69.それが、心のあるべき形
ゆきちゃんに彩和の町を案内してもらいながら、のんびり観光といくことになった。
フローリアが延々と熱望していた畳は、十兵衛さんがいい畳を融通してくれるとかで、一先ず片付いたのでのんびり見て回っている感じだ。
「皆はなにか希望とかあるの?」
「美味しいもの、何かある?」
「えっと、キモノと言うのですか? 服が見たいです」
「その、何か可愛いアクセサリーとかないでしょうか」
ゆきちゃんの質問に、ミズキ達が間髪居れずに答える。まあ妥当というか、当然という要望だ。
「オッケー、了解だよ。それじゃあ……あっ、まずはあそこだね」
そういって歩き出すのを、ワクワクしながら着いていく10代の女子三人。その後ろを、苦笑しながらついていくのはエレリナさんだ。
「エレリナさんは、今からどこへ行くのかわかりますか?」
「はい。先程の要望の中からですと、まずは甘いモノからだと思います」
「甘いもの……素直に和菓子とかですかね」
「そうだと思います。あ、あの店ですね」
さて、なんだろうか……と推理しようと思ったが、その店の前にはしっかり「あんまき」とかかれたのぼりが立っていた。うん、わかりやすい。でもいいチョイスだとも思った。
「あんまきですか。なるほど、いいですね」
「カズキ様はあんまきをご存知なのですか?」
「ええ、知ってます。緑茶と一緒に頬張りたいですね」
「……カズキさんって、時々妙に彩和に詳しいですよね」
まあ、彩和というか日本文化に詳しいというか。それにしてもそうか、あんまきも三河の名物か。尾張や三河の名物菓子っていうと他には……ういろう、はまだ時代的に早いのかな。羊羹ならありそうだけど、なんにせよお茶と一緒に食べたいかな。あー……でも、ういろうの原材料を考えると、五平餅とかもまだこの時代はないのか。いやまて、逆に新製品と銘打って売り出すという手も……。
そんなことを考えながら、あんまきをいただく。うん、味自体は現実と大差ないな。
「カスタードあんまきとかは、さすがに無いか」
「そうだね。さすがにこの時代設定でカスタードはないかな」
「うお!?」
店先の縁台にすわり、のんびりとあんまきを食べながら、つい口に出した言葉にゆきちゃんが反応した。あの内容できちんと理解できるのは、この世界では今のところゆきちゃんだけだろう。
「私は抹茶あんまきも好きだけど、その場合はドリンクを何にしたらいいかな」
「烏龍茶あたりが無難だけど、こっちの世界には無いのかな」
居酒屋でも、飲むならビール飲まないなら烏龍茶、が基本だからな。
「そういえばさっき、フローリアが王女だって聞いて驚いてたよね。LoUをやってたなら、知ってるんじゃないの?」
「ああ、それね。確かに公式イベントのヘルプNPCだったから、聖王女様は知ってたわよ。でも特設イベントページに描かれてた絵って、祈りのポーズで目を閉じてた女の子だったでしょ。その……」
すっと視線をフローリアに向ける。あ、フローリアのあんまきは白あんだ。
「見た目の印象が全然あの子と違ってたのよね。確かに今は旅行用に、シンプルなワンピドレスを着てるけど、聖女で王女って聞いたら豪華な純白ドレス着て、繊細な銀ティアラ着けて……って思うじゃない」
「まあ、わからないでもないけど……固定観念が強すぎじゃね?」
「日本人の王女様意識なんてそんなもんよ。……なんか睨んでるけど」
「え?」
驚いてフローリアを見ると、なぜかこっちを見ている。正確にはたまに俺をチラ見して、ほぼゆきちゃんを見ているって感じだ。でも何かを言ってくるような感じではない。もしかして、魔眼で何かを見通そうとしているのか?
