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64.それは、ありふれた非日常で

 どこから味わっても完璧な和食だった。彩和国との交易があるとはいえ、ミスフェアではこのレベルでの和食は味わえないだろう。特に違うと感じたのは醤油だ。ミスフェアでも()醤油はあったが、ここにあるのは(なま)醤油だ。この店にはないけど、蔵元を訪れれば生揚(きあげ)醤油もありそうで、食欲がそそられる。

 あとやっぱり日本人といえば味噌だ。この辺りは、どうやら日本でいうところの三河や尾張あたりらしい。だからなのかここらでは、味噌といえば豆味噌という赤い味噌らしい。名古屋名物の味噌カツにのってるアレだな。


 さて、これからどうしようか。

 今ミスフェアに戻っても、さっきエレリナさんを呼びに戻ってから一時間もしてない。ならまだまだ夜中で、それこそ迷惑極まりない。まずはこっちで時間を潰して、皆が起きたくらいで戻るか。そしてこちらとの時差の説明をして、到着予定を立ててから現実(あっち)世界で時間調整、と。

 ならば観光がてら、町を見てまわるか。とはいえ、こっちの世界に観光案内もパンフレットもないし、どうしよう。大衆食堂で会計をすませ、店を出て少しばかり考え込む。


「お兄さん、どうかした?」

「え?」


 どうしたものかと考えていると、声をかけられた。誰かなとそちらを見ると、一人の女の子……といっても、年齢は10代後半かな。ミズキたちよりは上だけど、エレリナさんよりは下って感じの子だ。


「あ、急に声かけてごめんね。私は狩野ゆき。お父さん……狩野十兵衛の娘よ」

「娘!? ってことは、えっとエレリナさん……じゃない、ゆらさんの」

「うん妹よ。……って、エレ……何?」

「ああ、エレリナってのはゆらさんがミスフェア公国で仕えている時の名前だよ」

「ふーん……あ、なるほど。そういう仕組みの偽名ね」


 あっさりとエレリナさんの命名規則を見破ったこの子だが、どことなく見た目はエレリナさんに似ていると思った。性格はずいぶんと、良く言えば人懐っこい、悪く言えば馴れ馴れしい感じだ。まあ、イヤミを感じないからどちらかといえば前者か。


「ところでお兄さん、何をしてたの?」

「ああ。少しこの町を見て回ろうかとおもったんだけど、来たばかりでよく知らなくて。どうしようかなって思っていたところなんだ」

「……それって、暗に私に案内係りをやってくれって言ってる?」

「そこまでは言ってない。でも、どこかオススメの場所でもあれば、教えてくれると嬉しいかな」


 おそらくは本当にエレリナさんの妹だとは思うが、だからとそこまで甘える事はだめだろう。

 そう思っていたのだが。


「いいよ、いろいろ案内してあげる。そのかわり、向こうでのお姉ちゃんの話を聞かせて」

「なるほど。でも、俺はエレリナさんとは昨日あったばかりだから、そんなには……」

「そうなんだ。それじゃ向こうの国の話とか聞かせて。どっかの王国の冒険者だって聞いたけど、もしかしてグランティル王国?」

「良く知ってるな。そこの王都に住んでいる冒険者だ。その隣国としてミスフェアという国があり、エレリナさんはそこで生活している」

「ふむふむ、ミスフェアか……」


 俺の言葉に何かを思案するゆき。姉の住んでいる国名を記憶しているのだろうか。


「よし! それじゃあお兄さん、どんなところが見たい?」

「そうだな、今のところ何か目的とかは……あ、そうだ。こっちに畳ってある?」

「畳……? 畳って、あの和室の畳? 当然あるけど、何で?」

「さっき言ってたグランティル王国の王女が、なんか畳に興味を持ってね。もし機会があれば絶対に購入するぞって感じだったから」


 ミスフェアへ行く途中、畳を見てからフローリア様の中では目的の一つになってるっぽいし。まあ、こっちなら当然あるだろうとは思ったけど。


「え? 王都の王女? もしかしてフローリア王女?」

「……よく知ってるね。なんか十兵衛さんより詳しくないか?」

「あー……そうかも。お父さんは外国とかあんまり気にしないけど、私は色々知りたいから狩野の者が集めた情報の中から、海外の情報を特に見るようにしているの」


 なるほど。この世界だと情報収集は困難だが、忍者一族として情報収集する部門でもあるんだろう。そこが集めた海外情報を、この子なら自由に見られて知識としていると。そんでもって、普通なら使うことない知識だけど、余所からやってきた俺は丁度いい話し相手ってことになるのか。


