50.それは、厚く隔たる紙一重
とんでもない話が出てきた。グランティル王国とミスフェア公国の中間ほどの場所に、交易補助の中継街をつくりそこの領主になれ、という話だ。
自分の器を考えても、そんなもんやるわけない、やれるわけがないと思う。なので断ろうと思ったが、どうしてか外堀だけがジャンジャン埋まっていく勢いだ。
だが話はあっけなく終息する。といっても、無くなったわけではない。
単純に、時期尚早が過ぎるという話だ。まだ計画の準備段階でしかなく、規模や実際の人材は無論、新たな国交中継街の正確な場所すら決まっていない。要するにほとんど始まってすらなかったのだ。
実の事を言うと今回のミスフェア公国訪問、表向きはお忍び観光となっているが、裏では別の用件があった。それこそこの案件に関しての親書を、フローリア様がアルンセム公爵へ届けるというものだった。
ちょっとしたハプニングで内密な話がここで出てしまったが、当然ここにいる人間には緘口令がしかれた。まあ、それも含めて俺とミズキに話した、という思惑もあったとか。
そんな訳で俺の領主云々という話は、あたりまえだが一旦“置いておいて”という状態になった。
「それでフローリア姉さま。此度の来訪の用事というのは、お父様への親書だけですか?」
改めて応接間にて談話を再開。
先程は空気を読んで出されなかったお茶も、今はしっかりと出されている。その紅茶の香りも手伝ってか、俺達は随分とリラックスした状態だ。
「いいえ、他にもいろいろとありますよ。最初のきっかけは……ふふ、そうですわ」
何かを思いついたのか、嬉しそうな声をあげるフローリア様は、続けて言った。
「皆さん、今から海へ行きませんか?」
フローリア様の言葉により、皆で海へ行くことになった。ミスフェア公国は、元々は貿易街だったとはいえ今はれっきとした国である。広さも王都と同じかそれ以上の国土を誇り、家から歩いて海へ行くといってもそこそこ距離がある場合がある。
幸いにもアルンセム公爵家は、さほど海から離れた場所にあるわけではない。海風の影響がさほどこないくらいの距離を離し、間に防風林を設けてある。
海へ向かう途中、ミレーヌ様がミスフェアの海に関して話をしてくれた。
国土の南側は大陸と繋がっているが、反対に北側は完全に海一色となっている。
そしてここからが特徴的なのだが、まず東側。陸から海へ向かって右側となるが、こちらは遠浅の砂浜が広がっている。潮の満ち引きによって、かなり広い砂浜が顔と出し、ここで潮干狩りが可能だとか。
そして反対側となる西側。こちらは海が深くなっており、船の行き来が可能となっている。そのためこちらに港を設け、交易の玄関口として栄えているとの事。
ちなみに俺たちが向かってるのは北側の海。普段は防波堤で釣り人などが、のんびり糸をたらしているのが日常風景らしい。
歩いていくと徐々に海が見えてくる。それと同時に、潮風にのり海独特の香りがやってくる。俺も現実で何度か海へ行ったことはあるが、こちらの海の方が空気が綺麗に感じた。単純に汚れてないから、という思い込みかもしれないけど。
そして防風林に挟まれた道を抜けて、目の前に広がったのは一面の海。
「…………これが海…………」
ミズキがぽけーっと呆けるように海を眺める。これだけの水が目の前に広がって、地平線ではなく水平線が見えるという光景に圧倒されているのだろう。
「カズキ様は海を見たことあるのですか?」
「ええ、ありますよ。こことは違う海ですが」
「……なるほど」
はい異世界の海です、とは言えないけど。まあ海はどこも同じようなものだろう。俺の返事を聞いて、フローリア様はなんとなく気付いたようだけど。
「そうですわ。本題に入る前に……ミズキ様!」
「えっ? あ、はいっ!」
フローリア様は軽く意識を飛ばしてたミズキを呼び戻すと、全員に少し寄ってきてくださいと呼び寄せる。そこには同行してきたメイドのエレリナさんも含まれる。
「私とカズキ様ミズキ様は、先程述べたように大切な友人関係です。普段三人しかいない場所においては、身分立場の区別なく接するようにしています。名前を呼び捨て、発言も自由。そのような関係を築いておりますが……」
