66.それは、いつも心(そこ)にある
色々余計な寄り道もあったが、まずは彩和国へ通じる【ワープポータル】は設置した。
その後、ここミスフェア公国と彩和国では、非常に離れているため時差が発生してしまう事も説明した。ついでに時差についても説明したが、まあこの世界の人に細かい理屈を説明するのは困難かと思い、大雑把にどんな事かだけ教えた。その時差のせいで、これから彩和に行っても夜になってしまうことを理解してもらった。
なので、四人には現実で時刻調整をすることを伝える。ミズキとフローリアは、もう何度か体験して知っているのだが、ミレーヌとエレリナさんは当然知らない。エレリナさんにいたっては、向こうの世界への移動を体験すらしてないのだから。
その事を説明してから、あとはミスフェアで夜まで過ごした。その間、彩和で見たことなどを色々話すことになった。所々エレリナさんの補足をもらって説明するも、時々出るゆきちゃんの名前に微妙に反応するのはどうしてだ。俺は何もしてないのに。
その後は彩和へ行って何をするかの確認と会議。一番の目的である正宗の返還と、フローリアが欲しがる和物の物色のほか、即時帰還可能な今でこそ新鮮な食材や調味料を欲しがった。エレリナさんは山わさびが欲しいとか。玄人やね。
そんな感じで、いよいよ出発の時間。まずは現実世界への移動だ。
移動した先ではかならず俺の指示に従ってもらう。それだけは絶対だと、約束をしてもらった。そして彩和へ移動するための準備を粗方終わらせて状態で、全員俺の服をつかんでもらう。それを確認してから俺はログアウトをした。
次の瞬間、もうすっかり見慣れた俺の部屋。
「カズキ! またグレープフルーツジュースが飲みたいです!」
「あ、私も! お兄ちゃん、レーゾーコに入れてくれてある?」
フローリアとミズキは、既に勝手知ったるなんとやらで、お気に入りの果汁100%ジュースをおねだりしてきた。まあ、ちゃんと買ってある俺も俺だけどね。
だが、そんな賑やかしい二人とは対照的に、残りの二人は実に静かだ。
「ここは……以前一度来た場所、ですね……」
うっかり着いてきてしまった過去をもつミレーヌは覚えていたようだ。だが、当然ながら最後の一人エレリナさんは初見である。
「フローリア様、ミズキ様だけでなく、ミレーヌ様もここをご存知なのですか? というか、ここは一体……? それにカズキ様も少し違うようですし……」
驚きながらも、かく冷静であれといわんばかりに状況把握につとめるエレリナさん。商業病みたいなもんだろうか。一応来る前に説明はしたんだが、やっぱり実際に体験すると度肝を抜かれるってとこだな。
そう思っていると、廊下奥からトタトタと足音が戻ってくる。どうしたんだろ。
「お兄ちゃん! なんかジュースがいっぱいある!」
「カズキ、その、どれを頂いてよいのですか? どれも頂いてよいのですか!?」
おいおい、全部飲みたいってか。まあ飲んでもいいから入れてあるんだけど、落ち着いてくれ。
「とりあえず向こうの部屋に行こう。ミレーヌもエレリナさんも、行きますよ」
「はい」
「……了解です」
順応性が高いのか、少し落ち着いたように見えるミレーヌと、自分の知識で理解できないのでとりあえず考えるのを放棄したっぽいエレリナさんを連れ、リビングの方へ向かった。
到着すると既にグラスを人数分出して、テーブルにはグレープフルーツとアップルのジュースのロングパックが置いてあった。よかった、とりあえず2本だ。他にも用意したオレンジとグレープまで出てたら、さすがに引くとこだった。
「来た来たッ!」
「カズキ、はやくっ」
「はいはい。お二人もイスに座ってください」
二人と共に俺も席に着く。そして全員にジュースをついでとりあえず飲む。驚いたり色々な反応を見て、ひとまず落ち着いたところで本題に入った。
もう一度、ミスフェア公国と彩和国では、離れているために時差という現象が発生し、今すぐ行くことは可能だが少し待ったほうが良いことを伝える。そしてこちらの世界にいる間は、元々いた世界の時間が止まっている事も。
それについて……特に後者に関しては、大きな疑問はあるだろうけど聞かないように徹底した。俺だって本当の理由なんて知らないから。
しかしミレーヌもエレリナさんも、段々「カズキさんだから」「カズキ様だから」と、少々不本意な納得のされ方をするようになった。
とりあえずの説明をした後は、明日朝の確認。
こちらの世界へ来る時、ミスフェアではすっかり夜になっていたが、時刻感覚はおおよそ夜9時くらいだと思う。ミスフェアと彩和では、一度エレリナさんを呼びに戻った時の事を思い返すに、だいたい10時間くらいの時差があるようだ。ならばこちらに来たタイミングでの、彩和の時刻は朝の7時くらい。
そんな訳で、明日の7時近くに向こうのミスフェアへ戻ることにした。そして準備をして彩和へ向かえば、丁度いいくらいなのではないか。
