60.それは、然るべき場所へと
「父の仕えし主君の名は、松平広忠様です」
はっきりとした声でエレリナさんは言った。それを聞いて、俺は少しだけ後味の悪い気がした。
その理由を自分でも明確にするため、エレリナさんにあることを聞いた。
「エレリナさん。その主君の父親の名前はもしかして、清康といいますか?」
「え……そうですが、なぜカズキ様が清康様の名前を……」
やはりだ。遠方の和の国の設定が、ことごとく日本に酷似してる。時代はおそらく江戸少し前くらいの、戦国時代とよばれる頃なのだろう。そして……
「お兄ちゃん。この刀、ありがとう」
「あ、ああ」
ミズキが返した村正を受け取ろうとして、一瞬だけ手が止まってしまった。だがすぐに気を取り直して受け取り、自分の手の中におさまった刀をじっと見つめる。色々と思うことはあるが、今は調査依頼のクエスト中だ。どうやら部屋の先に進めそうなので、そちらへ行くことにした。
だが結果から言ってしまうと、もうこれでほぼ調査は終了だった。
広間の出口をふさいでいると見えた岩だが、あの向こうは少しだけ通路があり、すぐに袋小路となっておりそこで終わっていたのだ。そこには少しだけ土を持った台座があり、一本の脇差が置かれていた。
見た瞬間にすぐわかった。これは正宗の脇差で、あの正宗の対となるものだ。
その脇差の下に紙があるのが見えた。何故かわからないが、この部屋に通されたということは、きっとこの脇差と刀を託されたということなのだろう。
脇差をつかみ下にある紙を見ると、やはり手紙なのか文字が書かれていた。
──この文を見た者よ、どうか主君に届けて頂きたい──
そう書かれていた。おそらくは、この正宗の刀と脇差を、国の主君へ届けて欲しいということだろう。
なぜこんな地にいたのか、また返したいのであればなぜここにとどまったのか。きっと理由はあるのだろうが、それよりも今は。
「エレリナさん、これを」
「はい…………!? これは…………」
そこに書かれた内容にエレリナさんは息を呑む。おそらく今この場にいる人間で、誰よりも衝撃をうけたのはエレリナさんだろう。驚きのあまり少し目が泳いでいるようにみえる。
そんな彼女に俺は言った。
「エレリナさん。俺はこの正宗を届けたいと思う」
「……よろしいのですか?」
「ここで俺が言わなかったら、エレリナさん迷って考え過ぎて、倒れちゃうでしょ?」
できるだけ彼女の負担にならないように言ってみる。きっと彼女は正宗を主君に届けたいと思うが、それはアルンセム公爵家とは何の関係もない個人的な事。結局言い出せずに、心労ばかり溜めていったことだろう。
本音を言えば、どうせ彩和には行くつもりだったから。それに明確な目的が一つ追加されたかどうか、それだけの違いだ。
俺の言葉を理解したエレリナさんは、丁寧なお辞儀をしながら、
「……ありがとうございます」
強くはっきりと、感謝の言葉を述べた。
その後、俺はこっそりログアウトした。気になるとすぐに調べたいって思うアレだ。
先程エレリナさんは主君の名前を松平広忠と言った。それがもし俺達の世界の歴史と同じ人物なら、少しばかりやるせないと思ったからだ。
すぐさまPCで松平広忠の事を調べる。元々歴史は好きなのである程度は知ってるが、それでも確認も含めて検索してみた。
結果は思った通りだった。俺がミズキに貸した村正は、歴史上では徳川に仇なす“妖刀”として有名だ。実際に広忠は村正の脇差で刺され、その父であり徳川家康の祖父である清康は村正の刀で切り殺されている。あの正宗を手にしていた侍も、おそらくは松平家の者だろう。既に死んでいたとはいえ、その最後を見届けたのが、村正だったというのも皮肉なものだ。
とりあえず一通り調べたので、戻ろうかなと思ったのだが……向こうでも調べものくらい出来るようにならないかな。一番簡単なのは、向こうからこっちのネットにつなげて、そこから検索エンジン経由で調べられればいいんだけど。
