49.そして、晴天霹靂(へきれき)な目標
……どうしてこうなった。
あえてもう一度言わせてもらう。どうしてこうなった。
現在俺は、ミスフェア公国領主のアルンセム公爵家の応接間にいる。そこにあるソファの中央に座っているのだが、左腕にミズキがくっついて一緒に座っている。まあ、多少気にする部分もあるかもしれないが、これに関しては今はスルーしてかまわないだろう。
問題は右腕に抱き付いているこの少女だ。アルンセム公爵令嬢のミレーヌ様。
俺は先程この少女に──キスをされた。
された瞬間は俺も「!?」となったが、落ち着いて考えればまだ11歳の少女。おそらくそこに、そういった方面の感情というのは稀薄で、何か別の理由があったのではと推測した。
そんなミレーヌ様が俺に向かって言ったのは、
「結婚しましょう」
という言葉だった。
──そして現状報告。
あの出来事があった直後、血相をかえて詰め寄るミズキとフローリア様をなだめ、何故かずっと隣に居座ろうとするミレーヌ様をかわし、助けの視線を送るも関わり合いはご免とばかりに視線をそらすメイドのエレリナさん。そんな針のむしろ溢れる空気の中に俺はいる。
唯一の幸運は、ここの家主であるアルンセム公爵とその公爵夫人は、一昨日から用事で遠方へ出かけていたことだ。もし在宅であれば今どんな状況になっていたのだろう。何より、この顔合わせイベントがゲームイベントのように設定されていたら、きっとミレーヌ様がキスしてきた瞬間アルンセム公爵が入室……とかいう展開になっていた恐れもある。なんて恐ろしい世界だここは。
「……さて、カズキ様」
俺の向かい座るフローリア様が声をかける。だがその声は、いつもの心安らぐ声ではなく、聞いているだけで精神をゴリゴリ削る様な響きがある。
「先程のアレ。一体どういう事なのか、説明願えますか?」
「いえ、俺も何が何だか。何よりその、今日初めて会ったばかりですし……」
さすがに「まだ子供だよ!」とは口に出さなかったが、正直それが一番大きな感想だ。
「そうですか。ではミレーヌ」
「はい」
「先程、なぜあなたは初対面であるカズキ様に、その…………」
「……キスですか?」
「ッ!? ええ、そうです。なぜ、キ、キスをするなどという行動を……」
「それはカズキ様こそが私の旦那様に相応しいからです」
「「「はぁ!?」」」
俺とミズキとフローリア様の声がハモった。いや、そりゃ驚くよ。というよりも、さきいの結婚発言といい今の物言いといい、この子って11歳かよほんとうに。それともこの世界ってコレが普通なの?
一度軽く息を吐いたフローリア様は、心を落ち着かせて質問を続ける。
「ミレーヌ、なぜそんな風に思ったのですか?」
ようやく、ここに来てようやく一番重要な質問が出た。そうだよ、それだよ。なんで会ったばかりでそんな風に好意を寄せてくるのか、それが一番不思議だった。
その気持ちは俺は無論、ミズキもフローリア様も同じだった。そして、おそらく壁際で姿勢を正しながら、聞き耳を立てているエレリナさんも同様だろう。
そんな俺たちへの、ミレーヌの返答は。
「……見えたのです」
「カズキ様の纏う光、ですか?」
「はい。ですが、正確には……『見えない』が見えた、という感じです」
「え? 見えないが見えた……ですか?」
うん、俺も意味がわからん。何これ謎かけ? 俺以外の皆もわからないという表情をしている。
「私の目から見てもカズキ様の纏っている光は、まったくの無色透明でした。でも、たしかにそこには強く温かく、誰よりも強い光を感じました。実際に手を握らせていただいた時、間違いなく強い力の存在を感じました」
「それもまたミズキ様の時のように、初めてみる物だったのですか?」
おそらくそうだろうと思いながらも、話の流れから質問したという感じで口にした言葉。だが、それに対する返答は、俺たちが思っていたものとは異なっていた。
「いいえ。私の目をもってしても、無色の強い光を纏っている人物は、カズキ様の他にもう一人います」
「え? それは、どなたでしょうか」
フローリア様の質問を受け、ミレーヌ様は一度だけ俺の方を見る。そして──
「私、ミレーヌ・エイル・アルンセムです」
そうはっきりと言葉にした。
彼女の考えはこうだった。
自分が纏っている無色の光。それは他者の本質を見抜く者ととしての形だと。自分が何かの色に染まった状態では、他者の色を正確に見ることは出来ない。そのために自分は、色が付いてない──無の存在ではないかという意識がどこかにあった。
家族に愛され、メイドにも愛され、フローリア様をはじめとする親族にも愛され。でも、心のどこかでは自分は異質なものであり、本当に理解される時など来ないのではないかと。
だから、フローリア様と共に訪れた俺とミズキに驚いた。ミズキの纏う虹色の光と、俺が纏うという無色の強い光に。
最初俺を見て、不思議だと思いながらも、どこかで期待をしてしまったとか。そして、実際にその手をとり間近で触れたことにより確信したのだと。
──この人は、自分と同じだ──
心のどこかに異質な思いがあり、世界に自分の居場所なんてないのではと思う自分。そんな自分と、俺をどこか重ね合わせ、そして想い重ねてしまったらしい。
