47.そして、新たに知り得たものは
無事ミスフェア公国へたどり着いた俺たちは、フローリアの案内でアルンセム公爵家に向かっていた。
ただし、まだ少し時間が早いのでは? という事になり、それではどこかで朝食をいただこうという話になった。要するに異世界モーニングである。
ただしここは港の国。パン&コーヒーというよりも、ごはん&味噌汁に焼き魚という、かなり和風テイストな朝食の方が主流だった。
ミズキとフローリアにも聞いたが、別に二人とも「朝はパンに限る!」という事もなく、ごはんの朝食でも問題なく食べられた。そして食事を終え、まったりした空気を感じている時だった。
「なんだこれは! 腐っているのではないか!」
朝の喧騒とは違う、誰かの罵声が聞こえて来た。朝食で腐っている、という単語を聞いてしまうと、もう思いつくのはアレしかないわけで。
声のした方を見ると、立ち上がって怒鳴る男性の手には、小鉢が握られておりそれを忌々しく突き出している。あー……やっぱりだ。
「あれは、何か不手際でもあったのでしょうか?」
「いえ、おそらくただの勘違い……というか、知識不足からの誤解ですね」
「え、そうなの? だったらお兄ちゃん、教えてあげたほうがいいよ。だって……」
厨房の奥から出てきた男性……おそらくはこの食堂の料理人かと思われるが、怒っていた男性はその料理人にいまにも掴みかからんとしている。しかたないか、原因がわかってるんだからここは出てくしか。
「すみません、ちょっといいですか」
「なんだお前は。この店の関係者か?」
「いいえ、そうではありませんが……」
「関係ないなら口を挟まないで頂きたい」
「まあそうかもしれませんが、とりあえず誤解を解いておきたいと思っただけです」
「誤解だと?」
少々聞く耳持たずという感じだったが、ようやく少し話を聞いてくれそうな雰囲気になった。お店の人も困惑やら助かったやらと落ち着かない様子だが。
「まず貴方の持つその小鉢ですが……やっぱり。これは『納豆』という食べ物です」
「ナットウ……?」
「はい。大豆に『醗酵』という特殊な加工を施した食べ物です」
「食べ物だと? これがか! この腐った豆がか!?」
「そうです。腐ったという言い方は適切ではありません。この納豆は『醗酵』させたもので、貴方が言う腐った食べ物は『腐敗』という区別があります」
「……だが、腐っていることに変わりはないのだろう?」
うーん、なかなか理解してもらえないか。でもまあ、普通はこうなのかもしれない。醗酵と腐敗を区別するっていうのは、知識がない状態では困難なのか。
そう思って男性が座っていた席の食事を見る。どうやら典型的な和風の朝食らしく、ごはんに味噌汁、焼き魚とこの食堂の王道メニューだった。……そうか。
「ところであちらの食事、あれは貴方が食しているものですか?」
「ああ、そうだが……それが何か?」
「いいえ。ただあの味噌汁ですが、あれは麦や大豆を醗酵したものなんですよ」
「何だと!?」
男は驚いて自分の食事を見る。そして味噌汁を不思議そうに凝視する。
「そしてその焼き魚にかけた醤油。あるとないでは大違いではありませんでしたか?」
「あ、ああ。この醤油をかけると、焼き魚の味がぐっと深くなるように感じた」
「じつはコレも大豆を『醸造』という、醗酵過程を利用した手法で作られています」
「これもなのか……」
続けて驚く男は、今度は別の小鉢を手に取る。どうやらそれは冷奴のようだ。
「まさかこれも、そうなのか?」
「これは豆腐ですね。いいえ、これは大豆を搾って固めた食べ物ですよ」
「そうか……。いや、私の誤解だったようだ。騒ぎ立てて申し訳ない」
「いえいえ、納豆はクセの強い食べ物ですからね。こういったトラブルはよくあることなんで」
よくよく話を聞いてみると、この男は別の街からやってきたとか。それでは納豆に不慣れでも不思議じゃない。店の方も普段であれば、外から来た人にはトラブルを避ける為に納豆をつけないのだが、たまにうっかりでこういったトラブルがあるそうだ。
結果、知らなかったとはいえ怒ってしまったことを男は詫びて、店も確認せずに納豆を出してしまった事を謝罪し、それでなんとか丸く収まった。
