67.そして、改めての訪問団
現実世界での翌朝。時間にして6時をまわった頃合だ。そろそろ起きて、皆に向こうへ戻るための準備をしないといけないかな。そう思っていながらも、いつもの事ながらこっちで寝ると起き難い。このベッドのなれた感触と、寝転がった視界から見える部屋が落ち着くのだ。
「はー……もう少しだけ、寝ていようかな……」
「そうですか。でも、程々にして下さい」
「どぅわああああ!?」
誰も居ないと思ってつぶやいた独り言に、的確に返事をされて本気でおどろいた。あわてて飛び起きると、ベッドの横にいつのまにかエレリナさんがいた。
これが向こうの世界なら、上乗せされまくったステータスで感知できるのだが、こっちの世界の俺は当然ながら超普通人間。なんだったら、あっちの性能に慣れてしまい平均より鈍いかも。
「えっと……おはよう」
「おはようございますカズキ様。それでいかがいたしましょう。起きますか?」
「あー……うん。ちょっと目が覚めたんで起きます」
「わかりました。では私は皆を起こしてきます」
そう言ってエレリナさんは退室していった。……あの人は生粋の超人なんだな。こちらに来ても身体能力はそのままなのか。もしかして他の人も? だとしたらミズキもかなり強いんだろう。喧嘩とか絶対に避けよう、うん。
目が覚めてしまったので、惰眠をむさぼる予定はやめてリビングへ。とはいえ食事は、彩和へ行く前にミスフェアに戻るので、そこで取ることになっている。だから今はリビングで、今日の予定を一通り考えていた。
本来の用事以外にも、フローリアじゃないけど観光して買い物がしたい。そういえば俺が行った場所って、東海地方あたりだったかな。……お城とかってあるのかな。名古屋城とか岡崎城とか。あれ、でも君主が松平宏忠ってことは、名古屋城ってまだ無いのか? いや、前身がある時代か? いやいや……。
「お兄ちゃん、おはよー……ってどうしたの?」
「ああ、おはよう。いや、史実は伝承より奇なりって所かなーなんて」
「……?」
元ネタは英国詩人の言葉だったけど、やっぱり全然通じなかった。そんなことを考えてると、続いて他の子たちもやってきた。
「おはようございます、カズキ」
「おはようフローリア」
「…………おは……ます……」
「ええっと……?」
「ミレーヌ様は朝はしばらくこんな感じです」
なんかミレーヌがローテンション。エレリナさんが補足してくれたが、どうも朝はこんな感じらしい。とはいえ、別にどこか悪いとかではないらしい。逆に、普段は年齢のわりにしっかりしてる雰囲気もあり、こうやってぽやぽやした様子は、年相応にも思えて微笑ましい。
「なんか、これはこれで可愛らしい気もするな」
「なるほど。ミレーヌ様、カズキ様がミレーヌ様に惚れ直したので、第一夫人の席も考慮するとの事」
「本当ですか! よろこんでっ!」
「なんでそんな話に!? あとすっごい寝起きいいな!」
ダメだ。この子にもスキを見せると切り込まれそうだ。しかも今こっちの世界だから、俺は全然何もできないド平民なんだよ。
この後、よくわからない理由でフローリアに睨まれた。それもおさまり、ようやく一度ミスフェアへ戻って彩和行きの準備をした。
さて、それじゃあ皆で彩和へ行こうか。
彩和に【ワープポータル】を繋げる。ミズキ、フローラ、ミレーヌ、エレリナさんの順に入る。最後に俺が入って、転送と同時に閉じる。そして目に広がるのは、先日見た彩和の大衆食堂の裏庭。
「ここはもしや、食堂裏の……」
言葉なく驚く三人とは別に、エレリナさんはあまりにも見覚えのある場所に出て驚いていた。そういえば以前急遽連れてきた時は、一時的に設置した森の中だったか。
一応このくらいの時間で来る予定だと、ゆきちゃんには教えておいたけど……さすがに、指定が大雑把すぎたか。まあいい、エレリナさんもいるから困ることは何もないだろう。
「それでは、エレリナさん。ひとまず……」
ひとまず自宅もしくは、十兵衛さんの所にと言い出そうとした時だった。
「お姉ちゃん!」
建物をまわって裏庭に、ゆきちゃんが笑顔で駆け込んできた。どうやら到着を待っていたのだろう。
「お姉ちゃん!」
「ゆきっ!」
呼ばれたエレリナを笑顔で両手を広げて出迎える。そこにゆきちゃんが抱き着く様に……。
「ハアッ!!」
「せいっ!!」
ぶつかりあって、互いの武器でつばぜり合いをした。
いや、なんでだよあんたら一族は。出会いがしらの挨拶は、命を懸けるのが普通なんか?