「ねえ。お兄さんって、フローリア王女の婚約者なの?」
「…………チガイマスヨ」
「うわー、ベタなごまかし方。それって自覚は無いけど、周りを固められて逃げられない人が使う返事だよね」
「おおむね正解。そんなつもり全然ないんだけど、なんか好かれてるっぽいなーって」
「いいんじゃないの? こっちの世界だと、結婚適齢期って15歳くらいだし。私なんて、いきなり17歳だからビックリよ」
「いや年齢の問題っていうよりも、その……ね」
「まあね。私はこっちで生まれ育ったという記憶もあるから、この世界の人間だって思ってるし、それ以外は無いと割り切れるけど」
「……そうか」
いつの間にかフローリアもこっちを見ておらず、ミズキたちとあんまきの食べさせっこをしてた。こういう光景が現実と同じなのは、俺達製作陣のせいなのか、それともこの子たちだからなのか。
元LoUプレイヤーのゆきちゃんと話してたせいか、少しばかり感傷的になってしまった。
「まあでも! お姉ちゃんみたいに、行き遅れるのは勘弁ね」
「おいおい。行き遅れって、それは……」
「だって皆言ってるもん。狩野の行かず後家って……」
微笑を浮かべてちゃかすように言うゆきちゃん。だが、俺は何も返事をしない。なぜなら、
「──そう。誰が言ってたのか、後で教えてもらおうかしら」
「ヒィ!?」
俺でさえも感知できないほど、いつのまにか自然にそこに居たエレリナさん。ゆきちゃんのスペックは知らないが、転生した元プレイヤーならきっとそれなりに高いのだろう。そんな彼女が、一瞬で表情を恐怖に染めた。『夫婦喧嘩は犬も食わない』とは聞くが、姉妹喧嘩もそんなもんなのだろうか。
「えっと、次はまた菓子ですが、今度は見た目も可愛い和菓子を……」
静かに、でも激しく怒られたゆきちゃんが、気を取り直して案内を再開した。少しふらふらとした感じのゆきちゃんに先導され、いろんなお店がならぶ町道を歩いて行く。
俺は列の一番後ろから付いて行く。
「……カズキ」
すっと、隣に来たのはフローリア。その表情には、あまり感情が浮かんでおらず怒っているとも笑っているともとれない。
「えーっと、何かな」
「カズキは私やミレーヌの気持ち、知ってますよね」
「あー……その、なんとなくは察してるかな、というか……」
「よかったです。今の段階で無自覚でしたら、さすがにちょっと困惑しました」
正直俺の方が困惑してるけど。俺ってそんなに、好感度上げるようなイベントやった?
どう返答していいのか困りフローリアを見るが、めずらしく表情を引き締めていて、目線は前を見たままだ。
「カズキが私やミレーヌの想いを、知りながらも何となく躱している様に感じるのは、多分気のせいではないと思っています。その理由はきっと、私たちにはわからないであろうという事も」
内容もさることながら、曖昧な返事もできずにただ静かに話を聞く。
「だから……」
フローリアは立ち止まって、ようやく顔をこちらを見る。その姿に俺も立ち止まる。
「いつか、本音で応えて下さい」
そう言って、また視線を外して歩き始める。俺もそれに並んで歩く。
「私の気持ち、ミレーヌの気持ち、他人の気持ち。そんな物に関係なく、カズキ自身の心で応えて下さい。それがどんな返事でも、カズキの心なら受け取ります」
その言葉を聞いて、不覚にも恥じた。別に彼女たちを見下していたわけではないが、どこか自分の世界と違う夢物語扱いをしていたのだろう。
ゆきちゃんも言っていた。ここが、自分の世界なんだと。だが俺にとって、ここは遊び場であり、自分が好き勝手できるだけの場所だと。ミズキやフローリア達に対する感情も、ペットに対するモノとなんら変わりの無い自己満足の愛情だ。
でも、彼女達にとってのここは、自分であり全てなんだ。
俺はそれを、自覚しないといけないのだろう。
何かを成さなければいけない、そう思う。
「…………フローリア」
「はい」
俺の呼びかけに、僅かに声を震わせて返事を返すフローリア。
こんな小さな子に、ここまでの不安を背負わせるなんて、悪い大人だな俺は。
「少し前に話を聞いた、新街の領主の件……」
「…………はい」
再び霞んだ返事を返すフローリア。それを聞き、ゆっくりと息を吸い込み、
「前向きに、考えさせてくれ」
「…………っ!?」
返事をした。
息を呑む音が聞こえた。
「カズキ……」
「いいかな?」
「……はいっ!!」
元気よく返事をして、笑顔を浮かべて前にいるミズキたちに向かい走っていくフローリア。
その笑顔は、久しぶりに彼女の本当の笑顔を見たような気がした。
後から俺は気付いた。
あれが『聖女の微笑み』だ──と。