事も無事済みミズキとフローリアのところへ戻ると、なんで俺があんなことを知ってるんだと色々詮索された。俺としてはあっちの世界での、ごく一般的な知識でしかなかったのだが、こちらでは専門知識レベルだったらしい。
だからといって、俺に醗酵や醸造をする細かい知識があるわけでもないし、仮に調べたとしても専門家に比べたらとても商品になるようなものは出来ないだろう。せっかくこっちでは多少のズルをしながら、のんびりとできる環境を模索しているんだ。汗水流してやるような作業は、それはもう仕事になってしまう。そんなことになったら本末転倒だからね。
その後は何もトラブルなく、のんびりとした朝食を済ませてお会計へ。
「先程はどうもありがとうございました」
「お気になさらず。たまたま知っていただけですから」
騒ぎを間近で見ていた店員さんに、改めてお礼を言われた。実際たしたことはしてないので、そんなにお礼を言われると照れてしまう。
「それにしても詳しいですね。もしかして彩和の出身ですか?」
「え? アヤト?」
聞きなれない単語に首をかしげる。というか、地名か何かっぽいんだけど。それにどこか、和風っぽい名前にも感じる。
「あれ、違いましたか。この国でも、なかなかあそこまでの知識を持っている人いないもので」
「えっと、そのアヤトというのは、もしかして醤油とか味噌とかの……」
「あ、はい。醤油や味噌などの原産国で、ミスフェアと船で交易をしている国ですよ」
おお、正解だ! これって、いわゆる和の国ってヤツだよな。もしかして漢字とかの文化もあるのか?
「えっと、そのアヤトは、何か向こうの国の文字とかありますか?」
「たぶん漢字のことですね。ミスフェアで彩和と取引してる所ではよく見かけますよ」
そういいながら店員さんは、近くにあったボードを手にして文字を書いた。そこには『彩和』という文字が書かれていた。
「これで“あやと”と読むそうですよ」
「そうですか。ありがとうございました」
お礼を言って店をでる。一足先に出ていた二人は、ようやく出てきた俺を見て安堵する。
「ごめん二人とも。けれど面白い情報を入手できたから」
「面白い情報?」
「おう。フローリア様、彩和という国に聞き覚えはありませんか?」
「あやと……?」
とりあえず聞いてみたがどうやら知らないようだ。……いや、もしかして。
「その国の文字ではこう書くのですが」
地面に石を使い線で文字を書く。むむ、彩って文字が少し細かいな。
「あっ! これは見た事あります。これは他国の文字だったのですね」
やはり漢字を知らなかったようだ。そのため文字だという認識も薄く、読むこともできなかったと。
「これは彩和の国の文字で、“あやと”と読むそうです。そして……」
「そして?」
「この彩和になら、おそらく畳があると思われます」
「畳ですか! あの、畳がそこにあるんですね!」
何故か無性に畳にくいつく第一王女である。まあ、確かに畳に寝転がってると気持ちいいけど。
青々とした新しい畳も好きだけど、じっくりと年月を重ねて黄金色になったいぐさも味わい深くていいんだよな。
「でもお兄ちゃん。フローリア様の部屋ってことは城だよね。本当に畳置いていいのかな?」
「うーん……まあ、ちゃんと選べばいいんじゃないか? 畳の小上がりユニットだとか、畳ソファだとか……」
「畳ソファですかっ!?」
ミズキへの返答を聞いていたフローリアが反応した。それはなんだと聞かれたから、ソファの座面が畳になったような物で、どちらかというと畳面のベンチという感じだよと。ただ、モノによっては畳面の広さも色々あって横になれるかもしれないと。
「興味が尽きませんわ。やはり我が国も、正式に彩和との交易を設けませんと」
どこか鼻息荒そうなフローリア様に、少しだけ気になって質問してみる。
「あの、フローリア様? 一応確認ですが、今回ミスフェア公国へやってきた理由……覚えてます?」
「ふふふ、大丈夫です。当然覚えておりますわ」
そう笑みを浮かべて、腕を上に伸ばして天を指さして高らかに言った。
「彩和国との繋がりを作り、素敵な畳を購入するためです!」
……うん、違いますよ。