というよりゆきちゃん。お前元LoUプレイヤーであっちの人間だろ。おかしいと思わんのか?
数回火花が煌めいた後、間合いをとって二人は呼吸を整える。そして、
「おかえり、お姉ちゃん」
「ただいま、ゆき」
やさしく、しかししっかりと抱きしめあって再会を喜んだ。……最初からソレでいいじゃんよ。
少々置いてけぼりな姉妹再会を見たあと、一度食堂の方へ顔をだしてから狩野家へ向かうことに。
エレリナさん、もとい本名狩野ゆらさんが顔を出すと、従業員として働いてる同派の人達だけでなく、食事にきていた客からもおかえりの言葉をかけてもらっていた。そこで自分が今仕えていると、ミレーヌ様を紹介すると皆がエレリナさんを宜しくと言ってきた。
「エレリナさんは、随分人気なようだな」
「まあね。お姉ちゃんは強いし、優しいし、私の誇りだよ」
ふふん、と自慢をするゆきちゃんだが、そこで少しばかり疑問が湧いた。なのでちょっとだけ小声で聞いてみる。
「えっと、転生しても過去の記憶とか、姉妹の思い出とか、そういうのってあるの?」
「うん、あるね。この狩野ゆきが生まれ育った記憶に、途中から現実の私の記憶が割り込んでるみたいになってる。そんでもって、どれがどの記憶かってのは理解できるみたい」
「なるほど。まあ、その辺りも含めて今後色々話を聞くと思うけど」
「いいよ。こっちも知りたいこととか沢山あるし」
「了解だ。とりあえず……」
「何をコソコソ話しているのですか、カズキ」
小声で内緒話をしている俺達に、フローリア様が声をかける。なんか目が据わっているような感じで、じーっと俺を見てるのがコワイ。ミズキはなりゆきをじっと見ている。こういう場合、フローリアにまかせたほうが良いという判断なのだろう。
「いや、別に大したことじゃないよ」
「……そうなのですか?」
「え? 私睨まれてる?」
今度はゆきちゃんを見るフローリア。全部は話せなくとも、彼女の少し変わった立ち位置については説明したほうがいいのかも。
「とりあえず後で説明するけど、ゆきちゃんはあっちの世界についての知識があるんだ。だからまあ、そういう事……で」
「……そうなのですか?」
「あっちの世界ってのはアレだよね? なら、本当だよ」
あっけらかんと返事をするゆきちゃんを、驚きの表情で見るフローリアとミズキ。相手の力量を測りかねているという感じなのか? よくわからんけど。
「それについては後で少しばかり認識確認をしたほうがいいだろう。それでいいか?」
「うん。それでいいよ、お兄さん」
「んあ? お兄さん?」
ゆきちゃんの発言に、いままでフローリアの後ろにいたミズキが声をあげる。
「なんで貴女がお兄ちゃんをお兄ちゃん呼ばわりしてるの?」
「お兄ちゃんじゃないよ、お兄さんだよ」
「一緒です! そうではなく、何故ですか?」
「いや意味なんてないよ。ただ最初に『お兄さん』って呼んで定着しただけだから」
「はっ! もしや……」
驚愕の表情で俺を見るフローリア。この子がこんな顔をするときは、きまって自分の世界で練り上げた勘違いを積み上げたときだ。
「カズキ! まさかエレリナを自分の側室に迎える為、まずは義妹から……」
違います。そんな予定は本当にありません。
とりあえず落ち着いた場所へ行って、ちゃんと話の場を設けないとダメだな。