そんな取り決めをして、後はゆっくりとした時間を過ごすことにした。
こちらの世界に来たとはいえ、外出を許可はできないので、ずっと部屋にいてもらうことに。だが意外と文句も言わず、こちらのお菓子とジュース、そして賑やかしい会話で楽しそうだった。
じゃあ俺は、ちょっとLoUのデータでも見ようかな……と思った時、部屋のドアをノックする音が。
「エレリナです。カズキ様、少しお話したいのですがよろしいでしょうか」
「ええ、いいですよ」
俺の声でエレリナさんがドアを開け、会釈をして入室してきた。
今このタイミングで話す事なんて、彩和の……というか、妹のゆきちゃんの事しかないかな。
この部屋にはイスは一つしかないので、ベッドに座る様にすすめる。案の定立ったままでいいと言われたが、俺が落ち着かないと言って無理に座ってもらった。
「実は妹の、ゆきの事で……」
やっぱりか。でも何だろうか。
「あの子、何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「え? いえ、特には何も……」
いきなり『転生者ですか?』とか聞かれ困惑しました、とは当然言えない。だけど、ある意味よく知っているとも言えるので、困惑はしたけど迷惑はなかった。
「そうですか。どうも妹は、なにか興味を持つとまわりが見えない事が多くて……」
なんだろう。元々のLoUだったらレアを求めて延々と同じダンジョンに籠ったり、ただひたすらに同じ場所を廻り続けるというごく普通の廃人プレイヤーって事かな。俺もゲームによっては何ヶ月も同じ場所に籠ったりしたからな。
「でもゆきちゃん……妹さんは、エレリナさんの事大好きっぽいですよね」
「そ、そうですか?」
「はい。“エレリナ”という偽名を教えた時も、すぐに命名のからくりを理解してましたよ」
「そうですか。ふふっ」
あ、笑った。エレリナさんも妹大好き姉ちゃんなのか。
「エレリナさんって普段からキリッとして、なんか優秀な美人秘書って感じですけど……」
「美人なんて……あと、ヒショ?」
「あ、ヒショってのは主人に仕える補佐の人みたいなものです。まあ、美人だなって思ってましたが、笑顔はゆきちゃんに似てますね」
「えっ……似て、ますか?」
「はい。なんというか、どこが似てるというよりも、笑った時の印象が似てると思いました」
妹が本当に好きなのか、似ているという言葉を聞いてより破顔する。
しばらく笑顔だったが、ふと俺の視線に気付くと普段の顔に戻り、
「……口説いてますか?」
「口説いてません」
「冗談です。ゆきなら、そう言うかなと思いまして」
「……さいですか」
そうそう冗談など言わないエレリナさんが、ふと口にした冗談。それは内容よりも、行為にどれだけの価値があるかと。そんなことを思ったりした。
あの後エレリナさんは、探しにきたミレーヌに連れられ女子会へ連行された。
俺もどうかと言われたが、少しばかりやることがあったので「女の子だけで楽しんでおいで」と言っておいた。
ちなみにそれは、でっちあげの言い訳ではない。
まず、ゆきちゃんに頼まれたマイルームデータの更新だ。ざっと登録されているデータを見たが、“ゆき”という名前で登録してあるのは一人だけだった。なのでまあ、ちょっとしたサービスをすることにした。折角このLoUを遊んでいてくれたプレイヤーだ。彼女のマイルームがあるフロアは、全部彼女の名義にして自由に使っていいようにしてあげよう。どうせこの先誰かが入ることもないだろうし。
次にアイテムとして、機能を持たせた指輪を。ミズキたちの指輪と同じようにスクショ機能を搭載し、大型のストレージ機能もつけておいた。話を聞くに、俺とは違い転生をしたので、記憶はあるけど基本的にはこっちの世界の人間という扱いらしい。要するに知識限定チートキャラだ。
別に何もかも以前のゲームキャラと同じ水準にしようとは思わない。だが、感情論で依怙贔屓になってしまうのはしかたない。まあ、色々と縁も出来てしまったし、場合によってはいい話し相手にもなるかも。両方の世界を知ってる人物というのは、アドバイスやサポートに最適でもあるか。
ゆきちゃんの事、そしてプレイヤーとしての事を考えながら、よりよい環境造りを思案する。
なんかゲームサービス期間中もこんな感じだったが、あの頃はビジネスとして、仕事としてやってる部分も少なからずあった。自分では納得できない仕様も、その他大勢の意見に合わせなければいけない場合。スポンサーや関係各所の顔色を見て、妥協しないといけない場合。
よかれと思ったやった調整が、ユーザーの不満を募らせてしまい不眠不休で修正作業をしたり。
終わってしまった今だからこそ、楽しかったなんて言えるけど、その時は楽しいなんて思ってるわけがない。
けれど、やっぱり楽しかった。それを再確認した。
今度ゆきちゃんにも聞いてみよう。
──『Live on Universe』楽しかった?──。




