48.それは、芽生えたる心の輝き
ミスフェア公国で朝食を済ませ、フローリア様に連れられて向かうはアルンセム公爵の家。
家の立ち並ぶ区画をどんどん進んでいくと、ついぞ突き当たりとも言うべき道の端にまでやってきた。その道の先には、大きな邸宅が建っている。
「フローリア様、もしかしてこちらが……」
「ええ、アルンセム公爵家です」
「ほぁ~……立派な家ですねぇ」
建物を見てミズキが素直な感想を漏らす。確かに個人所有宅と考えると、庭もさることながら結構大きな建物だ。そんな邸宅に近付いていくと、玄関横にある花壇を世話している人に気付いた。
向こうもこちらに気付いて立ち上がる。そして声が十分会話ができるほどまで近付くと、
「おはようございますエレリナ。ミレーヌはご在宅ですか?」
「はい、おはようございます……って、ええ!? フローリア王女ですか!?」
エレリナと呼ばれたそのメイド姿の女性、年の頃は二十代半ばほどか。声をかけてきた相手がフローリア様だと気付くと、寝耳に水とばかりに驚いた。その驚き方は予告無く訪問したことによるもので、平民が王族に対して驚くそれとは違っていた。十分な面識がある証拠だろう。
「はい。今回はお忍びでこっそり遊びにきましたので。それでミレーヌは居ますか?」
「あ、はい。すぐお呼びいたしますので、フローリア様と御付の方々は中へどうぞ」
「エレリナ、この人たちは付き人ではありませんよ」
「え? それでは一体……」
一体なんだろうと思案顔を浮かべるエレリナに、フローリア様ははっきりと言った。
「この二人は、私の大切な友人です」
あの後、応接間に通されてそこでしばし待機。
しばし待とうかな……と思っていると、ドアの向こうの廊下をパタパタと、駆けるような足音が聞こえてきた。音はドアの前で止まり軽いノック。そしてそっとドアが開かれて、
「フローリア姉さまっ、お久しぶりです!」
上品な、でもとても可愛らしい笑顔の少女が入室してきた。それを見て、同じように笑みをたたえたフローリア様が出迎える。
「久しぶりですねミレーヌ。お変わりありませんか」
「はい! 私も父も母も皆元気です」
互いの手をとりあって、しっかり相手の目をみて言葉を交わす二人。ミレーヌ様の容姿は、まさしくフローリア様を少しだけ幼くしたような感じで、これならば姉妹だといわれても不思議じゃないほど。むしろ逆に、これで姉妹じゃないという方が信じられない人の方が多いだろう。
しばし言葉を交わし、少し落ち着いたくらいのタイミングにて、ミレーヌ様がこちらを見た。
「フローリア姉さま、あちらの方々はどなたでしょうか?」
「この二人は、私の大切な友人ですよ」
先ほどメイドのエレリナに言った言葉を、もう一度ミレーヌ様にも聞かせた。俺もミズキも、この言葉は結構嬉しかったりもした。
フローリア様の言葉を聞き、様子を伺うようにしていたミレーヌ様がこちらを向き、すっと前に出てくると丁寧なカーテシーをする。
「お初にお目にかかります。私はミスフェア公国領主アルンセム公爵が娘、ミレーヌ・エイル・アルンセムです。お会いできて嬉しく思います」
そう挨拶をするミレーヌ様は、正面から見ると本当にフローリア様に似ている。容姿もそうなのだが、雰囲気というか纏っている気品の質が似ているように感じる。
そんなミレーヌ様は、俺とミズキを見て少しばかり驚くように目を見開く。
「はじめまして。フローリア様の友人とのご紹介を頂きました、冒険者のカズキです」
「はじめまして。同じくご紹介いただきました、冒険者のミズキです」
俺とミズキも丁寧に挨拶をする。あまりこういった挨拶はしないのだが、特におかしなところはなかったと自分では思う。
だが何故かミレーヌ様は、こちらを少しばかり不思議そうな目で見ている。
「あの、ミレーヌ様? どうかなされましたか?」
ミズキもそれについては不思議に思ったのか、思わず聞いてしまう。
