54.それは、艶やかな記録として
前半、多少のテクニカルタームがあります。
わかりにくかったらすみません。
ログアウトにより、俺は自分の部屋に戻ってきた。そこでまず振り返ってみて、誰もついてきてない事を確認する。今回は大丈夫だ。
とりあえず今から丸一日分はこっちで過ごすことになる。いくつかの用事をすることにより、数時間のズレが生じるなら、いっそ一日ずらしたほうが体内時計の感覚にもやさしいからな。時間をみるとそろそろお昼だ。明日のお昼少し前にログインしよう。
そういえば、さっき一度戻ってきた時は何か目的があったはずだ。着いてきてしまったミレーヌを返すため、早々に戻ったけどあの時はたしか……。
そうだ、まず召喚用の指輪。あれに何か機能追加ができないかと思ったんだ。そして次にスクリーンショット画像を、向こうで見るための手立てを考えようとしたのだった。
いや、その前に考えることがあった。
先ほどのミレーヌもそうだが、都合三回もやってしまった。……そう、ログアウト時に知らずにつれてきてしまうという失敗だ。
今までは女の子だけだからよかったが、もし他にも連れてきてしまっていたら大問題になっていたかもしれない。特に今回、先にホルケを送還していたからよかったが、そうじゃなければこの部屋にいきなりシルバーウルフが出現する事態に陥った可能性もある。もしかしたら、召喚獣なのでミレーヌのログアウトタイミングで自動送還されたかもしれないけど。どっちにしろ危険だ。
そうなるとやはり、何かしらの対策をするべきか。
んーどうしようかな。パッチで何か追加するにしても、UI周りの機能追加は少し手間かな。アイテム追加ですむ話でもないし。他にも指輪やスクショの件も……スクショ? ああ、そうか。ショートカットコマンドに、特殊判定を追加したログアウトを追加すればいいのか。
せっかくなので普通のログアウトも追加しておくか。
元々プレイヤー用の機能なので、誤動作で抜ける事故をなくすため、ログアウトはショートカットコマンドに組み込まれていなかた。
だがまあ、今あの世界でこれを使うのは俺だけだ。問題ないだろう。
『//logout』
とりあえず普通のログアウトを登録。
この命令で、UIのログアウトメニューから呼び出す関数を、直接呼び出せるようにした。
さて、次はいよいよ対策型ログアウトだ。どんな内容にしようかと考えたが、一番単純な方法で行うことにした。自分の周囲3メートル範囲内に誰もいない場合、ログアウトが作動するという方式だ。
判定は……こんな感じかな。
(1)自分を中心に一辺6メートルの立方体範囲に何もいないか判定
(2)何もいない場合はログアウト可。いる場合は物体との距離測定
(3)距離が3メートル以内ならログアウト不可。判定は物体数繰り返す
単純だけどこんなもんか。
今なら問題ないけど、少し前だと個人PCでの平方根計算って遅かったんだよな。だから乗算とか組み合わせて導き出したり、場合によってはビットシフトでやったりとか。まあでも、個人的には内部処理の見えない関数よりビットシフトの方が好きだな。
判定用の内部関数を作りあげて、それをコピーしたログアウト関数の先頭に配置。命令呼出しと同時に判定し、不許可なら警告音とログを出力して抜けるように記述。あとは名称だ。
『//singleout』
これでいいかな。ログアウトとは確実に別関数にしたほうがミスもないだろう。
まずこれで気にしていた懸案事項が片付いた。
とりあえず、少し遅れたがお昼にすることにした。
昼食をとった後、俺はしばらく寝転がっていた。
といっても延々熟睡してたとかではない。どちらかと言えばずっと寝転んで仕様を考えていた。昔からのクセで、試行錯誤する場合は寝た状態で考えることが多い。
無論、考えていたことは指輪の機能追加と、スクショの閲覧についてだ。
