65.それは、似て非なる邂逅
「あなたは、転生者ですか?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
でも確かに今『転生者』と言った。
もちろんその言葉は知ってる。意味も理解している。でも、この世界で聞くはずのない言葉だ。
だが彼女ははっきりと口にした。『転生者』と。
「俺は、転生者じゃないよ」
動揺を抑えながら、正直に答える。多少似たような部分もあるが、ある意味俺は転生者とは違う存在だ。この答えは正解だがちょっとだけ卑怯でもあるかもしれないが。
「そうですか。では、転移者ですか?」
「……それも少し違うかな。そういう、君はどうなんだ?」
どういう事だ。この世界ってのは、俺が気まぐれで始めたスタンドアローン化したLoUの世界じゃないのか? いや、確かに俺が手を加えれば反映される世界だ。
ならば彼女はなんだ? 可能性としては俺の家のLoU用仮想サーバにアクセスした、他のプレイヤーという可能性があるが……いや、そんな訳ない。あのHDDは完全に独立している。ネット回線に繋がってないし、無線通信機器も搭載してない。
なら、彼女はいったい……。
「私ですか? 私は……転生者ですよ」
「転生……。この世界に……?」」
「はい、そうです。こちらは答えました、次はそちらです」
よくわからないが、彼女とは一度きちんと話をしたほうがよさそうだ。多分だが俺と彼女では、この世界での成り立ち方が違うのだろう。
「わかった。これから話すことは、色々と信じられないことかもしれないが……」
「大丈夫です。既に異世界転生をした身ですから」
「それもそうか。実は……」
ゆきちゃんに俺は、かなりの事を話した。
というのもミズキたちとは違い、彼女は元々は現実の世界の人間だからだ。
そしてかなり話がしやすかったのは、ゆきちゃんもLoUプレイヤーでもあった。自分自身この転生した世界が、LoUに非常に似ていると思っていたらしい。
「……と、まあそんな感じなんだが」
「なんか不思議だね。もう驚かないつもりだったけど、やっぱり驚いた」
「そうか。ところで聞きたいんだが、なんであんな質問したんだ?」
「何が?」
「さっきのだ。『転生者ですか』ってヤツだ」
思い切り不意打ちの質問だった。なんせ俺自身が、この世界に転生者なんているわけないと決めてかかっていた。まあそのせいで、うっかりな発言もあったのかもしれないが。
「お兄さんがそうなのかもって思ったのは、いくつかありますが……そうですね。会話の端々に出てくる単語や習慣が、いくつか不自然だったからです」
「例えば?」
「そうですね……和室、とか。この彩和では部屋というのは全部和室ですから。それに多分余所の国には、まだ和室って言えるほどの和式文化は伝わってないので、その言い方は生まれてないはず」
「そうか……他にも?」
「はい。後は逆に私がそういう単語を会話におりまぜても、何の疑問も持たずに会話を続けたりしていた辺りですかね」
なるほど。ある程度目星をつけて、それっぽい会話をたりもしてたのか。そういえばゆきちゃん本人は転生者って言ってたな。ということは、
「こういうのって女性に聞くのはマナーがどうたらって言われるんだけど……」
「体重?」
「何でだよ。年齢だよ、その……転生した時の向こうでの」
「それなら22歳。でも今は17歳だから、言葉も気にしなくていいよ」
なるほど。時々感じる容姿と言葉の違和感はそこか。
しかし、こうなってしまうとやはり聞かないといけないと思う事がある。
「もし、向こうの世界に帰れると言ったら、どうする?」
「多分どうもしないよ」
どんな返事をされるかと思ったが、笑って言い切られた。もうこっちの世界の人間だということを、しっかり自覚しているのだろう。
「わかった。無神経な質問だった、ごめん」
「いいよ。気遣ってくれたことには感謝しているから」
「……やっぱり、ゆきさんって呼んだほうが」
「えー、ゆきちゃんて呼んでよ、お兄さん」
「…………あれ。なんか軽いキャバクラ臭が」
「ヒドイ!!」
そう言った後、二人で顔を見合わせて笑った。この子と、ゆきちゃんとの距離ってのは、多分これくらいが丁度いいのだろう。転生者だろうがなんだろうが関係ない。ちょっとだけ現実のネタが通じる、元気な女の子だ。
「でも、たまに向こうの世界に遊びに行きたいなら言ってくれよ。都合がつけば連れてくから」
「え? いいの?」
「まあな。もうこっちの世界の妹と王女は、何度か連れて行ってるしな」
「……お兄さん、何やってるんですか」
ちょっとだけジト目で見られた。いやまあ、事故だよ事故。……最近はそうでもないけど。
「まあ、向こうへ行って遠出はしないほうがいいけど、何か食べたりするのもいいし、服くらいの小物なら持って帰ることできるしな」
「ホント!? なら、欲しいものがあるんだけど!」
「お、なんだ。急に食いついたな。ある程度ならアイテムとして、こっちの世界に作り出すことも……」
「下着! こっちの世界全然可愛い下着ないもん!」
「…………また今度なー」
そうか、そういう事もあるのか。ゆきちゃんは知識があるから、そういう事がわかるんだな。
