59.そして、振り抜かれた先へ
そして翌日。俺、ミズキ、フローリア、そしてミレーヌとエレリナさんの5人で、ミスフェア東側海岸の先にある洞窟にやってきた。
あの後戻って皆に相談したところ、案の定全員行くという話になった。どうしようかと迷いもしたが、話に寄れば対象が居座っている広場から通路に戻れば、それ以上の追撃がないとの事。部屋に入ると襲い掛かって通路に戻ると止めるなんて、昔のメモリが少ないゲームみたいだなと思ったりもしたが。
ともかくそんな不思議ルールが適応されてるなら、フローリアとミレーヌは通路待機するという事で同行を許可した。
一応エレリナさんも通路に居てもらうが、相手が本当に侍の成れの果てともなれば、何か助言を求めるかもしれない。彩和の忍者だというエレリナさんの意見では、もしその鎧姿のスケルトンが侍であれば、主君の為もしくは忠義を尽くすべき何かを、守っているのかもしれないとの話だ。
というのも、忍者も基本的には主君に尽くす存在。その主君が流派によって、代々受け継ぐものであったり、多種多様な事情により変化するかの違いはあるが、なんにせよ主君ありきの忍者であり侍だとか。エレリナさんとアルンセム公爵家、特にミレーヌとの関係も気にはなったが、流石にそれは別の機会に聞くことにした。
洞窟入り口にて、俺は振り返って全員の顔を見る。
「それでは行きますが、もう一度だけ。全員ちゃんと約束を守るように」
全員がしっかりと頷いたのを確認して、俺を先頭に洞窟へと入った。ただし足元の不安もあるため、ミレーヌは召喚したホルケの背中に乗っている。とはいえ、さすがに洞窟通路なので、ホルケのサイズは基本ザイズである。洞窟内の順番は、俺、ミズキ、フローリア、ホルケに乗ったミレーヌ、最後にエレリナさんだ。一応後方警戒をエレリナさんにしてもらっている。
予め聞いていた通り、途中に他のモンスターが居ることもなく、ただ冷ややかな空気が漂っているだけだ。そんな俺たちの足音だけが響く通路だが、段々と音の響き方に変化がでてきた。
「この先に広間があるようだ。そして多分そこに……」
俺の言葉に、後ろに続く皆の空気が変わるのを感じる。無駄に固くなるのは厄介だが、あまりにも気にしなさ過ぎて緊張感が無いのも困りもだ。これくらいが丁度いい塩梅か。
少し通路が広くなり、そして目の前に結構な広間が現れた。思ったよりも広く、ホルケを真の姿に戻しても大丈夫なほどだ。
そんな広間の一番奥。そこに鎧を纏ったスケルトン──そうだな、スケルトン侍でいいか。それ立っている。既に俺たちに気付いているのだろうが、その場所から動こうとはしない。そんなスケルトン侍の後ろには岩があり、その表面に一枚の札が貼られている。どうやらアレが奥への通路なのか。
広間の様子を見て、ミズキが一層表情を引き締めて深呼吸をする。この依頼を受けるとき、想定外の内容なのでミズキには辞退するか聞いたが、結局やってみるという話になった。確かにミズキのステータスは高い。だがそれだって上限があるし、戦略などを絡めたら十分とは言いがたい。
「それじゃあ、行ってきます」
いつもの様に言うミズキだが、その声の端々にいつもとは違う色がにじみ出ていた。ゆっくりと広間に入り、スケルトン侍の方へ歩いていくミズキ。ただし、手にしている武器は自身の愛剣ではない。対戦相手の武器を切り落とすというその戦い、武器も技量も不明なので様子見として普通の剣を持ってもらった。
広場中ほどまで進んだミズキが足を止める。そして手にした剣を抜く。対するスケルトン侍は、鞘に収まった刀を構え腰を落とす。踏み込みからの居合いだろうか。
それを見たミズキは、抜き身の剣を相手と同じ左腰あたりに構える。
両者の体が少し前に傾き──消えた。
始まりは一瞬。
終わりも一瞬。
両者ともに武器を振りぬいた姿勢で止まっていた。
だがそこに、たった一つだけ大きな違いがあった。
ミズキの振るった剣が、その中ほどで切り落とされている。
「ミズキ! 戻れッ!!」
「はっ!?」
呆けて無防備になったミズキに、俺はあわてて声をかける。その声でようやく気を取り直したミズキが、即こちらにもどってきた。だがそれに対しスケルトン侍は何の反応を示さず、そのまま何もなかったように元の場所へと戻った。
対するミズキは驚いてはいたが、思ったほどのショックではなさそうだ。
「ミズキ、今のは……」
「大丈夫だよ。速度では負けてなかった。でも武器の差で圧倒的に負けてた。だから今度は……」
そう言っていつも腰にさげている愛剣を取り出す。俺がミズキにあげた能力補正過多の剣だ。ミズキはこの剣に絶大な信頼をもってくれている。だが、
「ミズキ。今回はその剣の使用は認めない」
「えっ」