あたりまえだけど、向こうにはこっちと繋がる機器は存在しない。どうにもならないか……と思ったのだが。
あることを思い付いた。実の所、この案件はちょいちょい考えてはいたが、どうも最適解を出せずになあなあにしていた。でもこうして時々、ふと閃く場合があるので定期的に考えてはいた。
このLoUのUIの中に、ゲーム内から公式HPを見れる機能がある。これは全画面モードでプレイしている人が、ゲームを閉じなくても公式HPにある情報を参照できるようにしてある機能だ。機能としてはそこまで重要視されるものではなく、「まあ、あると便利かもね」くらいの認識だった。だが今は違う。
向こうの世界にインできるようになってから、この機能は一度も動かしたことがない。なんせクライアントに登録されているURLは、既に消失してしまっているからだ。おそらく今機能を呼び出そうとしても、画面には接続エラーが表示されて終わりだ。ならばそのURLを、普通に検索エンジンのURLに置き換えてしまったらどうだろうか。物は試しだと思い、さくさくっとデータを書き換える。ただ一部を書き換えるだけだが、念のためパッチを適応させる。……よし。
きちんとアップデートが済んだのを確認し、俺は期待を胸にログインした。
「そうだ、ちょっとだけ待っててくれ」
そう言ってUIを操作しはじめる。単純にURLを変えただけなので、メニュー画像は[公式HP]のままだ。そのボタンを押すと、普通はLoUの公式HPのトップ画面が表示されるのだが…………やった。見慣れた検索エンジントップページだ。
目の前に浮かぶモニタ映像に触れてみると、タブレットのように反応してテキストボックスにカーソルが表示される。入力インターフェイスはどこだ? キーボードじゃないのかな。もしかして……
「天気予報」
「?」
俺の言葉に、だまって様子を伺っていた皆が不思議そうな顔をする。まあ言いたい事はあるけど、まずは事実確認からだ。
見てみるとテキストボックスに“天気予報”と文字が表示されている。ただまだ検索は実行されてないようだ。それを口頭指示なのかな?
「検索」
「??」
またしても不思議そうな目を向けられる。だがそれよりも、俺の興味は目の前の結果だ。検索指示をだすと画面がクリアされ、次の瞬間見慣れた検索結果画面と近所の天気が表示された。成功だ。……って、しかも近所って、現実の住所か。たしかにこの不思議なUIを経由して、実際に繋がってるのは自宅のPCだからそうなるのか。
ただまあ、これでこっちの世界でもかなり便利になるな。また今度長距離移動するときとか、時間があったらネット見てれば時間なんていくらでも潰せるし。これは思いもよらず、いい機能になった。
その感情が漏れ出てしまったのだろう。
「お兄ちゃん。何ニヤニヤしてんの?」
「カズキ、何か悩み事でもあるのでしょうか?」
「カズキさん、その……ちょっと怖いです」
「カズキ様、ご乱心なされましたか……?」
「へ?」
気付くと全員が、俺に不信感満載な目を向けている。まああっちから見たら、何もない所に手をかざしたと思ったら何かしゃべったあげく、笑みを浮かべる人間だ。そりゃ不審者だよ。
「あ、いや、今のはだな……」
説明しようとは思ったが、これってどう説明したらいいのだろう。結局何か締まらないまま、このクエストは完了となり、俺達は戻ることにした。
冒険者ギルドへ行って調査報告をした。報告はギルマスであるゼリックに直接。その際一緒に手紙と正宗の刀と脇差も見せる。そして、その手紙にあるように俺は彩和へ返しに行きたいと伝えた。流石にそこでゼリックから待ってくれとの声が。
「確かにこの手紙が本当であれば、返しに行くのは筋かもしれないが……」
色々理由はあるのだろうが、なにより話が急すぎて付いて行けない様子だ。また自分たちの管轄範囲で出てきた刀を、未確定な情報で外に持ち出すことにも危惧しているのかもしれない。
