか。
「そんな大切で大好きな妹を、カズキ様は私から奪おうとしているのです。これはもう、とてつもない代償を支払っていただかないといけませんね」
「へ? あ、いや、それは……」
「おまけに私が仕えると誓ったミレーヌ様までもを、自身のモノに致すと。こうなってしまった以上、私がとるべき道は……」
「まってください、色々早まらないで!」
「とるべき道は、新たなる領主様とその奥方に仕えるメイドしかありません」
「ああ、そっちなんだ」
「何だと思われましたか? もしかして、私もカズキ様の側室希望をすると思われましたか?」
「いやその、つまり……はい」
今までの流れ上、単純にそうなると思っていた。短絡的思考を見透かされたようで恥かしい。
「私自身、カズキ様を尊敬はしておりますが、特別な親愛の情を持っておりません。それ故に、側室とかそういった発想はありませんでした。もしカズキ様が希望されるのでしたら構いませんが、それでも多分私はメイドをしてますよ」
「うん、なんか分かる気がする」
もしエレリナさんを妻にしても、朝からメイド服を着て家事全般を率先してこなし、他の雇われメイドが真っ青になって止めようとする光景が、ありありと思い浮かぶのはなんでだろう。
それにしても……今の会話でも思ったが、以前から気になっていたことが一つある。
「あの、エレリナさん」
「なんでしょうか」
「前からお聞きしたいことがありまして。その、何故エレリナさんはミレーヌにそこまで忠義を尽くすのですか? 普通であれば主君である松平様に尽くすべきところですよね」
「……私が、ミレーヌ様に恩義を感じているからです」
「恩義を? それはいったい……」
「お兄ちゃん、エレリナさん。買い物終わったよー」
「あ、ああ」
話の途中でミズキたちが戻ってきた。エレリナさんの反応を見るに、話すことはさほど問題があるわけではなさそうだ。
「カズキ様、続きはいずれ」
「あ、うん。その時はよろしく」
「ねえお兄ちゃん。私、こっちの国のクエストとか見てみたい」
「クエストか……どうだろう。大丈夫なのかな?」
こちら彩和で、グランティルやスミフェアと同じように、冒険者ギルドのような場所へ行ってクエストを受けたりできるのだろうか。まあ、ゆきとエレリナさんは大丈夫だろうけど。
「大丈夫だと思います。冒険者ギルドという組織は、この彩和においても運営されております。その中核であるギルド間での情報網は、他の国でも共通になっております」
「それじゃあこっちでクエスト受けて、達成して報酬受け取ったりとかは、いつものギルドカードでも可能ってこと?」
「はい。少なくとも彩和においては、何の問題もありません」
「そっか。それなら、少しこっちの冒険者ギルドを見てくるか」
「じゃあまた私が案内する。こっちでは『冒険者組合』って呼ばれてるよ」
ゆきの案内で冒険者ギルドあらため、冒険者組合にやってきた。
外観はやはり和風家屋だが、一度中に入るとそこに流れる空気は万国共通。先頭のゆきを見た冒険者達は「狩野の所の娘か」という感じだったが、続いて入る俺には「知らん顔だな?」、ミズキには「どこのお譲ちゃんだ?」、フローリアには「なんか上品なお譲ちゃんだな」、ミレーヌには「……お使いか?」、エレリナさんには「メイド? ……いや、どっかで見たような……」という、困惑満載な視線が送られてきた。
「ゆきさん、こんにちは」
「こんにちはー。今日はちょっと知り合いを連れてきたんだ」
「知り合いですか。……あれ、そちらのメイドさんはもしかして……」
ゆきの知り合いらしき受付嬢が、エレリナさんを見て何かに気付く。
「ええ、久しぶりね」
「やっぱりゆらさん! お久しぶりです!」
受付嬢の言葉に、周囲で様子を伺っていた冒険者達からざわめきが起こる。そして俺達に視線を向ける冒険者達は、とたんに話題をその一点にする。
「ゆらだと? いつのまに帰ってきたんだ」
「というか何だあのパーティーは。全員冒険者か?」
「いやまて。さすがにあそこの子は年齢制限で冒険者登録できないだろ」
「狩野姉妹以外には、あの男くらいか」
「でもあっちの女の子は腰に剣を提げてる」
「行かず後家が帰ってきた」
「あの野郎ハーレム気取りか爆発しろ」
おい最後の二人、なんか言動がおかしいぞ。特に後ろから二つ目、エレリナさんがすごい睨んでるぞ。
「それで、本日はどうなされましたか?」
空気をいい意味で呼んでくれた受付嬢が、ゆきとエレリナに話しかける。この辺りの配慮ができるかどうかってのは、どの国のギルドでも変わんないな。
「えっと、実はね……」
「ゆきじゃねえか。今日はどうしたんだよ」
話しだしたゆきの言葉を、別のところから声がが遮る。何だろうと思って声の方を見ると、腰に刀を携えた男が笑みを浮かべながらこちらに歩いてくる。
「……テンプレ?」
「テンプレです。しかも、しつこいタイプ」
短いワードでの会話をする俺とゆき。それだけで理解した。ゆき目当てにからんでくる、ガラの悪い冒険者ってヤツだな。そしておそらくソレ相応の地位がある人物の息子とかだ。
そんでもってベタなのは、こっちにグランティル王国の王女がいるって段取り。多分この後の展開は、水戸の印籠みたいにフローリアの立場を明かし、この場を収めて終わりってとこか。
まあいいや、とりあえず静観しとこう。どうせなんとでもなるか。
「何ごちゃごちゃ言ってるんだよ。それよりゆき、そろそろ俺のモノになる気はねえか?」
「……ハァ。なんで自分よりも弱い男のモノにならないといけないんですか」
「バカ言うな。まともにやれば俺の方が強いに決まってるだろ」
呆れた顔で言い返すゆきに、すまし顔でいう男。なんというか、出来すぎたテンプレで、逆にちょっとばかり続きを見たくなってしまう。
「……アレ、かませなの?」
「ドかませよ。私に闇討ち不意打ちばかりしかけて、全部返り討ちにしている。だから事実上まともにやりあったことがない=まともにやれば勝てるっていうトンデモ理論を展開中」
「うわー……一周回って興味あるー……」
「おい、お前」
ゆきとこそこそ話してると、目の前の男が話しかけてきた。
「お前何者だ。俺のゆきと何話してんだよ」
「誰がアンタのよ」
「俺はカズキ。海の向こう、グランティル王国の冒険者で……」
そこまで言った瞬間、ふいにゆきに引っ張られた。それと同時にゆきが俺の腕に抱きついてきた。あ、この子以外と胸ある。そんな事で一瞬言葉が切れたところに、ゆきが口を開く。
「私の将来の旦那様よ!!」
「なん……だと……」
おいおい、返答までテンプレかよこの男。……じゃなくって! 何を言い出してるの? ここはそういう展開じゃなくて……そう思いフローリアを見るのだが。
「そうですか、胸ですか」
「お兄ちゃんも、胸なんだ」
「カズキさん、私頑張ります」
「ミレーヌ様、私も応援いたします」
おおう。なんか違う緊急イベントが発生してる。俺この冒険者組合に何をしに来たんだっけ……。