「分からないお前じゃないだろう。相手の剣筋を思い出してみろ。多分その剣も……」
「そんな……」
自分の中にある絶対の自信が否定され、ミズキはショックを隠せない。だが、心のどこかでは俺の言ってることに納得している自分がいるようだ。
「あれだけの剣技にあれだけの刀。はっきり言って王都のどんな冒険者と斬りあっても、そのすべてを切り伏せることが出来る存在だ」
「………………」
「ではカズキ、どうすればいいのですか?」
声の出ないミズキにかわりフローリアが聞いてくる。声こそ出さないが、ミレーヌやエレリナさんも不安顔で答えを聞きたがる。
「王都のどんな冒険者、どんな武器でも勝てないのなら……」
そういいながら、俺はストレージから武器を取り出す。それは一振りの刀──日本刀だ。
「お兄ちゃん、それ……」
「これは『村正』。こちらも王都中のどんな武器でも勝てないものを使えばいい」
村正をミズキに差し出すと、まるで壊れ物にでも触れるかのようにそっと手を伸ばす。その手に受け渡し、その刀の重さでようやくミズキの心に火が灯る。
「ありがとうお兄ちゃん。もう一度、今度は勝ちに行ってきます」
「おう、行って来い」
清々しい表情で、再び広間に入っていくミズキ。そのミズキを見送る俺に、エレリナさんが声をかけてきた。
「何故、カズキ様が『村正』を持っているのですか」
その声は、疑問、困惑、その他幾種類かの感情がない交ぜになっていた。聞いてよいことか悩んだが、それでも聞かずにいられなかったのだろう。とはいえ、ここで馬鹿正直にゲームアイテムなので所持品に登録しときました、なんて言っても通じるわけもない。
「……時期がきたら教えます。それまでは……」
「わかりました。ではいずれ」
そう答えたきり口を閉ざしてくれた。後でよい理由を考えておこう。
そんなやり取りの間にも、ミズキは再び広間中央あたりに到達していた。先程と同様にスケルトン侍は再び腰を落として抜刀の構えをする。
対するミズキは……いや、ミズキも抜刀の構えをする。先程剣のときは予め抜いていたが、今度は鞘に納めたまま構える。
先程と同じ空気の中、同じ用に動き、消える。
再び、始まりは一瞬。
だが、終わりには一瞬じゃなかった。
スケルトン侍の刀が振りぬかれていない。刀同士がぶつかり合った位置で、まるで空に縫い付けられたかのように静止している。だが、一番の問題はそこじゃない。
その静止している刀が食い込んでいるのは、ミズキが持つ村正の──鞘だ。
その鞘もまるで縫いつけたかのように静止しており、そこから抜刀されるのは村正の刀身。音もなく抜き放たれた刀を、ミズキは流れるように回転して──振り抜いた。
激しい、それでいて濁り無い澄み切った金属音が、洞窟内隅々まで響き渡る。
そこには、
──刀を振り切ったミズキと刀を振り切った素手のスケルトン侍──
そんな両者が立っていた。
ゆっくりとスケルトン侍が手を下ろし、ミズキと俺たちを見る。そしてそのまま、姿が薄れて消えていった。それと同時に部屋の奥にあった岩に、真っ直ぐな亀裂が入り割れる。いつの間にか表面にはってあった札も消えている。
ミズキは落ちている村正の鞘を拾い、そして音も立てず納めた。そして一息つくと、
「勝ったよ、みんな」
その声を聞いて俺達は、ようやく落ち着いて広場に足を踏み入れた。
ミズキの目の前には、あのスケルトン侍が使っていた刀がある。それ以外は鎧すらも、一緒に消えてしまっていた。
その刀に触れる前に、フローリアとミレーヌに魔眼で見てもらう。二人の目であれば、呪詛の類が宿っていたりすればおかしい事くらいは判別できるそうだ。幸いにも不審なところはなさそうだ。
そっと手を伸ばして拾い上げる。すぐに俺の視界内にはアイテムの名前が表示され、そこに記された武器の名前は、
『正宗』
そう記されていた。あの、有名すぎる名刀正宗だ。村正と正面から斬りあっても、刃こぼれしないのは流石だとしか言い様がない。
「……これが『正宗』か」
「ま、正宗ですか!?」
一番後ろで様子を見ていたエレリナさんが、先程村正と聞いた時よりも驚いていた。
「エレリナさん、何かご存知なのですか?」
「…………はい」
そう答えて口を噤んでしまう。何か言いにくいことなのだろうか。ならば無理に聞くつもりは全然ないので、そう伝えようとしたのだが。
「正宗は、私の父……私と同じ忍者ですが、その父が仕える主君が持っておりました」
「その主君って?」
思わず聞いてしまったが、海の向こうの人物なんて知るわけもない。そう思っていた俺に、エレリナさんが告げたその名前は──
「父の仕えし主君の名は、松平広忠様です」
……え。
松平広忠?
徳川家康の父親の?
もしかして彩和って、かなり日本に酷似してるのかも。