言葉を切ってミレーヌを見る。その視線に他の人たちもつられ全員がミレーヌへ視線を送る。
「もしかして、そこに私も加えていただけるのでしょうか?」
瞳を輝かせながら、指を顔の前で組んで、期待に満ちた様子で聞いてくる。
「私はそうしたい、そうなって欲しいと思います。いかがでしょうか?」
「うん、私も賛成。ミレーヌ様とも仲良くなりたいと思います」
「同じく賛成です。フローリア様の妹同様のミレーヌ様なら大歓迎です」
「……エレリア、貴女はどうですか」
エレリアさんはメイドとして控えているが、ここでは人数として含まないらしい。これに関しては人権云々ということではなく、メイドとして主に仕える姿勢なのだと納得している。
「私の確認は不要です。ミレーヌ様の決定に従わせていただきます。ただ……」
「ただ?」
エレリアさんの目が少し鋭くなったと思ったら、それを俺に向けてきた。なんだろう、なにか不快な思いでもさせたかな? いやいや、さっきのアレの話はもう終わったよね。
「カズキ様について、少し確認させていただきたいと思いまして」
「カズキ様……ですか?」
「はい。フローリア様のご友人に対して無礼を承知で申し上げます。カズキ様は……何者でしょうか」
その言葉に俺は驚き、フローリア様は笑顔で驚く。ミズキとミレーヌ様は思いっきり顔に「?」が浮かび上がってるような感じだ。
さっき応接間で見せたあの動き、確かに油断はしてたけど俺もミズキも動けなかった。やはりこの人は何かあるんだろうか。
「何者と聞かれましても……。ただの冒険者ですよ」
「わかりました。今の返事で、少なくともただの冒険者ではないことは理解しました」
「…………」
なるほど、随分と頭がよさそうだ。もしかして出会ったときの、フローリア様だと気付いて驚いたのも演技だったのかもしれない。
「無礼を承知でお願いがございます。カズキ様の実力、確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「俺の実力、ですか?」
「はい。とても腕のたつ冒険者とお見受け致します。それが私よりも強いのであれば、今後は先程の三人……いえ、ミレーヌ様を含めた四人の時間において、私は席を外そうかと思います」
「なるほど、カズキ様にミレーヌを任せられるか確認したいわけですね」
「あ、いや。別にエレリナさんは同行していても……」
「カズキ様。いいからここは話を受けてください」
俺は別にかまわないと思ったが、何故かフローリア様は受けるようにすすめる。ミスフェアについてもエレリナさんについても、知識としてはフローリア様まかせなので、ここは受けることにした。
「ではミズキ様、申し訳ありませんが少しミレーヌのお相手お願いできますか?」
「え? 私がですか? でも……」
ちらりと俺を見るミズキ。俺が戦う流れになってきたので見たいのだろう。
「こちらは大丈夫です。それよりも、一足先にミレーヌにペトペンを紹介してあげてください」
「なるほど。はい、わかりました。ではミレーヌ様、少し海側へいきましょうか」
「はい。では皆様、少しあちらへ行っております」
そう言って二人は少しだけ離れた場所へ。といって何かあったときはすぐに駆けつけられる距離だ。
十分離れた二人を見て、フローリア様が口を開く。
「それでははじめましょうか。二人ともよろしいですか?」
「はい。いつでも構いません」
「こちらも大丈夫です」
「では……はじめっ」
合図と共に俺は一旦距離をとる。相手の戦闘スタイルもわからないし、なによりあの速度は脅威だった。とりあえず様子見を……と思ったのだが。
「!?」
距離をとるために下がった俺の目の前にエレリナさんがいた。どうやら開始と同時に俺が下がることを見越して、踏み込んできたようだ。しかもこれ、随分速い気がする。もしかすると剣の能力補正をうけたミズキ並みかもしれない。ならば、おそらく戦闘慣れしているエレリナさんの方が強いかも。