「そういうことなら、俺で分かることなら教えてあげるよ。何か聞きたいこととかあるかな?」

「ホント! それじゃあ入浴の際に使う整髪剤で……」




 俺がグランティル王国などの話をして、代わりにゆきちゃんが彩和のことを話してくれる。ちなみに最初は“ゆきさん”と呼んだのだが、「なんか他人行儀すぎる!」って言われた。呼び捨てでいいといわれたが、さすがに初対面の女の子を呼び捨ては精神的にムリなので、ちゃん付けで呼ぶことで妥協。

 そのゆきちゃんだが、年の頃は17歳らしい。たしか江戸時代とかだと、結婚適齢期のギリギリぐらいじゃなかったか? まあ、さすがに本人にそんな事言えないけど。……あと、エレリナさんの前じゃもっと言えないかもしれない。多分エレリナさんって未婚だ。

 ただ、やっぱり俺が現実(むこう)の感覚だから、17歳って高校生なんだよな。全然子供って感じがしてるのは、総じて平均寿命の違いが理由か。


「……どうしたの?」

「いや、なんでも。こんな風に男といて、ゆきちゃんの彼氏に誤解されないのかなって」

「彼氏? 私の? いないよ」

「あ、そうだんだ。でもゆきちゃんくらいの年齢なら……」

「うーん……なんか皆そう言うんだけど、私は別になんとも思わないんだよね。見合う相手がいないってのもあると思うけど、なんか17歳ってまだ若くない?」

「俺個人の意見としては、そんくらいならまだ若いって思うけどね」

「でしょ? ……あ、でも若いとか結婚とか、お姉ちゃんの前では言ったらダメだからね?」

「そうなのか?」

「まあねー。お姉ちゃんも結婚に興味がないように振舞っているけど、さすがに20半ばだとね」


 そうか、エレリナさんって20半ばか。王都のギルド受付をユリナさんとエリカさんは、確か二人とも25歳だったかな。同じくらいだろうか。


「んー? おにいさん、何か他の女の事考えてる?」

「いや、まあ他の女性を思い浮かべていたけど、そういうのじゃないよ。王都のギルド受付の双子姉妹が、エレリナさんと同じくらいの年齢だったなと思って」

「そうなんだ。その人ってお兄さんの恋人とかじゃないの?」

「違うよ。俺と妹にとって、昔からお世話になってる近所のお姉さんって感じだ」

「なんとなくわかった。私と姉さんみたいなものか」

「そういうこと」


 しかし……何だろう。

 どうにもこの子とは、話しやすいのだが底が見えないというか。こちらと話している間も、ずっと何かを探っているような、そんな感覚に囚われてしまう。

 かといって敵意があるようにも思えないし、必要以上に探りを入れるような事も言わない。

 狩野という忍者一族ゆえの癖みたいなものかな、などと考えていたのだが。


「……お兄さん、ご相談があります」

「お、おう。何だ」


 どこかの妹題材のラノベみたいな事を言われた。ラノベフラグじゃないけど、このセリフってこの後良くないことが起こるフラグ満々なんじゃないのか?

 少し腰が引けたが、ゆきちゃんは「少し込み入った話をしたいので」と、狩野の屋敷に案内された。

 てっきり最初に行った大衆食堂がそうなのかと思ったが、あそこは一族が集まる場所であり自宅ではないらしい。

 彼女に連れられ、自室らしき部屋に案内された。女の子の部屋ってことだが、まあ時代のせいだろう。色鮮やかなインテリアが並んでたりするわけでもなく、綺麗に整頓された和室だった。

 畳部屋の床に座布団が置かれ、俺とゆきちゃんは向かい合って腰を下ろした。


「やっぱり和室はいいね」

「そう? 私は見慣れてしまったから、自室だなという感想しか」

「まあそうだろうね。でも、やっぱり和室がいいなって思うよ」


 それを聞いたゆきちゃんは、少しばかり目を見開いてこちらを見る。

 何かをさぐるような目を強くしながら。


「お兄さん、あなたは……」


 一つ息をついて──言った。






「あなたは、転生者ですか?」







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