だがミレーヌ様からの返事は、少しばかり予想外だった。
「お二人とも不思議な輝きを纏っておられます……」
「え」
「あ」
その言葉を聞いて、驚きながらも思い出す。ミレーヌ様の魔眼は、人の本質を見抜く力があると。その力によってミレーヌ様には視認できる光として見えるのだと。
ただ安心したのは、俺とミズキ──というか、俺達が纏っている光を見ても、嫌悪するような雰囲気ではないことだ。何か良くないものを見てしまった、という感じではなさそうだ。
「ミレーヌ、二人が放つ光はどのような感じなのですか?」
「お二人の光は……」
落ち着いた様子でフローリアが聞く。俺とミズキのその内容に興味を惹かれ聞き耳を立てる。
ミレーヌはまずミズキの方をじっと凝視しながら、
「こちらのミズキ様の光は……とても不思議です。白や赤、青や黄など色々な色を纏っておわれます。一言では言い表せません」
「あの、今迄同じような光を見た事は……?」
「いいえ。今初めて見ました。とても不思議な色ですが、とても綺麗です」
どうやらミズキから発せられる光は、今迄見たこと無い特殊な色合いらしい。聞いた感じでは、何種類かの色が入り混じっているようだ。
「虹色の光……ってことかな」
「虹色、ですか?」
俺の呟きにフローリア様が疑問を浮かべる。こっちでは『虹の色』という概念が無いのかも。そもそも、現実でさえ国によって虹色は7色だったり5色だったり曖昧だ。
「虹は七色の色が組み合わさっているように見えることから、色が幾つか組み合わさっている状況を一纏めに虹色と言うことがあるんです。また、光の当たり方や角度で色合いが変化するような時も、虹色って呼ぶことがありますね。
「ではミズキ様は、虹色の輝きを纏っているように見えるのですね?」
「はい。とても強いのに優しく、温かいのに清らかで……」
「あ、ありがとうございます……って、お兄ちゃんどうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
別におかしかったわけじゃない。ミズキがそう言われたことが、なんだか嬉しくて。
なんとなくほっこりしていると、ミレーヌ様は今度は俺の方を見た。
そうだった。先程ミレーヌ様は『お二人とも不思議な輝きを』と言っていた。つまり俺も、何か特殊な光を纏っているように見えたということだ。
たしかにこの世界において俺の存在は異質だが、それを見抜いてしまうとは恐ろしい。
「カズキ様が纏われている輝きは……」
ミレーヌはこちらを見てそう言いながらも、途中で言葉が止まる。
「えっと、どうかなされましたか?」
さすがに少し気になって声をかけるが、何かを考えているようで返事は返ってこない。少し様子をみたが、どうにも迷っているようにも見える。もう一度声をかけようかと思ったその時。
「あ、あの、カズキ様。もう少しこちらへ……来ていただけますか?」
「はい、わかりました」
言われたようにミレーヌ様の側へ進み出る。
「すみません、手を見せて頂いてもよろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
差し出した手を、そっと両手で挟むように触れてきた。なんだろう、纏う光が異質なのかそれとも弱いのか。ミズキの時よりもじっくりと見ているように感じる。
「カズキ様……少し、よろしいですか?」
手を握ったまま、こちらを見上げるミレーヌ様。そして触れた片手を離し、その手でかわいらしく手まねきをする。え? 何か秘密裏に話したいってこと? なんか良くない事でも?
まさかの展開に俺だけじゃなく、部屋全体に緊張が走る。
ともかく話を伺おう、そう思ってかるくかがんでミレーヌ様が耳打ちしやすい姿勢を取る。握ったもう片方の手も離し、その手を俺の方へと伸ばし──
──キスをされた。