目で追えないほどの剣筋が幾重にも宙にのびる。なんだよこの人、メチャメチャ強いぞ。それと、この戦闘スタイルはアサシン系か。対複数人の戦闘ではなく、一個人との対戦に特化された職業。
なにより開始からずっと防戦一方だ。これはまずいかも。
「カズキ様! 本気を出して大丈夫ですよ!」
「本気? ……そうかッ!」
「!?」
フローリア様の声を聞き、先のミズキとミレーヌ様を離したことを思います。あれはそのための配慮だったのかもしれない。フローリア様は知っていて、このエレリナさんもあえて言いふらすような事はしないだろうと。ならば──
「ふぅ~……」
俺はPCの前で大きく息を吐いた。そして目の前の画面を見る。そこに映っているのは俺のプレイヤーキャラカズキと……GM.カズキ。
以前GMの出現位置調整をした後、フローリア様にもそれを伝えた。その際「ではもう私の部屋に訪問してくださらないのですか?」と悲しそうな顔でからかわれたりもした。その機能を覚えていてくれたのだろう。そして、今それを使いなさい……と。
頭の下がる14歳だ。こういうのは王配と言うべきなんだろうな。
気持ちを乙つかせ俺はログインをした。
無論──GM.カズキで。
「!?」
戻った瞬間、振るった短剣が空中に固定され驚愕するエレリナさんが背後にいた。タイミングは完璧で、俺じゃなかったら「勝負あり!」となるところだ。
「くっ……一体何が……」
強固に縫い付けられたように微動だにしない短剣、それをを手放してエレリナさんは距離をとる。この戦いが始まって、はじめてエレリナさんから距離をとったのだ。
ゆっくりと振り返ると、短剣が空中に固定されていた。俺は手をのばしてそれを握る。……あれ、この短剣は……。
よそ事を考えている瞬間、間近にエレリナさんが迫っていた。もう一つの短剣を手に、再び攻撃をしかけるも同様に俺に当てる寸前でピタリと止まる。動作としてはプログラム的に、完全にベクトル補正値をゼロにしてるので、どんな大きな移動エネルギーでも最終的に座標移動が全軸0になってしまう。いわゆるGM特権の公式チートだ。
止まっている短剣に手を伸ばす。刃をつかむと同時に、その重量を消してエレリナさんを相対座標で固定する。
「えっ!? な、何が……」
先程同様にあわてて短剣を離そうとするが、指一本すらまともに動かせないことに気付き狼狽する。そして短剣を持ち上げると、そのままエレリナさんも一緒に持ち上がる。今エレリナさんの座標は、この短剣の位置を規準にして決められているのだ。
短剣の刃を下に向けた状態で、方向ベクトルを固定。そして、
「ほいっ」
「きゃあああ!?」
ぱっと手を離してそのまま落下。エレリナさんは短剣を下に突き出したような格好で、そのまま地面に激突。短剣がささってそのままビシッと固定される。
「…………参りました、降参致します」
「勝者、カズキ様~!」
降参の言をうけ、フローリア様が勝敗を述べた。あえていつものように「GM.カズキ」と呼ばなかったのは配慮だろう。
さて、いまだ座標固定されているエレリナさんを解除しないと……。おっとぉ、これは……。
まっすぐ伸ばした短剣が突き刺さり、地面から逆立ちするような姿勢のメイドさん。
もし、もしだよ? もしも、だよ? これでスカートだけ、座標固定処理を解除したら……
「カズキ様? な・に・を、考えてらっしゃるのかしら?」
「ヒィ!?」
背後から浴びさせられたフローリア様の声で、俺は一瞬でエレリナさんの行動自由を復活させた。
いやいや、何を言ってるのかなフローリア様ってば。ははは……ログアウト。
「ふー……」
思わずエレリナさんの確認もせずにログアウトした。まあ、ログアウトすれば効果は消えると思うから、問題はないはずだけど。
だから戻ってきた安堵で、俺は大きく息を吐き出した。
「あぁ……怖かった……」
「何が怖かったんですか?」
「………………」
声が出ない。──まさか。
「何が怖かったのですか、カズキ?」
振り返ると……はい居ました。今日もいい笑顔ですねフローリア。
逃げられなかったよ……。




