7.それは、大好きという
大好きなのはいいことだ。
「まったく、お母さんってば……」
再びログインして戻ってくると、先ほどログアウトした場面に戻ってきた。感覚的には、小説とかに出てくるVRMMOとかにセーブ/ロード機能があったら、こうなるのかな……という感想。まあ実際は、MMOという分野でプレイヤーが任意にセーブとか無理だけど。
とりあえず今回はミズキを連れて行かずに、行き来できた。一回連れて行ってしまったから、次にこっちが行き来すると何か変な影響がないか心配だったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「……別にそんな、お兄ちゃん子ってわけでも……」
なにやら顔を少し赤らめたミズキが、ぶつぶつと文句を漏らしながら戻ってくる。母さんにからかわれたのが、そんなにも気になったのか。まあ、それも微笑ましいものだ。
その後は両親とミズキ、家族四人で食事+ミズキの誕生日祝いをした。無論、LoUにはこんなイベントもギミックも存在しない。やはりこの世界はLoUと酷似してるけれど、そこからちゃんと意思をもった別の世界として成り立っているような気がする。
俺は改めて自分に関して以外のデータなどの調整を、より一層慎重に向き合わないといけないと感じた。無論、何もいじらなければ一番安定すると思うが、きっと色々とやりたくなるんだろうな。
その辺りの性分は、プログラマー……というか、物作りを趣味生業にしてるからか。
楽しい食事を終えて、俺は“カズキの部屋”と設定されているらしい部屋でくつろいでいた。そこへトントンとノックの音が聞こえる。
「お兄ちゃん、ちょっといいかな?」
俺の返事を待たずにドアを空けてミズキが入ってくる、まあ、別にかまわないけど変事するくらい待っててくれよ。もし、何か、万が一があったらどうするんだよ。もし、もしもっ、だけどな。
「いいよ。どうした?」
「うん、ちょっとお話したくて」
パタンとドアを閉めると、ポテポテと歩いてきて、そのままベッドに座ってる俺の横に座る。なんか、このちょこちょこした雰囲気が、やはり妹というよりも娘……というか、ペットっぽい。
俺は別にケモナーとかじゃないが、もしネコミミとか生えてたらわっしゃわっしゃしただろう。
「お兄ちゃん、今日はありがとうね」
「ん? 何か特別なことしたっけ」
確かに今日は色々あったかもしれないけど、改まってお礼を言われるようなことはしてないぞ。というか、俺の方は俺の方で色々ありすぎて整理が追いついてないんだけど。
「したよー、一緒にクエスト行ってくれて、誕生日も祝ってくれて……」
「そんなの当たり前だろ」
「あと、その……秘密の部屋の事も教えてくれて……」
「あー……」
ミズキの言葉で思考が少し停止。まだLoUとこの世界についての考えがまとまってないのに、いきなりミズキをあっちの世界に連れて行ってしまった事。これがどんな影響があるのか、まったくもって予測できない。
幸いにもミズキが元気だけど、とてもいい子なのが救いか。まあ、基本的にNPCは素直……というか、決められた行動しかできないから、反抗とかしてこないんだろうけど。
しかし本当に、何と言うか……アレだな。すごい懐いたペットみたいだ。そう思っていると、ついに頭をわしゃっと撫でてしまった。
「わっ、お、お兄ちゃん!?」
「ああ、すまん。なんかミズキが可愛くってな」
「んなっ、なっ、なぁっ……」
お、アワアワしてる。こういう反応見ると、どうしてもNPCには見えない。というか、もうこれ絶対に自我のある人間だよね。やはりもう“ゲームかもしれない”という概念は捨てたほうがいいか。
そんなミズキを見て、そういえば大事なこと忘れていたなあと気付く。
「そうだミズキ、ちょっといいか?」
「え、な、何お兄ちゃん」
俺が話題を切り替えたのに気付いたのか、ミズキも少し表情を改めてこっちを見る。
収納から取り出すしたのは、先程用意した片手剣。少しばかり手を加えてしまったが、まあご愛嬌ということで。
「誕生日、おめでとう」
「………………」
俺が差し出した剣を見て、そっと手を伸ばして受け取る。女の子に武器ってどうなんだって感じがしないでもないが、LoUの世界では15歳で冒険者になった者に剣を贈るのは親愛の証という設定だ。無論、ここがLoUとは違うのはわかっているが、こればっかりはそうしたかったのだ。
渡された剣を受け取ったが、鞘におさまったままじっと見てるだけのミズキ。もしや、ミスったかな……と思った時。
「……ありがとう」
小さいが、確かに聞こえた『ありがとう』の声。その声は、無理な返事ではなく、本当に気持ちが乗っていることに安堵した。
そして剣の能力も説明した。装備してるだけで体力や魔力が回復するとか、全身の能力が高くなるとかそんな風に。実際には何%上がる……とか説明するワケにもいかないしな。
「大切にするね」
「おう。でも使ってくれるのが一番嬉しいぞ」
「もちろん! ずっと大切に使うよ」
剣をしっかりと握り締めたミズキををみていると、この剣についてもう一つやっておかないといけないことがあるのを思い出す。
「そうだミズキ。この剣に名前をつけてやってくれ」
「名前? この剣に?」
両手でしっかり握った剣を自分の目線高さまで掲げて見つめる。愛着ある物に名前をつける習慣は、こっちの世界にはないのかな? というか、剣とかってそれを造った人が命名するものだっけ。
「その剣は他にも特別な機能があってね。名前を付けた持ち主しか扱えないようになるんだよ。あと、もし手放してしまっても、剣につけた名前を言えばすぐに手元に戻ってくるよ」
「そうなの!? なんか、すごいね」
この機能はLoUでのイベント賞品として配布した際、獲得したプレイヤー以外への売買譲与や盗難などを防止するため、運営側で授与するプレイヤーIDを登録していたものの名残だ。
この世界では持ち主が名前をつけることで、同様の登録が出来るという仕様らしい。その辺りは武器の説明文に記載されていた。無論それを見れるのは俺しかいないけれど。
「名前、名前……」
「あわてず、じっくり考えればいいぞ。一度決めたら変更できないからな」
「うん。でもやっぱり誕生日の今日、名付けたいから」
そう言ってうんうん悩むミズキ。なんかお預けくらって、そわそわが押し寄せてきた子犬みたいだ。
そんなミズキをじっと見てると、俺の視線に気付いたのか顔を上げ、そしてにっこり笑う。
「……ありがとう」
「おう」
その真っ直ぐな言葉に、こっちも少しばかり照れくさくなった。
「…………お兄ちゃん大好き」
──瞬間、ミズキの手の中の剣が光った。
あまりにも刹那で、まさに瞬く間にという言葉に相応しき一瞬だった。。
だが、俺もミズキも、それどころじゃないという思考で頭が埋まっている。
今、何が起きた?
今、何て言った?
今、ミズキは何て言った!?
「あああああああぁっ!?」
「ど、どうしたミズキ!?」
剣を握り、その鞘を見つめるミズキが、今日初めて聞く声で絶叫する。
慌てて後ろに回り込み、肩越しに剣を覗き込む。丁寧な彫りの施された鞘の中央に刻まれた文字は。
剣主:ミズキ
これは構わない。剣の主=持ち主がミズキだと登録された証拠だ。
だが、問題はその次にあった。そこには──
剣名:お兄ちゃん大好き
名剣『お兄ちゃん大好き』が誕生した瞬間だった。
なっちゃったのである。