これについてだが、両方に関して一度に対応することにした。
まずスクショの閲覧機能。向こうの世界には当然PCもなければ、タブレットもスマフォもない。良く似たものでギルドなどに水晶板があるので、それに似たような機能をもたせてもよかったが、今回はあえてそうしなかった。
指輪に関しての調整をする。といっても、こちらの場合はゲーム内の設定を修正するだけだ。元々ある物に対しての機能追加だが、見た目を変更するわけじゃないのでアイテムの説明文章を書き換えるだけ。もっとも、その説明文章は俺にしか読めないのので、変更も俺しかできないんだけど。
そしてこっちは、少しだけ調整が必要なアイテムの追加。円形の台座の中央に、水晶が埋め込まれているちょっとした小物。クイズ番組の回答ボタンみたいな見た目アイテムだが、コレじつはクリスタルオブジェと呼ばれる魔器。
といってもただ単純に、水晶に記録した情報を上部に投映するだけのアイテム。実際のLoUではマイルームやギルドハウスに、武器や討伐モンスターなどの虚像=イミテーションを飾るためのアイテムだ。これに記録した画像、つまりスクショも投影できるようにした。
……ここだけの話、実はこのクリスタルオブジェにスクショも設定できる、という仕様はLoUサービス期間中にも出た話だった。だが、実施は問題があり却下となった。
何が問題だったのか?
それは──倫理だ。
ゲームのみならず、あらゆるメディアでは表現の自由を求めながら、その限界である表現の規制がある。それに関しては仕方がないことだ。だが、規制されているからこそ、あえてその向こうへ踏み込みたくなるのはどこのユーザーでも同じだろう。
このクリスタルオブジェでスクショを設定できるようにすると、おそらくユーザーはスクショフォルダに外部調達した画像ファイルを入れ、それを投映する遊びをするだろう。そうなると著作権無視の画像や、色々倫理的に問題のある画像が、ゲーム内で横行するのが目に見えていた。
ならばゲームでとったスクショだけ、という制限をかけたらという案もあった。しかしそれでは、スクショ自体は使用許可がだしてあるので、ブログやSNSでの使用に不要な手間がかかる。些細な手間かもしれないが、ユーザーはそういうのに敏感だ。よって、最終的にスクショ適応の案は流れてしまった。
ただ、おかげで動作確認テスト済みなので、機能実装はすぐに終わった。開発期間中は、せっかく実装してもお流れになってしまう……なんて事は日常茶飯事だが、まさかサービス終わってから意味がでてくるとは思わなかった。
実装データの確認をして、最後にもう一度説明文章のテキストをチェック。会社なら実装前に社内デバッガさんにも確認してもらうが、当然今は何から何まで一人だ。単純な誤字くらいは無くしておかないといけない。
何度も確認してパッチファイルを作成し、LoUを起動してないことを確認してパッチを適応させる。
軽微なデータなのであっというまに終了。一度起動してバージョンの確認。……よし。
「あー……おわったー……」
おもわず伸びをして声をだす。ふと窓を見れば外はすっかり暗くなっており、カーテンを閉めてないから部屋の明かりが漏れていた。
疲れてしまったので、晩御飯は適当でいいやと思って買い置きのカップ麺をすする。
……ああ。そういえば向こうでもインスタント食品とか作れないかなーって前も考えてた気がする。
でも、まあ。今日はもういいや。
とりあえず風呂はいって、寝て、明日の昼前に向こうへ……。
翌日、お昼少し前にログインして向こうへ。
出現位置はあたりまえだが、王都の憩い広場。となりにエレリナさんがいて、ミズキとフローリア様とミレーヌ様は柵の中で楽しそうに遊んでいる。
ふとミレーヌ様が二人になにか話しかける。そしてその返事を聞いて、少し残念そうにする。いったい何を言って、何を言われたのかな?
