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62.それは、彩り和む処なりけり

 現実(こっち)の世界での目覚めは、長年の経験からしてなれたものであり快適だった。

 エアコンで室内は自動調整してあり、睡眠時は微妙に寝汗をかく位で調整してある。これ以上下げて汗をかかずに寝ると、起きたときにダルさが抜けなくなってしまうからな。

 朝食には手軽に食パンに、ハムと目玉焼き。それでもってコーヒーという、これまたなれた食事。

 そういえばミスフェアに到着した直後の朝食。ごはんに味噌汁、そして焼き魚という、まさに日本の朝食といえばコレ! というものだった。もしあそこに、沢庵と漬けキュウリでもあれば完璧だった。

 むしろこっちの世界よりも日本食度が高いかもしれん。皮肉なものだ。






 食後にかるく休憩をした後、ログインした。出現位置が小島だというのは覚えていたが、夜だというのを失念していて少しだけ驚いた。

 休憩は十二分に完了しているので、即スレイプニルを呼び出す。騎乗してすぐに出発。こちらでの時間経過を考えると、あまり無駄にしたくはないのだ。


 といっても結局はスレイプニル任せの旅路だ。海の上を真っ直ぐに走るように指示すれば、その後は本当にわずかなズレもなく直進を続ける。波や風の影響をうけない状況ならば、後はそれぞれX軸とY軸の定期増減値を固定するだけで問題ない。

 こちらの世界が夜であっても、先程まで十分な睡眠をとり休憩したので、疲労感はまったく無い。そして、そんな時は色々な事を思いつくものだ。


 まずは試しにブラウザゲームを起動する。……うん、問題なく動くみたいだ。といっても別に遊ぼうって思ったわけじゃない。この環境でも同じように動作するか知りたかったのだ。

 次はネットの時刻サイトを表示。やっぱり現実(むこう)の時刻が表示された。以前から正確なむこうの時間は知りたかったので、UIを調整して時間表示しようかと思ったが、これで見れるなら無理に弄るのはやめておこう。

 そして何より一番確認したかったのは──ブラウザメーラーの動作だ。これにより俺宛にきているメールを、こちらに居ながら読むことが出来る。返答はさすがに向こうへ戻ったときにするので、これはあくまでメールビューワとしての機能だけとした。用途も寝る前にチェックするだけにしよう。


 …………しまった。やることがない。

 現実(むこう)できちんとベッドで寝たためか、思ったよりもぐっすり寝てしまった。なので今はすっかり目が覚めてしまい、眠気はまったくない状態だ。

 かといってこんな海の上では、そうそうイベントも起きない。昨日の……こっちの世界じゃつい先程になるけど、“モンスター海賊イベント”なんてのは結構レアだったのだろう。何んせもうかなり沖に出ている状態で、大海の真ん中とかを突き進んでいるのだから。

 しかたない。眠くはないけどおとなしく休んでいるか。まったりとした馬上と、流れゆく景色のアンバランスさを眺めながら、のんびりとした時間を過ごす。向こうにいたんじゃ、こんなのんびりした状況はなかったかもしれないなと思いながら……。




 揺さぶられるような感覚で目を覚ます。そこまで深い眠りではないが、ボーっとしていれば案外寝られるものだと再確認。……段々ダメ人間度合がアップしてきたな。

 周囲を見渡すと、水平線の彼方がうっすっらと明るい。


「へ? もう朝になる!?」


 思わず声に出してしまい飛び起きる。とりあえず時刻確認をしたいが、こっちの世界では時計による正確な時間把握ができない。なのでブラウザで時刻サイトを確認する。うとうとする前に見た時間と比較するも、経過したのは3時間ほど。いくらなんでも夜明けの時間にはまだ早すぎる気がする。一体何がおきたのかと悩んだが、


「時差、か?」


 この世界も地球と同じようだとすれば、海を渡って国を移動すれば当然時差があるはずだ。ということは、今回の行程だと夜が短くなったけど、反対の行程なら夜が長くなっていたかもしれない。

 そして何より、彩和に到着したからと嬉々として【ワープポータル】を開いたら、ミスフェア公国ではまだ夜中だとか、そんな事態にもなっていたかもしれない。

 そうか……時差っていう感覚がなかったな。とりあえず今ミスフェアへ戻ると、丁度深夜ド真ん中だろうな。彩和についても、まず時刻を確認してから戻るようにしよう。

 そんな事を考えている間にも時間は進み、すっかり日が昇ってしまった。会社務めをしてた時期なら、ちょうど勤務時間くらいだろうか。


 ふと見ると前方に陸が見えた。昨日上陸して小休憩につかった島よりも随分大きく見える。

 もしかしたら独立した島国なのかもしれない。段々と近づいてみると、思ったよりも大きいことに気付く。そしてそろそろ向こうからも認識できるんじゃないか……というほどまで近づいた。

 あまり近づくと、怪しまれて無用な問題を起こしかねない。どこか回避できそうな場所はないかと、ざっと見渡してみる。

 岩場の上に森が広がってる部分があるな。あそこから入って、この島を通過してみよう。そう思って陸に近づきさっくりと上陸。スレイプニルの魔法障壁で、外からの認識阻害もしているから見つかってはないようだが。

