70.そして、新たに志すもの
続いてやってきたのは細工飴菓子の屋台。可愛らしく作り上げられた飴が綺麗に並び、皆がそれを興味深く見ている。特に種類が多いのは動物のようだ。
どんなものがあるのかざっと見て、俺は近くの縁談のところに行って座る。ミズキたちは文字通り女子三人で姦しく楽しんでいる。エレリナさんは、少し下がってその様子を見ており、ゆきちゃんは……こっちに来た。
「飴細工なんて、最近じゃお祭りの屋台でも中々見ないよね」
「そうだな。子供のころのお祭りの屋台って、今よりもっと気軽だった」
「……ねえ、あれ何してんのかな?」
いわれてミズキ達の方を見ると、ミズキがなにやらペトペンを抱っこして、屋台のおじさんに見せていた。それをみながらおじさんは、飴をこねくり回して形を作っている。よくよくフローリアとミレーヌの手を見ると、それぞれ小鳥とオオカミらしき飴を持っていた。
「たぶん自分のペット召喚獣と、同じ動物の飴が欲しかったんだろう。でもミズキのペンギンは、俺が特別に実装したから俺ら以外だと、王都の広場に遊びに来る家族くらいしか知らないんだろう」
「ペット召喚獣? それって実装予定があったって噂のペット機能?」
「そんな噂あったのか。ペット機能は、愛玩用と戦闘用の二種類カテゴリがあって、それぞれ登録できるって予定だったんだけどな。今はその区分けは無くしてあるが」
「へー……」
ペンギンを見た屋台のおじさんも、さすが職人なのかどんどんと飴を練り上げていく。少し離れているから細かくは見えないが、ペンギンっぽいシルエットが出来上がりちょいちょいと加工している。それを見ているミズキの顔を見れば、いい感じに出来上がっていってるのがわかる。
「妹ちゃんのペットはペンギンなのはわかったけど、王女様と王女様のペットは?」
「フローリアは白いセキセイインコ。元々彼女は愛用の白馬がいたから、あまり邪魔にならない小動物にしたんだ。ミレーヌには銀色の狼。シルバーウルフって呼び方すればわかりやすいか」
「なるほど。それはどちらかといえば戦闘寄り?」
「そうとも言えるかな。中身はフェンリルだし」
「……は? フェンリルって、あの神話とかに出るアレ?」
「そう、そのアレ」
「チートすぎない? レイドボス並み……いや、それ以上かな」
「超えるかもな。でも普段はただモフモフな、銀色オオカミさんだぞ」
「モフモフなの?」
「モフモフです」
「……私も何かペット欲しい」
「まあ、そうなるよな」
ミズキたちを見ると、なんか色々作っているるらしく、まだ戻ってくる気配はない。なのでもう少し話すことにしよう。
「何がいい? ゆきちゃんならLoUの事もそうだけど、現実世界も知ってるから自由に選んでいいよ」
「んー……今のところペンギンとインコとオオカミか……。それなら……あっ! ペガサス! ペガサスって無理!?」
「いや無理じゃないけど、どこから出てきた?」
「思いついたのは、王女様には白馬がいるって聞いたから。それに多分、一緒にいるなら愛玩用より戦闘用がいいけど、実戦力より移動手段もいいかなーって。それで絵になるのはやっぱりペガサスかなと」
「そうか。ペガサスなら確か仮データがあったはずだ。実装の予定はなかったけど、デザイナーさんにデータは作ってもらった覚えがある」
「他には何か作ったの覚えてる?」
「後はそうだな……ペガサスと一緒に、ユニコーンとバイコーンは作ってもらったかな。他は……そうそう麒麟とナイトメア」
「なるほどね。そうなるとやっぱりペガサスかな。出来る?」
「出来るよ。多分データはあるから、追加パッチにデータを組み込んですぐ出来ると思う」
ゆきちゃんのペットリクエストを聞いてる間に、どうやらミズキたちの買い物も終わったのか戻ってきた。その手には細工飴があり、どうやら食べる前に見せたいらしい。
「お兄ちゃん、コレ見て。ペトペンそっくりでしょ!」
「お、本当だ。あのおじさん、ペンギンなんて初めて見たのに上手だな」
「それでね、こっちは……ホラ、万歳してるペトペン!」
格好的には、万歳をするように手を上に伸ばしてるペンギンの飴細工。こちらも随分上手だが、どうやら飴職人の魂に火がついたのか、えらく精密に作られてる。……飴なのに。
次は着物を見たいとの声により、いわゆる呉服屋と呼ばれる場所へ。ゆきちゃんがこっそりと教えてくれたが、内容的には現実世界とあまり変わらないらしい。
そして、どの世界どの時代でも同じなのか、買い物をする女子パワーに圧倒されてた。なので早々に逃げ出して、具服屋の店前にあるこれまた縁台に腰を下ろした。おそらく、この縁台は具服屋に来た女性のつきそい男性が、こうやって買い物待ちをする為のものだろう。
まあ、暫くはここで足止めかなと思っていると、店の中からゆきちゃんが出てきた。
「はは、お兄さんはやっぱりここか」
「まあね。どの世界でも買い物する女の子には圧倒されるな」
俺のぼやきにハハハと笑いながら隣にすわる。そして俺の方をじーっと見てくる。その視線に不快感は感じないけど、どんな意図があるのかはわからない。
「なんかお兄さんって、変な言い方だけど普通だよね」