そして……ここからは、なんともおませさんだとしか思えないが、今この人を逃がしたらダメだと思い至り、気付いたらキスをして求婚したそうだ。
……いや、最後の展開がわかんないよ。早急すぎでしょうが。
すべてを話し終わり、室内に『どうしようかこの空気』という雰囲気が溢れる中、時折こちらを見るミレーヌ様。それに気付きそっちを見ると、何故か顔を赤らめて下を見てしまう。そして視線を外してしばらくすると、またこっちを見てたりする。
どうやら先ほどの大胆な行動は、ミレーヌ様にとっても天啓のようなものだったらしい。自分でもあんな大胆な行動をとったとは、今でも信じれないと。こそっとフローリア様が教えてくれたが、ミレーヌ様はかなり箱入り気味に育てられ、初対面の異性と話すなんてとても出来ない性格だとか。だからこそ、自分から俺の手を取ったときは、それは大変驚いたらしい。
しかし……少し、くるものはあったな。
俺にとってこの世界ってのは、やはりまだ異質な世界だと、改めて言葉にして突きつけられた気がする。こちらのルールに乗って過ごしても、かならず現実世界との繋がりを常に持っている。ミズキやフローリア様が帰る世界はこっちで、俺が帰る世界は向こうなのだから。
意識して考えないようにしていたが、こんな形で思い返すことになるとは。
「あー……こほん。ミレーヌ、そのね……」
雰囲気を仕切り直すようなフローリア様の声に、俺を含めて全員が意識を向ける。
「あなたの決心は分かりました。何より、私はあなたを理解しているつもりです。ですが、さすがに性急すぎるとは思いませんか?」
「フローリア姉さま……はい、思います」
反論せず素直に頷くミレーヌ様。どうやら本当に落ち着いて、ちゃんと会話が成り立っている。
なによりミレーヌ様はまだ11歳だ。この世界の結婚に対する意識とか知らないけど、さすがに11歳で結婚は絶対早い。その辺りも含め、しっかりとミレーヌ様を説得して納得してもらわないと。
「何よりあなたはまだ11歳です。わかりますね?」
「……はい」
お! ちゃんと年齢について言及してるじゃないか。流石に王女だし、ミレーヌ様よりも年上であるために言うべき時は言うものなんだな。
「あなたは私にとって大事な人です。直の血縁ではありませんが、私の妹同然の存在なのです」
「はい、私もフローリア姉さまは大切なお姉さまです」
うんうん。美しくも正しい姉妹愛だね。よきかなよきかな。
「何かを成すのであれば、妹よりも姉が先に成すべきだと思いませんか?」
「はい、その通りです」
そうそう。まずは妹よりも姉が先に……え? 先に……何?
「ですがここで問題が。カズキ様は現在、ごく普通の平民という立場におられます」
「…………はい」
おかしい方向にいってないかこれ。さすがにこれはと思い、
「ちょっ……」
「お待ち下さいカズキ様。ミズキ様も同様に」
妙な方向に話が進みそうになったので、俺は口を挟もうとした。だがその行動は、すっと後ろから伸びてきた手でやんわりと押さえられて、ついでに発言を控えるようにも諭される。隣で同じように、何かを言おうとしていたらしいミズキも押さえられている。
その正体はメイドのエレリナさんだった。いつのまに? つい先程まで壁際に立ってたのに……エレリナさんってメイドじゃないの? 何で特殊部隊みたいな動きしてんの?
ともあれ俺とミズキの行動は、出鼻をくじかれてしまった。おかげでフローリア様とミレーヌ様の会話はまだ続いた。
「まずはカズキ様に、きちんと爵位を持っていただく必要があります」
「そうですね。そんな大切なことを見落としていたとは……フローリア姉さまには頭がさがります」
いやいやいや。俺に爵位ってなんだよ。
貴族になれってこと?
こんな生粋の元平社員の俺が?
「それで提案ですが、いかがでしょう。いっそ領地を持って、収めていただくというのは」
「素晴らしいですわ。それでしたら、何処がよろしいでしょうか」
素晴らしくないです。フローリア様、俺冒険者がしたいです。
「まだ準備段階ですが、ここミスフェア公国とグランティル王国の中間の領地。そこに新たに国交経由の宿場地を起こす計画があります。そこなんてどうでしょう?」
「本当に素晴らしいです! そこならば両国の為にもなりますし、全てが上手に進行しそうです」
本当に恐ろしいです。何トンデモ計画に俺を巻き込むつもりですか。
これは流石に口を挟まないとヤバイ。ついエレリナさんに抑えられてしまったが、もう我慢できない。
そう思って声を出そうとした時、俺と同じように驚いて動けなかったミズキが声をあげる。
「ちょっと待ってください! いくらなんでも急すぎます!」
やはり頼りになるのは家族だ妹だ。よしミズキ、言ってやれ!
「ご安心下さいミズキ様。当然ミズキ様は、領主カズキ様の補佐として一緒に移り住んでいただきます」
「わかりました。帰宅したら直ぐに両親を説得致します」
「ご理解とご協力、感謝致しますわ」
…………ミズキ、お前もか。
次回いきなり……という事はありません。
まだミスフェア公国にも到着したばかりですので。