 それにしても、なんか落ち着くな。やっぱり陸地があり草木があるのは、心が安らぐものだ。

 せっかくなので一度スレイプニルを送還する。さほど深い森でもなさそうなので、歩いて島の中にある町くらいまで行ってみよう。そう思って傍に生えている木を見る。


「……あれ。これって松じゃないか」


 松って確か北半球に生える植物だったハズだ。ならばここは、地球でいうところの北半球に該当する土地か? 改めて思い返すとグランティル王国やミスフェア公国って、松みたいな針葉樹ってなかった気がする。

 そっと手を伸ばして松とおぼしき木の幹を撫でる。その感覚や香りが、ものすごく知ってる物に似ている気がする。


「これ……もしかして、日本のアカマツか?」


 小さい頃、近所に立派なアカマツがあったのでよく知っているが、それにあまりにも酷似してる。そう思うと、気候風土その他諸々がすべてどこか日本っぽく感じる。


「もしかして……ここって彩和?」


 その可能性を自分で考えてみる。航路というこの世界では知識のない部分を、自分なりの分析で進んできたのだが、どうも計算がいろいろ間違っていたということか。

 まず時差についての認識。これにより一日の感覚も距離もおおきく変化するだろう。

 そして、これを正しく確認していなかったのだが、この世界の操船技術というのは日本でいうところの江戸時代くらいのなのか? だとしたらとてもじゃないが遅くて参考にならない。一応交易をしているから、船が行方不明になるようなことは少ないと思うが、それでもこっちの予想よりはるかに遅いのだろう。


 ならば、ここは本当に彩和なのか? とりあえず人や町を見つけて聞かないと。

 そう考えた時。


「!!」


 視野内にある縮小マップに、こちらに向かってくるマーカーが表示された。どうやら海から来たのを察知されたのか。

 ただ、すぐ近くにまで来たがそこから何かをする気配がない。おそらくは外部から来た俺を、偵察するためにきたのだろう。まあ、攻撃をしてこないのであれば丁度いい。


「あの、少しいいですか?」

「!?」


 とりあえず人が潜んでいる方向に顔をむけて話しかける。茂みの奥から息を呑むような気配を感じる。

 まあ、俺もマップのマーカーが無ければ気付かなかったと思うけど。


「ここって彩和ですか?」

「…………」


 うーん、返事が無いか。まあ突然やってきて、それで話しかけてきても困惑するし、何か思惑でもあるのかと思われてるんだろう。とはいえここで睨めっこ(見えないけど)してても意味がない。


「えっと、何もしてこないのであればこっちも何もしませんので。それでは」


 そう言ってとりあえず森を抜ける為歩きだす。だが、


「待て」


 ようやく声が聞こえた。若い男の声だ。声の向きからして、今話しかけていた相手で間違いない。


「何ですか?」

「目的はなんだ」

「目的と言われても……彩和に来たかっただけです」

「…………」


 んー……信用されてないみたいだ。仕方ないし、それが正解だとも思うけど。


「それじゃあ行きますので」

「……悪いが身元が確認できるまで、拘束させてもらう」


 そう聞こえたかと思うと、素早く後ろに回り込まれる。といっても、マーカーが移動したのが見えている。これだけで十分チートだ。

 背後から一気に距離をつめてくるのがわかる。まあ、殺意みたいなものはないので拘束するだけだろう。でも最初にこっちも『何もしてこないのであれば』と断ったので、むざむざ捕まるつもりもない。

 捕まる瞬間、半身ずらしてその手を交わす。ついでに捕縛のために伸ばしてきた手を叩く。


「!!」


 まさかの反撃をうけて、声を出さなかったのは見事だと思う。でもこれで諦めてくれればいいのだが……そうもいかないか。

 なんかプライドを刺激したのかしらないけど、さっきよりも俄然やる気になってる気がする。

 こんないきなりトラブルに巻き込まれるのは不本意なんだけど。そんな事を考えていると、マーカーがもう一つ接近してくるのが見えた。どうしよう、さすがに二人相手となると加減できなくなりそうだ。

 一理の望みを託して、新手のマーカーの方向へ叫ぶ。


「すみません! 争う気は無いので引いてくれませんか!」

「!!」


 新たにやってきた人物の方へそう叫ぶと、驚いた気配の後一人の男性が姿を現した。ごく普通な和服の男性だ。ただ、こちらを見ているが敵意はなさそうなので、続けて話しかけてみる。


「あの、とりあえず彩和に来たかっただけなので、できれば変に絡まないで欲しいのですが……」

「……どういうことか?」

「そちらの……」


 俺の背後で構えたままの人物を指さす。


「そちらの人がいきなり襲いかかってきたので」

「……そうか。おい、お前は行け。話は後で聞く」

「…………」


 最初に遭遇した男が消えた。ただ、マーカーではそそくさと立ち去る状況が見えているので、少しばかり締まらないな申し訳ないなぁ、なんて思ったり。

 とりあえず補足圏外まで移動したくらいで、目の前の男性が頭をさげる。


「部下が無礼をした。まずは謝罪を致す」

「あ、いえ。別に何ともありませんので」

「何ともない、か」


 俺の言葉を聞いてかるく目を見開く。気配を消してやってきた事を、気付かれたことも気にしているのかもしれない。


「あの、ここは彩和でしょうか?」

「……ああ、そうだ」


 彩和で確定だ。到着してんのに確認するまでが手間だったよ。

 というか、この人といいさっきの男といい、どういう事なんだろうか。


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