そう思っていると隣のエレリナさんが、
「ミレーヌ様は、本当にホルケを頂けてうれしかったのですね」
「え?」
「今ミレーヌ様は、あそこでホルケを出して良いかとフローリア様とミズキ様に聞いたのです。でもどうやらダメと言われたようで、残念そうなお顔を浮かべております」
そう言いながら優しく微笑む。
「えっと、ここから言ってることがわかるのですか? 読唇術?」
「読唇術というわけではありません。ただミレーヌ様の事なら、なんとなくわかる……それだけです」
よくわからんが、わかった。まあ優秀なメイドは、主人の思考の機微も理解できるということか。
「ミレーヌ様の事、大切なんですね」
「……はい。私のすべてをかけてお守りすべき方です」
エレリナさんの強い意志が籠った言葉を聞きながら、俺は三人の収まったスクリーンショットを何枚か撮影した。
まだ遊び足りない名残り惜しいという三人を説得し、ミスフェア公国の公爵家に帰還した。とりあえず昼食にしようということに。
王都でしてもよかったが、お忍びでフローリアはミスフェアに行っているはずなので、それらを知っている城の人達に知られたらやっかいだからな。
お昼は公爵家でいただくことになった。
あたりまえだが、このアルンセム公爵家に雇われているのはエレリナさんだけではない。料理人もいれば、他のメイドもいる。今出かけている公爵と行動を共にしている執事もいるらしい。家や血筋を考えれば当然か。
そんな中での昼食。気取った料理がきたらどうしよう……と思ったのだが。
「これは……和食?」
「はい。料理人も私と同じく彩和出身のため、和食が多くなります」
そんなエレリナさんの言葉を聞いて、思わず小声で聞いてしまう。
「もしかして、その人も忍者とか?」
「…………いいえ、ちがいます」
何、今の間。忍者ではないけど普通でもない、ってことかな。
ともあれ食事は美味しかった。中でも赤身のたたきが美味かったが、俺が刺身にけっこうなわざびを使って食べてたのを、ミレーヌやエレリナさんは感心して見ていた。え? フローリアとミズキ? そりゃもう俺の真似してわざびで悶絶してたよ。息を鼻から吸って口から出しなさい。
「あ、そうだ」
和んでいたところで思い出したのは、昨日何のためにログアウトしたのか。
俺はストレージにしまっておいたクリスタルオブジェを出し、食後の片付いたテーブルの中央に置いた。当然皆「?」という感じだ。
「カズキ様、これは何でしょうか?」
「これはクリスタルオブジェと言いまして……」
そう言いながら上部の水晶に触れながら、魔力イメージを送り込む。すぐに水晶の上部に一枚の絵が投映される。
「あ! これって……」
「先程の王都の……」
「カズキ様、これは……?」
「これは『写真』といって、見た景色を記録したものだ」
そこに映し出されたのは、先程王都の憩い広場で遊んでいた三人。楽しそうにウサギをかかえたミレーヌと、それに優しく笑いあうミズキとフローリアが映っていた。
「カズキ様、これはもしかして今朝……」
「そうか! 明け方に山で記録したあの魔法と同じ?」
今朝? 山で記録? ……ああ! そういえば昨日、二人にしたら今朝もスクショとったんだっけ。
思い出した俺はもう一度手をかざして絵柄を切り替える。目の前にうっすらとサムネイルが表示されるので、その中の位置を選択。上に投映されていた画像が、朝日と海をバックに二人を撮影したものに切り替わる。
「これは……ミズキ様とフローリア姉さまですか」
「今朝ここに来る時、山の上で記録したヤツだね」
「これがあの時の……不思議ですね……」
「このクリスタルオブジェは差し上げます。水晶が稼働するための魔力はほとんど必要無いので、時々太陽の光にあてておけば半永久的に稼働します」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうなミレーヌと、羨ましそうにするミズキとフローリア。
「そんな顔しないの。二人にもちゃんとあげるから」
そうなだめて笑顔になった二人と、ミレーヌに俺はさらに続けて言う。
「それでだ。実はその指輪で、この『写真』を記録できるんだけど」
「「「!!」」」
三人の意識が完全にシンクロしてくいついた。
「この後、やり方を説明したいんだけど」
「やるっ!」
「了解です!」
「お願いします!」
さて。午後からは撮影会の開始かな?