「……それはアレか。もっとチートな能力を全開して、無双したりしないのかって事?」
「まあ、ぶっちゃけそんな所かな。言ってしまえば、この世界において神みたいなものでしょ」
「そう言われるとまあ、間違いではないけど……うん、そうだね。それに答える前に、俺の質問にも答えてくれるかな?」
「いいよ、何?」
了承してくれた彼女を見ながら、俺は以前聞きたいと思った事を問いかける。
「ゆきちゃんは……」
「うん」
「『Live on Universe』楽しかった?」
さりげなく聞けたと思う。けれど俺の心臓はドクドクなりっぱなしだ。今までユーザーに、直接こんな事を聞いたことはない。
きっと悪い返事はないだろうとは思うけど、やはり声を聞くまでは不安でしょうがない。ともすれば聞かなければ良かったと、聞いた直後に思ってしまったりもする。
そんな彼女からの返答は、
「楽しかったよ。決まってるでしょ」
実にあっけなく、でも嬉しい返事だった。
それだけで色々と報われた気がするのは、やっぱり製作スタッフだからこそっていう部分が大きい。運営サービス中も、イベント一つで絶賛されたり非難されたり。ネットなんかで評判を見るたびに、こちらも一喜一憂した生活を送っていた。
「それに、私がLoUを好きだからこの世界に来れたんだと思う」
「……え? それはどいう……」
「よく覚えてないけど、多分私は転生するときに……神様に会ったんだと思う。言葉じゃない何か意思みたいな力で、別の世界へ転生するって教えられた。その時願ったのは、LoUみたいな世界があればいいなって事だった」
「それがこの世界……?」
「わからないけど多分そう。だから私はLoUが好きで、この世界も好き」
「……そうか。ありがとう」
「うん」
俺の感謝の言葉に、彼女は頷いてくれた。そのたった一言の返事は、俺にとって最高の賛辞だ。
だからこそ、だ。
「それじゃあ俺からの返答だな。俺がチート無双してない理由は……」
「うん、わかってるよ」
答えようとした俺をゆきちゃんが止める。言わせないというよりも、もう言ってくれたよみたいなニュアンスだ。
「お兄さんもこの世界が好きなんだよね。だから少しくらいは色々と弄るけど、根底から物事を覆すような無茶はしたくないんでしょ?」
「うん、そうだよ」
的確に言い当てられた。
この世界に対しての俺の考えってのは、あまりにも特異すぎて理解できない事象だ。でも彼女自身が持つ、俺とは違う特異な理由ゆえに、それを理解してもらえた。
なんか、素直に嬉しい。
「やっぱりゆきちゃんは特別だな。LoUや現実の知識があるって事もだけど、ちゃんとそれを踏まえて考えてくれるから意思疎通しやすい」
「……もしかして、遠まわしに口説いてる?」
「あー……そんなつもりはなかったんだが……。そうか、周りからはそう見えるのか」
別段口説いてる意識はなかったが、異性に向かって褒めて特別だ何だと言ってれば、そうとられても不思議ではない。これが彼女以外なら、そういうセリフなどにも疎くてよけいそう感じるのだろう。
「でも。そうだね。いいよ」
「は?」
「よかったらだけど、もっと仲良く、より親密になっていこう?」
「え、えっと、急じゃない? ゆきちゃんはチョロインじゃないでしょ?」
「急ではあるかもしれないけど、チョロいわけじゃないよ。どっちかと言うと打算まみれかな。だって、この世界でお兄さんより、優先すべき異性っていないでしょ? それにお兄さんにとっても、私の知識と会話って、特別だと思わない?」
「いやまあ、そうだけど」
「ならいいじゃない。はい、決まり! 大体私の中身がこんなんだから、将来結婚とか言われてもお兄さん以外眼中に無いもん」
「なるほど、遂に遠い地でも新たな嫁獲得ですか。現地妻ですね」
「えっ!?」
驚いて声の方を見ると、いつの間にか買い物が終わったフローリアたちがそこに居た。
だがその顔は、いつものこういう展開のときと違い、何か笑顔を纏っている。心境を覆い隠す笑顔ではなく、何か思い含めたものを満たしているような、そんな笑顔を。
「えっと、フローリア?」
「大丈夫ですよ、新たな領主様であり私の将来の旦那様であるカズキ様? 少しばかりゆき様とお話したいので、ちょっと失礼しますね。ささ、ゆき様こちらへ……」
「え? え?」
左右の腕をフローリアとミズキにつかまれ、背中をミレーヌにおされ、ゆきちゃんはちょっとした物陰に連行されてしまった。なんだろう、何もいえなかった。
おかげで俺とエレリナさんは、この場に残されてしまった。ミレーヌの警護いいのかなとも思ったが、ミズキと妹のゆきちゃんがいるから安心なのか。
とりあえず戻ってくるのを待つかなと思ったとき、エレリナさんが此方を見て言った。
「あの、前にもお聞きしたのですが……私は、将来カズキ様に『お義姉さん』と呼ばれるのですか?」
「あー……えっと、どう、なんだろうね。ははは……」
前回、俺は確かキッパリと否定したはずだった。なのにもう曖昧な返事しか出来ないことに、ちょっとだけ不甲斐無さを感じてしまっていた。
なんか俺、女たらしに見えてないか?