確かにこのミスフェアで起こったことではあるが、俺はあの侍は俺達……延いてはミズキに委ねたと考えている。ミズキも返しに行くことに賛成してくれた。なのでここは、多少強引であっても返しにいくことを押し通す。
「少しよろしいでしょうか。ギルドマスターのゼリック様」
「ああ、なんだ……って、どこかで見たことあるような……」
少し下がって様子を見ていたフローリア様が前に出てきた。普段はこういった権力を振りかざすようなことはしたくないが、こういった場合はこれが一番だろう。多少申し訳ないと思わなくもないけど。
「初めまして。私はグランティル王国第一王女フローリアと申します」
「ああ! フ、フローリア王女! って、後ろにいるのはミレーヌ様ですか!」
さすがに王女の顔は知ってるようだ。驚き改めて全員の顔を見ると、アルンセム公爵令嬢のミレーヌ様までいると。
そういえばクエストを受けにきたときはミズキとの二人だったし、フローリア様やミレーヌ様と一緒だなんて言ってなかったな。
「改めてお願い申し上げます。こちらの刀を返却する件、ご了承いただけますか?」
「……………はい。よろしくお願い致します」
フローリア様の言葉にゼリックは頭を下げる。こうして、やり方は少々強引だったけど、正宗の刀と脇差は彩和の主君に返すことになった。
ただ、一つだけ誤算というか無駄になったことと言うか。
色々と複雑な事情が絡んでいたので、依頼に関しての達成とか失敗とか、そういった部分の判断が難解になってしまった。また、唯一の成果ともいうべき手紙と正宗も、彩和の主君へ返すということになったので、今回のクエストでのミズキのランクアップは見送りになった。これに関してミズキは何の不満も漏らさず、むしろ誇らしく了承してくれた。ちょっと意外だったが、嬉しいと思えた。
「そういえばミズキ……」
「ん? 何?」
公爵家への帰り道、一つ疑問だった事を聞くことにした。
「あの時の立ち回り……どこで覚えた? それとも自分で考えたのか?」
俺は気になっていた。あの時ミズキは相手に向かって刀ではなく、鞘に収まった状態の刀を振るった。おそらく相手もそれに驚いたのだろう。互いの刀が交差した瞬間、ミズキの刀は鞘から抜かれ、向こうはそのまま固まってしまった。その時間はほんの一瞬だろうが、その一瞬が勝負を決めた。
まさかそんな作戦をとるとは思っていなかったので、どこにそんな知恵があったのか不思議なのだ。
「あー……あれねー……。えっとねぇ、その……」
「なんだ、言いにくいことか? 大丈夫だ、何を言っても驚かないから言ってみろ」
「そうですよミズキ様! 刀をあのように振るうのは初めて見ました。是非ともその英知の一端をお教え下さい」
話を聞いていたエレリナさんも、気持ちを抑えきれずに聞いてきた。こうなるとミズキはもうだんまりは出来ない。俺だけならまだしも、他の人からはめっぽう弱いからな。
「……本当に驚かない?」
「ああ」
「あと、怒ったりもしない?」
「なんで怒るんだ。褒めるところだろ」
「絶対に、絶対?」
「ああ」
何度か念をおして、ミズキはようやく言う決心する。そして語られる真実は。
「いやぁ~、あの構えた状態から刀を抜いて切る『居合』だっけ? 難しいね。鞘を握る左手に力を入れ過ぎたらダメだと思って、軽く添えるくらいにしてらすっぽぬけちゃって! 振りぬいた刀を見たら鞘がついてるんだもん、びっくりしたよ! そんでもってその鞘に相手が刀で切りつけてるじゃない? あわてて少しねじって鞘が切られないようにしながら、必死になって刀を抜いたわけ。そんでやっと抜けたら、なんか相手は止まってるから、もういっちゃえー! って感じで刀に切りつけたんだけど……てへ♪」
この後、久しぶりに全力でミズキの頭に拳骨を落とした。