まあ、さすがに下着知識ってのは俺ほぼ皆無だからなあ。以前フローリア様を連れて行ったデパートにでも連れて行けばいいのか。あ、でも向こうへ行ってもゆきちゃんは、勝手が分かってるから一人でも平気なんだな。まあ、さすがに完全な単独行動させる事はしないけど。
「うん、また今度ね」
「おう。って、結構話し込んだな。そろそろグランティル王国は日が昇ったかな」
「グランティルかー。LoUのメイン街だったよね。私のマイルーム残ってるかな……」
マイルームというのは、俺が持ってるマイハウスの簡易版だ。いわゆる集合住宅でマンションの一室を買ってカスタマイズするというものだ。特徴としてはマイハウスより安いが、当然部屋数は少ない。あとデフォルトで家族などは着いてこない。
「マイルーム持ちだったのか。えっと、もしよかったら当時のゲームキャラ名を教えてくれるか? 多分DBにはデータがあるけど、運営サービス時のデータだから、ゆきちゃんのデータに書き換えておこうか?」
「いいの? じゃあお願いするね。キャラ名は同じで“ゆき”だよ」
「わかった。マイルームはそんなに登録されてなかったから、多分それだけで判別できるだろう」
さて、本当にそろそろ行こうか。そう思って立ち上がる。今更だけど、座布団いいな。
ゆきちゃんに連れられて外へ行き、庭へ出る。
「それじゃあ本当に行くよ」
「楽しかった。またね」
「ああ。近いうちに必ずな。今度は妹やフローリア王女たちも一緒に」
「うん、またねー」
「じゃあな」
側に【ワープポータル】を出して、俺はミスフェアへ跳んだ。
「あっ! カズキさん、お帰りなさい!」
「お帰りなさいませ、カズキ様」
庭に出現と同時に、ミレーヌとエレリナさんにおかえりの声を掛けられる。どうやらミレーヌがホルケと遊んでいたようだ。
「ただいま。ミズキとフローリアは?」
「お二人は居間にいるかと思います。お呼びになりますか?」
「いや。彩和へ行く方法について話がある。二人も一緒に中へ入ってくれ」
「わかりました」
「はいっ。じゃあホルケ、また後でね~」
ちょっとばかり寂しそうに送還されるホルケけと、ミレーヌの召喚獣のフェンリル。ミレーヌ、あんた大物だよ。そこまでフェンリルに懐かれるとは。
「お兄ちゃんおかえりー」
「お帰りなさい、カズキ」
「ただいま、ミズキ、フローリア。今エレリナさんがお茶の用意をしてるから、それを味わってから少し話しをしよう」
そしてエレリナさんの入れてくれた紅茶を楽しみ、カップの中身が半分ほどなくなったくらいで俺は話を切り出した。
「まず彩和へ【ワープポータル】は設置した。今後は即向こうへ行けるようになった」
「本当ですか!?」
「ああ。実は昨晩、一度こちらに戻って来てたんだ」
「そうなんですか? それは何故……」
「その説明は私がします」
女の子三人の代表みたいな形で質問をしてきたフローリアに、エレリナさんが答えた。
「実は彩和にてカズキ様がお会いにあったのが、私の父だったのです」
「え!? エレリナのお父様ですか?」
「はい。それで私の父にカズキ様が信用に値する人物であると、説明をするべく呼ばれました」
「なるほど、了解です」
「おかげであちらでの信用ももらえて、【ワープポータル】も安全な場所に設置さえてもらった」
とりあえずの目的達成だ。これで安心、と思ったのだが、何故かフローリアたちは何か微妙な顔をしている。
「……ん? どうかしたのか?」
「お兄ちゃん、今の話だと彩和には夜の間にもう到着したってことだよね?」
「ああ、そうだ」
「なら……その後、今まで何をしてたの?」
「何ってその……彩和見物?」
「ずるいっ!」
「ずるいですわ!」
「ずるいですっ!」
いやいやいや。お前ら寝てる時間だろ、流石に。
「それで。カズキ、一人で見て回っていたのですか?」
「ああ、それについては……」
脳裏にゆきちゃんの笑顔がよぎり、思わず視線をエレリナさんに向ける。
「どうかされましたか?」
「あ、いや。ええっと……」
ちらりとフローリアたちを見ると、なぜか半目で睨んでいる。なんで? 何もしてないよ?
「カズキ、まさか、また新しい女を……」
「違う違う! ゆきちゃんはそういうんじゃ……」
「ゆきちゃん!? ゆきちゃんって誰ですか!!」
「ゆきですか!? カズキ様、いまゆき、と!?」
掴みかからんばかりの勢いのフローリアを、つい雰囲気で押しのけそうなエレリナさんの声。
まあ、やっぱりそういう反応するよね。
「ええまあ、その……予想通りの人物です」
「そう、ですか。あの、カズキ様にご迷惑をかけたりは……?」
「あ、ううん。元気でいい子だね」
「……お気遣いありがとうございます」
「エレリナ、ゆきとはどなたですか?」
エレリナの態度に、少しばかりの疑問が浮かんだミレーヌが声をかける。
「ゆきとは……私の妹です」
「「「おぉ!!」」」
ミズキとフローリアとミレーヌの驚きの声がハモった。
「あの、カズキ様……」
「ん? どうしたんですか?」
おずおずとエレリナさんが俺に声をかける。いつも凛々しい彼女にしてはめずらしい。
「その……私は、将来カズキ様に『お義姉さん』と呼ばれるのですか?」
「いや、全然違うから。そんな話ないから」
やめてください。余計な疑惑の煙を、火が無いのにばんばん立てないで。
ほらそこの三人。特に聖女の王女さま。謁見の間とかで、見せちゃいけない顔するんじゃありません。